何ともあきれた話である。群馬大学病院で、過去4年間に行われた40代の医師による腹腔鏡を使った肝臓手術を受けた患者92人のうち男女8人が、術後4カ月以内に死亡。8人の中には、術後わずか2週間で死亡した患者もいたという。14日、群馬県庁で行われた会見で、病院側は、この医師が手術に関し、(1)患者への十分な告知と同意(インフォームドコンセント) (2)院内審査組織への申請 (3)肝機能チェックなどの術前検査―の3点について、極めて不十分だったことを認めた。申請や検査について医師は「必要ないと思った。認識が甘かった」と話しているという。
病気で苦しむ患者にとって医師は神様、仏様にも思える存在だ。痛い、苦しいと言えばそれを緩和してくれる。その苦しみが大きければ大きいほど、楽にしてくれる医師は、時には白馬に乗った王子様のようにも思えてくるだろう。
私はこれまで5回入院している。若かりし頃はスキーで骨折、約3ヶ月の入院。50歳をすぎてぜん息を発症、40日ほどの入院を4年ごとに3回。そして虫垂炎の手術で2週間余の入院。骨折は45年以上も前のことだから担当医のことはもう記憶にないが、その他の入院でめぐり合った担当医は、みんな神様、仏様にも思えたものである。
ぜん息発作で息ができない苦しさ、激しい咳き込みで肋骨にヒビが入ったことは一度や二度ではない。点滴の副作用で体中の力が抜けて手をあげることもできなくなった。そんな時、駆けつけた担当医の顔を見たとたん、救いの神が表れたように思えた。医師とはそういう存在なのである。
また、虫垂炎手術は、痛みはそれほどでもなかったのに腹膜炎になる一歩手前だった。術後の担当医は医師に成り立てのほやほや、若いイケメンの医師だった。回診のたびに優しく声を掛けられると白馬の王子様のように思えて、年甲斐もなく心はほんわか。入院生活が楽しかったと言ったら笑われるかな?
患者は医師に全幅の信頼を置いているから命を預けられるのである。テレ朝のドラマ「ドクターX」で、米倉涼子扮する外科医大門未知子が「私、失敗しませんので」と言うが、そうした過剰なまでの自信にみちた医師の姿に安心感を抱くのかもしれない。が、現実には「私、失敗しませんので」と公言する医師はまずいないし、失敗しない医師はいない。
外科医は自分が手術した患者の死を忘れてはならない、忘れられないものだと聞く。この医師も「私、失敗しませんので」と思っていたのかもしれない。が、失敗しながらも4年間、よくも平気な顔をして手術を行えたものである。次々に患者が死んでゆくのに何の罪悪感も恐怖心も覚えかったのか。もう人の生き死に慣れきっていたのか。だとしたら、もはや人間とはいえない。現在、この医師は手術の執刀医から外れたものの今も病院に勤務しているというが、二度とメスを握ってほしくない。
大学病院では教授、准教授、講師、助教(助教は従来の分類で言う「助手」に当たる)という序列だが、この医師は助教だそうである。昔でいう助手でありながら、これだけの大手術を一手に担っていたということは病院側も優秀だと認めていたのだろう。だが、この事実を黙認し、ずっと手術を続けさせた病院側の怠慢、さらに助教の自信過剰、傲慢さが、こういう結果を招いたといえるのではないだろうか。
こんな医師が大学病院で最新の手術を任されていたなんてどう考えてもミステリー。殺人犯人が主治医なんて、B級推理小説でもあるまいし。医者の倫理問題以前でしょう。
(ドクターX」ドラマ嫌いな私の唯一つの愉しみです。(^_-)-☆
ほんとにひどい話です。大病院がこの有様では自分の命を預ける気にはなれませんよね。
地位の問題ではないけれど、いつまでも助教のままというのは本人の何かが問題では? 自信過剰から傲慢になったのか、認識が甘かったとはあきれます。
人の死に無関心でいられる神経が理解できませんね。
と程遠いのが今の医療現場でしょう。
急性期が済むとほり出す。これが厚生省の指導要綱に
なっているので「人」も「物」扱いするバカ医者もいるのか
なぁ・・。ダメ元で手術されてはたまりません。
手術を単なる仕事としてやっているのでしょうか。恐れを知らぬ大胆不敵な所業にあきれます。
国立大学の病院だから確かだと信じてみんな行きますが、内実は「白い巨塔」と同じで、権力と出世欲の塊の医師ばかりなのでしょうね。
命にかかわる病気になったらどこへ行けばいいのでしょうか。