本書はそうした伝記的要素を最小限にとどめる。
前半は、マリー・ローランサンによる幻のルチアの肖像画を求める旅を縦糸に、
長年のジョイス研究で培った前衛的な芸術諸分野の相関関係にまつわる蘊蓄を
横糸にして、二、三〇年代のパリを舞台にしたモダニズム芸術家群像を
浮きあがらせる。
とりわけ、ルチアが父の勧めで打ち込んだクラシックバレエの世界では、
ディアギレフ主宰のロシア・バレエ団が、不協和音をつかった
ストランヴィンスキーの曲や、マティスやピカソやエルンストらによる
奇抜な舞台装置や衣装をもちいて、パリの社交界にスキャンダルを起こしていた。
ジョイス父娘はそうした前衛芸術の環境にいたのだ。
(つづく)
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