●一句二人散歩 高橋透水
戦争にたかる無数の蠅しづか 敏雄
敏雄は一九四三年、招集を受け横須賀海兵団に入団するが、船乗りの経験から戦後は運輸省所属の練習船事務長として日本丸、海王丸などに勤務した。しかし一貫して戦争に対する嫌悪感は持ち続けた。〈戦争と畳の上の団扇かな〉や〈あやまちはくりかへします秋の暮〉などの代表作はあるが、鑑賞句はより戦争の本質を語っていないだろうか。
この句の蠅は何と「戦争」に集っている。その数えきれないほどの蠅が音も立てずに静かになにかを待っている。無気味な静謐。この静謐を装っている蠅こそ狡猾で危険一杯な生き物なのだ。戦争を潜り抜けた敏雄は直感的に戦争への危機を感じたのだろう。軍需産業を後ろ盾にした政治家だけでなく、欺瞞的な宗教家だっている。そしてなによりも戦争を仕掛ける武器商人だ。敏雄は戦場の死体に集る蠅の姿と、平和主義を唱えながら戦争の勃発を静かに待つ政治家や暗黒を舐めて豊満になる武器商人の姿と重ねたのである。
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★三橋敏雄の文を紹介します★
「戦争は憎むべきもの、反対すべきものに決まってますけれど、<あやまちはくりかへします秋の暮>じゃないけれど、何年かたって被害をこうむった過去の体験者がいなくなれば、また始まりますね。昭和のまちがった戦争の記憶が世間的に近ごろめっきり風化してしまった観がありますが、少なくとも体験者としては生きているうちに、戦争体験の真実の一端なりとせめて俳句に残しておきたい。単に戦争反対という言い方じゃなくて、ずしりと来るような戦争俳句をね。『証言・昭和の俳句 下』(聞き手・黒田杏子/角川書店)」
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