(写真)自転車タクシー、ハバナ旧市街
どうなる二重経済(その2 収入編)
キューバ人の友人たちは、配給物資だけでは足りないと言う。だから、人民ペソや兌換ペソを使って不足している品物を買い足して、いろいろとやり繰りをしている。
だが、月給だけではきついはずだ。キューバ市民の平均的な月給は、500人民ペソ(2,580円)ぐらいだという。先の一覧表に挙げた商品を手に入れるには、どう見ても圧倒的にお金が足らない。きっと何かほかに収入源があるに違いない。
2013年の冬あたりから個人ビジネスが目立ってきた。表立って目にするのはパラドールと呼ばれる食堂や立ち食いのカフェテリア、音楽や映画をコピーしたCDやDVDの店、床屋、黒人宗教グッズの店だった。
2015年の夏は、さらに業種が増えていた。ハバナの街は、役所に登録して正式にやるにせよ、もぐりでやるにせよ、これまで抑えつけられてきた商売への意欲に満ちている。一気にビジネスチャンス到来というわけだ。
商売はスペイン語で「ネゴシオ」と言うが、誰もが「ネゴシオ」の方法を模索している。もちろん、女性も例外ではない。むしろ、女性のほうが熱心かもしれない。 女性の商売と言えば、伝統的に外国人観光客相手の民宿や、カフェテリア、小さい食堂の経営などだが、いまではサンダルや靴、女性服やアクセサリーの仕入れと販売、マニキュア師やペディキュア師、美容師、美容植毛師など、それぞれの能力や資金に応じてやるようになっている。
実入りも税金も高い民宿経営と違って、これらの女性ビジネスは、「もぐり」のほうが多いかもしれない。資金も少なく、収入も一件につき、2~5兌換ペソ(258~645円)と比較的少額だから。面白いのは、長髪の女性が自分の髪を切ってもらい、それを美容師に売る手もあるということだ。美容師が美容植毛のために使っている外国産の髪は化学繊維なので、本物が好まれるという。
もちろん、元手のない女性にとって古典的な商売と言えば、売春だ。ヒネテラと呼ばれる売春婦は、プロも素人もいるが、観光客相手に20兌換ペソ(2,580円)が相場だという。こちらは外国人向けのホテルの入口にたむろして声をかけられるのを待つか、ナイトクラブで挑発したり誘惑したりする。
だいぶ昔のことだが、イギリス作家のグレアム・グリーンは1957年から1966年まで6度もキューバに滞在したという。なぜそれほどキューバに引きつけられたのか? という質問に、グリーンはこう率直に答えている。
「淫売屋だよ。わたしは淫売屋に行くのが好きだった。好きなだけ麻薬を、好きなだけ何でも手に入れられるという考えが好きだったのだ」(1)
一方、1979年にアメリカに亡命したキューバ作家は、革命後のハバナを次のように称する。
「かつて観光客や娼婦たちはハバナのことをカリブのパリと呼んでいたのに、もはやそうは見えない。今はむしろ、テグシガルパやサンサルバドルやマナグアといった中米の国の首都、生気のない低開発の都市のひとつのようだ」(2)
(写真)ハバナ旧市街の花屋
男性の場合、伝統的に50年代のアメリカ車を所有してタクシーの運転手や、自動車やパンクの修理、盗んだ商品(ラム酒や葉巻)の転売、街を歩いての野菜や果物やパンなどの「物売り」などが多かったが、いまは、Wi-Fiカードの転売、コピーした海賊版DVDやCDの販売、白タクなど、こちらも能力と資金に応じてやっている。Wi-Fiカードの転売の場合、1枚につき1兌換ペソ(129円)上乗せして客に売る。または、客を大勢集めて、ひとりにつき1兌換ペソずつ徴収して、同じカードのIDとパスワードで一斉に有効時間いっぱいネットサーフィンさせる新手の商売も現われた。もちろん、これは違法であるが、人間はいろいろなことを思いつくものだ。
ハバナでも、サンティアゴでも、物売りが住宅街にやってくる。スーパーやコンビニが発達したおかげで、日本ではずっと昔に姿を消してしまった風物であるが、私の子供の頃は、納豆売りや豆腐売りなどが街をにぎわしていた。男が大きなバケツを提げて、「アボガドに、タマネギに、マンゴー!」と、よく通る声で歌うように叫びながら、歩いていく。ピー、ピー、と警官の呼笛みたいなけたたましい音を立てるのは、パン売りだ。調子はずれの童謡のメロディを途切れなく鳴らしているのは、アリスクリームキャンディ売り。一軒家とかマンションの一階に住んでいる人はいいが、2階以上に住んでいる人はわざわざそのためだけに下に降りていくのはつらい。ほとんどの建物にはエレベータなどついていないから。そこで、物売りをいったん呼び止めてから、ベランダから紐に吊るしたカゴとかビニール袋を降ろして買う。当然ながら、物売りの取り分を数ペソ上乗せしているため、品物は店で買うよりちょっとだけ高い。それでも、わざわざ遠くまで買に行く手間がはぶけるから、結構ニーズはある。いずれにせよ、物価が安いから、こうした商売が成り立つのだろう。
註 1 グレアム・グリーン、マリ=フランソワーズ・アラン(三輪秀彦訳)『グレアム・グリーン語る』(早川書房、1983年)、90ページ。
2 エドムンド・デスノエス(野谷文昭訳)『低開発の記憶』(白水社、2011)、15ページ。
(参考) <個人商売のケース>
女性の稼ぎ方 ビニール袋売り(1個)
1ペソ(利益0.5ペソ 2.5円)
ピーナッツ売り(1本) 1ペソ(利益0.5ペソ 2.5円)
家の掃除/洗濯(1日の手取り) 25ペソ(129円)
民宿経営 1人1泊20~35CUC(2,580~4,515円)
服・サンダル・靴の転売(1個の利益) 3~5CUC(387~645円)
マニキュア/ペディキュア 15~25ペソ(75~129円)
マニキュア/ペディキュア(マッサージ付き) 25~50ペソ(129~258円)
人工美爪の接着 125~375ペソ(645~1,935円)
髪染め(スタイリストの名声による) 160~250ペソ(800~1,250円)
眉墨で眉をいれる 20CUC (2,580円)
アイライナー/リップライナー(1列) 5CUC(645円)
植毛(人工の髪か人間の髪) 20~100CUC(2,580~12,900円)
売春 20CUC(2,780円)
男性の稼ぎ方
物売り(1個の利益) 2~5ペソ(10~25円)
床屋(客一人につき/簡単な髪型) 15~25ペソ(75~125円)
床屋(客一人につき/手のこんだ髪型) 3~5CUC(387~645円)
乗り合いタクシーの運転手(客ひとりにつき)10~20ペソ(50~100円)
白タクの運転手(客一回につき) 5~20CUC(645~1,280円)
海賊版CD・DVDの販売 25ペソ(130円)
Wi-Fiカード転売(1枚の利益) 1CUC(129円)
小エビ1kg(闇市) 10CUC(1,290円)
大きい真鯛(闇市)7CUC(903円)
*もちろん、値段は地域や季節、技術の有無などに大きく異なる。これはほんの一例にすぎない。
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