私たちは「いざ」という時のために、モノをため込みがちです。
日本は災害の多い国なので、地震や台風や何やかやとしょっちゅう災害が起きて、停電したり電車が止まったり物流が途絶えたりします。
そのため、せめて一週間分の食糧や水は備蓄しておかないと、
というわけで、食糧に水にトイレットペーパーに、そうそう、乾電池や携帯バッテリーや手回しラジオも必要よね、
それに、懐中電灯に簡易トイレに防水シート・・いざという時これを運ぶリュックもいるわね、
というわけで、家の中はいざという時のための備蓄品であふれかえるのです。
で、「いざ」という時はいつ来るのか?
その「いざ」という時、私たちは何処にいるのか?
家にいるとは限らない。
電車や地下鉄の中かもしれないし、高層ビルの上の方の階かもしれないし、見知らぬ遠い街を歩いているかもしれない。
台風のように、ある程度予想がつく災害には備えられるけれど、地震や津波は予想できない。
その時、どこにいるかわからない。つまり、運次第。
考えてみれば、私たちの人生は運次第。
いつ来るかわからない「いざ」という時を怖がりながら待つより、
自分の運命は自分で切り開きたい、そう思います。
若い頃、私は二度逃亡劇をやりました。
一度目は、実家からスーツケース一つで逃げ出し、二度と戻らなかった。
二度目は、まだ幼い子どもたちの手を引いて夫の元を逃げ出し、二度と戻らなかった。
二回ともそれなりの理由があってのことで、今も後悔はしていません。
あの逃亡劇があったからこそ、今の私があると思うので。
あの時、私は家に残したモノのことは一切考えなかった。
大量に残してきた本や日記や写真や様々なモノのことは一切考えなかった。
自分の未来、そして自分と子どもたちの命と未来だけを考えていました。
いざという時、人間はモノなんて簡単に捨てられるのです。
災害にあって、強制的に捨てざるをえない状況になるかもしれないし。
それでも、命がある限り大丈夫、何とかなる、と私は確信しています。
それなのに、なぜ目の前のモノを捨てるのがこんなに難しいのだろうか??
謎だ。
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