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書評 イグナシオ・ラモネ『フィデル・カストロ みずから語る革命人生』

2011年04月23日 | 書評
対話形式によるカリスマ政治家の「伝記」
イグナシオ・ラモネ『フィデル・カストロ みずから語る革命人生』
越川芳明

 南アフリカのマンデラと並んで、二十世紀を代表するキューバのカリスマ政治家カストロに対するインタビューである。

 著者はスペイン生まれだが、フランスで活躍する国際的なジャーナリスト。

 二〇〇三年から三年近い歳月にわたってカストロにインタビューを行った。

 だが、本書はインタビューをそのまま本にしたものではなく、「文学作品」のように時系列にそって章立てがなされている。
 
 伊高浩昭の見事な訳業もあり、平易なカストロの伝記として読める。

 キューバ辺境での生い立ちから始まり、失敗に終わったモンカダ兵営襲撃、マエストラ山脈から始めたゲリラ戦、革命政府初期の混乱(表現の抑制と同性愛の抑圧をめぐって)、チェ・ゲバラとの出会いなど、青少年時代のプライベートな体験と内面が語られている点が、本書のユニークなところだと言える。

 とりわけ、カストロは「人は革命家として生まれるのではない、革命家になるのだ」といったことを述べているが、少年時代、裕福な地主の息子でありながら、まわりにはハイチ移民(黒人)をはじめ最貧層の子供たちしかいない環境で育ち、社会にねざす貧富の格差、人種差別を目の当たりにした。

 そのことが、後に階級意識に目覚め、大土地所有制などの社会体制を変革しなければならないと考える端緒になったようだ。
 
 本書は、キューバの近現代史のテクストとしても一級のものだ。

 カストロの側近の歴史家の関与もあり、記憶違いや史実の誤りが正されているだけでなく、おびただしい原註や年表が施され、また日本人の読者のために丁寧な訳註までついている。
 
 本書が翻訳の典拠としている版は、カストロによる「偏執狂的」なまでの点検作業を経て補強されているという。

 第三世界への医師団の派遣などに見られる気高い「国際主義」の理想の陰に隠された「政治犯」の逮捕や国内経済の逼迫など、権力者カストロの意見をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。

 だが、私たちはひとまず「思想は武器よりも強し」をモットーに、強大国相手に権謀術数を尽くして小国の舵取りをしてきた偉人の言葉に耳を傾けてみたい。
(『東京新聞』2011年3月27日)
コメント (1)
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