長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『喪う』

2024-09-25 | 映画レビュー(う)

 末期がんの父を看取るため、3人姉妹が実家に集う。長女と次女は家を出て久しく、後妻の連れ子である三女がこれまで父の面倒を見てきた。共に家族として過ごした時期はあれど、今やほとんど他人である彼女らにとって“家族”の概念は異なり、父との思い出にも差異がある。アザゼル・ジェイコブスが監督、脚本を務める『喪う』(=原題“His Three Daugthers”)は誰もが経験し、誰にでも起こり得る体験を描いた小品だ。今年はハリウッド映画が入念な企画開発で何とか生命維持に成功しているが、市井の人々の機微を描くささやかな“アメリカ映画”が僕にはどうにも恋しくてたまらなかった。

 映画のほとんどは父のアパートで進行する。白を基調としたプロダクションデザイン、窓から臨むNYの光景にベルイマン影響下のウディ・アレン作品や、その系譜に連なるノア・バームバックを彷彿とする(撮影は『フランシス・ハ』『レディ・バード』のサム・レヴィ)。役者を正面から見据えて肉薄し続けるジェイコブスは舞台的とも言える精緻なミザンスで俳優を交通整理し、大胆な省略も施す語りの巧さ。キャリー・クーン、エリザベス・オルセン、ナターシャ・リオンから今年最高レベルのアンサンブルを引き出した。

 長女たる責任でコントロールフリークを発揮するケイティ役クーンの巧さは言うまでもなく、MCUを離れ本来の性格演技に戻ったエリザベス・オルセンが面目躍如だ。バランスを崩した家族に調和をもたらそうとする気丈なクリスティーナは“良い子ちゃん”でもあり、そこにはメンタルの脆さも同居する。そして血の繋がらない三女レイチェルを演じるナターシャ・リオンは本作の精神的支柱だ。近年『ロシアン・ドール』『ポーカー・フェイス』で演じてきたほとんど地のように見える陽性のオーラを封印。姉妹との距離に苦しみ、喪失の怖れを隠しながらひょうひょうとマリファナを吹かす姿に、これまで見せたことのなかった哀しみと混乱、孤独が込められている。オスカー助演賞ノミネートも大いにあり得るキャリアの更新だ。

 束の間、カメラがリオンの肩越しに街に出れば、映画は大きく息を吸い込む。人生と町への愛を謳う終幕の素晴らしいダイアログといい、本作は土地に根ざした“NY映画”であり、そして今年の幾つかの映画と同様、異なる3人が手を取り合い調和を試みるトライアングルの映画である。その街に生まれ、暮らし、生きる人々の息遣いを感じさせてくれるようなアメリカ映画はいつ巡り会えても嬉しいものだ。


『喪う』24・米
監督 アザゼル・ジェイコブス
出演 キャリー・クーン、ナターシャ・リオン、エリザベス・オルセン

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