ないない島通信

「ポケットに愛と映画を!」改め。

ノートルダム大聖堂の火災のニュースを見て思い出すこと

2019-04-16 23:08:57 | 日記

今朝、パリのノートルダム大聖堂の火災のニュースが飛び込んできました。

炎をあげて燃えさかるノートルダム大聖堂の映像を見て、はるか昔のことを思い出しました。

パリに行ったのはもう20年以上前のこと。
まだ小学生だった子どもたち二人を連れて、パリに住んでいた友人を訪ね、6週間パリに滞在しました。

思えばずいぶん無謀な旅をしたものです。

フランス語はもちろん、英語だってろくにできない。
しかも、シングルマザーでお金はないし子どもたちもまだ小さかったし。
友人一家は快く迎えてくれましたが、けっこう迷惑かけたと思います。

彼らがバケーションで田舎に行っている間、私と子どもたちは友人宅で過ごしたのでした。
水のボトルを持参してパリ市内を歩きまわり、昼はフランスパンだけで過ごし、夕飯は近所のスーパーやマルシェで買い物して家で料理。レストランに行ったのは一度だけ、マクドナルドでハンバーガーを食べたのがご馳走という旅行でした。

あれはまさに冒険、本当に楽しかった。
友人一家には感謝してもしきれません。

もちろん、その後も海外に行きたくて行きたくて行きたくて行きたくて行きたくて行きたくて行きたくて・・・

でも、お金ないし時間ないし子ども小さいし親の介護あるし、結局長いことどこにも行けないでいました。

だから、あのパリ旅行は私にとって本当に忘れがたい貴重な旅となりました。

当時小学校六年生だった息子がこんなことを言った記憶があります。

「僕はこれまで、お金というのはモノを買うためにあると思ってたけど、経験を買うこともできるんだね・・」

けだし名言です。
彼は大学生になってからバックパックで再びヨーロッパに行っています。
(私はあれ以来行ってないけど)

外国で暮らす・・
それは私の子どもの頃からの夢でした。
なぜかはわからないけれど、私は絶対外国に行く、外国で暮らすんだと思っていました。

たぶん子どもの頃に読んだ本が翻訳モノだったせいかもしれません。
「小公女」「秘密の花園」「あしながおじさん」「赤毛のアン」等々。

実際に外国で暮らした人の話を聞くと、そんなに甘いもんじゃないわよ、すっごく大変、日本にいるほうがどれだけ楽で安全か・・と言いますが、それでも私は行きたかった。死んでもいいから行きたかった。でも子どもがいるから死ぬわけにはいかない、死ぬような目にあうわけにはいかない、とにかく子どもたちを育てあげるまでは、と思っていました。

で、気がついたらこんな年になっちゃってた。

で、今朝のニュースです。

あの時、ノートルダム大聖堂の塔の上まで階段を登りました。
長い年月を経て中央部分がへこんでしまった石の階段を登りながら、
次に来るときはもうこの階段は登れないかもしれないなあ、と思ったことを憶えています。

世界遺産はたくさんあるけれど、自分が訪ねた場所がこうして火に包まれるのを見るのは辛いです。現地の人たちの悲しみはいかばかりかと思います。

そして、どんなに美しい建築や芸術、世界遺産の数々も、いつかは滅びていくのだ、という無常感にも襲われます。これって日本的な感性なのかしら。

外国で暮らす、という私の夢はついに叶わなかったけれど、今私は日本語教師として毎日外国人と接しています。日本人より外国人と話している時間のほうが長い。つまり日本にいながら異文化の中で暮らしているわけです。
なるほど、こういう形で夢が叶ったのかもしれないなと思います。

人間、どうしてもやりたいことがあると、いつのまにかそうなるんだ、とも思います。
夢って叶うものなのだなあ。

だから、どうしてもやりたいこと、叶えたい望みがある人はあきらめないで、願い続けることをお勧めします。
いつか(もしかすると少し違う形になるかもしれないけど)夢はかならず叶うと信じて。
きっとそうなるから。

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ドリーム

2019-04-16 09:52:42 | 映画

 

(これは2018年3月31日の記事です)

1960年代にNASAで活躍した黒人女性たちの実話を基にした映画

「ドリーム」を紹介します。

原作はマーゴット・リー・シェッタリーのノンフィクション「Hidden Figures」

(以下少しネタばれ)
子どもの頃から数学の天才と言われてきたキャサリン、そして同じく数学の才能あるドロシーとメアリー、3人の黒人女性たちはNASAで計算手という仕事をしています。コンピューターがまだ導入されていなかった時代、ロケットの軌道計算は彼女たちが手で行っていました。

キャサリンは軌道計算になくてはならない人物であるにもかかわらず、肝心な部分を黒塗りにした資料を渡され(それでも間違いを指摘し修正するも黒人であるために認められず)、しかも、白人用のトイレが使えないので、オフィスから離れた黒人専用のトイレまで走っていかなくてはいけない。
雨の日にずぶぬれになってトイレから戻ってきたキャサリンを上司のハリソン(ケヴィン・コスナー)が見咎め、一体どこに行っていたんだと問い詰めるシーンが感動的です。

キャサリンは、黒人用トイレに行くために800mも走らなくてはいけないし、自転車に乗ることさえ許されない、ということをまず言い、それから、

「服装規定も『スカート丈は膝下、シンプルな真珠のネックレスのみ』
真珠なんてない! 黒人のお給料で買えるわけがない!
昼も夜も身を粉にして働いているのに、私のコーヒーポットに誰一人手も触れない!
だからお許しください。一日に何度かトイレに行くくらい」
といってオフィスを出ていきます。

コーヒーポットは白人用と黒人用に分かれており、ハリソンはまずポットに貼られた「黒人用」のシールをはがし、それから「白人用トイレ」と書かれたトイレ標識をバールで壊し、

「NASAでは小便の色は一緒だ」といいます。カッコいい!

それを、背筋をピンと伸ばし無言のまま見守る黒人女性たちもまたカッコいい!

ドロシーも、初めて導入されたIBMのコンピュータの扱いがわからず困り果てていた白人男性を尻目に、コンピューターを見事に扱い、認められるようになるなど、痛快なエピソードがたくさん。

まあ、NASAだからね。
NASAのロケット開発が人類の歴史にとってどうなのか、ということは置いておいて、もっぱら闘うことで権利を奪い取ってきた黒人男性たちにとっては、彼女たちのやり方は白人におもねるようで気に入らない、というシーンもあります。

それでも、彼女たちは自分たちの才能と力を信じて、やれる限りのことをやります。これだってすごく大変な闘いです。
それが結果的に黒人の活躍の場を広げることになったわけです。

いろいろな場所で、いろいろな方法で、彼らは自分たちの当然の権利を主張してきたわけで、そのたくましく前向きな姿勢にはいつも脱帽させられます。そして、すごく励まされます。
同じように、女性の権利をもっとたくましく前向きに主張してもいいのではと思うのですね。
日本では特に。

三人の黒人女性の一人、ドロシー役は「シェイプ・オブ・ウォーター」にも登場したオクタヴィア・スペンサー(この人「ヘルプ」にも出ていますね)実に存在感のある女優さんです。

ハリウッドもようやく黒人俳優を認めるようになってきているみたいですが、遅すぎるだろっ! と言いたい。

アジア系が認められるのは100年くらい先かな。ま、別にハリウッドに認められなくてもいいけどね。

痛快な映画です。一見の価値あり。

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