長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ペイン・アンド・グローリー』

2020-06-24 | 映画レビュー(へ)

 2019年のアカデミー賞で印象に残ったのが韓国映画『パラサイト』の席巻であり、ポン・ジュノの監督賞受賞におけるスピーチ“最もパーソナルな事が最もクリエイティブである”という巨匠マーティン・スコセッシからの引用であった。その『パラサイト』と国際長編映画賞部門を競い合ったのが本作『ペイン・アンド・グローリー』である。監督はスペインの名匠ペドロ・アルモドバル。齢70歳を迎えた彼の新作もまた自身の半生を反映させた自伝的映画だ。

 実際に体験し、その記憶を醸成させた者だけが描くことの出来るふくよかな映画である。冒頭、河原で洗濯をする女たちの輝きを見てほしい。きらめく陽光、翻る白いシーツ。人生を謳歌する彼女らの歌声はまるでミュージカルのような劇的瞬間だ。逞しく美しい母親を演じるのは今やアルモドバル映画における“母性”の象徴ペネロペ・クルスである。

 30年ぶりに再会した恋人が主人公サルバドールの顔を撫でる、あの愛おしげな仕草を見てほしい。サルバドール役はアルモドバルの盟友アントニオ・バンデラス。おそらくアルモドバルを模したであろうニュアンスに富んだ仕草は長年、付き添ってきた主演俳優だからこそできる名演である。ハリウッドでアクションスターとして大成し、母国で円熟に達した彼がアカデミー主演男優賞にノミネートされたのも、この年のオスカーを象徴する多様性であった。

 そしてアルモドバル少年が欲望の萌芽を抱く瞬間を見てほしい。アルモドバルの映画は欲望やエロスを決してタブー視してこなかった。ありのままに描くことでその粘膜に愛と美を見出してきたのだ。『ペイン・アンド・グローリー』はアルフォンソ・キュアロンの『ROMA』同様、個人史だけが持つ特異な強度と美を持ち、それが観る者の記憶に絡みつき、心乱すのである。映画は人生を映すのだ。


『ペイン・アンド・グローリー』19・スペイン
監督 ペドロ・アルモドバル
出演 アントニオ・バンデラス、アシエル・エチェアンディア、レオナルド・スパラーリョ、ノラ・ナバス、フリエタ・セラーノ、ペネロペ・クルス
 

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