13:37、1番線に田川後藤寺行きの1321Dが到着、糸田線が分岐する金田駅では8分と長めの停車をする。
経営が厳しい第三セクター鉄道では、企業広告フルラッピングは珍しくない。企業カラーのレッドが眩しい。
跨線橋で3番線に渡ると国鉄時代の「のりかえ案内板」が残っている。
糸田線の生い立ちはセメント輸送の鉄道と石炭輸送の鉄道、両社が合併した上で、国鉄に戦時買収されている。
この駅には平成筑豊鉄道の金田車両基地を併設している。0キロポストはこれから乗る糸田線のものだ。
深紅に輝くメタリックの車両は「ことこと列車」で、見るからに水戸岡鋭治氏のデザイン。
幾何学模様の寄木を敷き、伝統工芸の「大川組子」を使用し、ステンドグラスを組み込んだレストランカーだ。
一方、留萠鉄道→茨城交通(現ひたちなか海浜鉄道)→平成筑豊鉄道と渡ってきた古いキハが停まっている。
かつて九州を走った「準急ひかり」カラーを纏ったキハは今でも走るのだろうか。錆びついた車体が悲しい。
13:45、400形マクセル号が出発、およそ1キロを伊田線と並走する。線路の滑らかな曲線は美しい。
この糸田線はわずかに7キロ、下り列車は14分の旅。カップ酒を1本舐めるのにちょうど良い時間だろうか。
やがて赤い陸橋が見えると、後藤寺線、伊田線、日田彦山線を束ねて、本日2度目の田川後藤寺駅に到着。
400形マクセル号は日田彦山線を小倉まで走るキハ40系と並んで、往時の乗換駅の賑わいを想像させている。
後藤寺はかつて三井田川炭鉱で栄えた筑豊最大の炭都・田川の一方の市街地だ。
日田彦山線の線路に並行して、田川ごとうじ銀天街〜上本町商店街へと400mのアーケードが通っている。
炭鉱の栄華を伝えるアーケードは端からシャッターが下りて、真っ赤な大提灯だけが燃えていたのだ。
平成筑豊鉄道・糸田線 金田〜田川後藤寺 6.8km 完乗
<40年前に街で流れたJ-POP>
初恋 / 村下孝蔵 1983
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