昔から【所変われば品変わる】ということわざがある。これは、「場所や地域が違ってくると、風俗や習慣、言語まで違ってくる。また、品物が同じでも、場所が違うとその呼び名が違う」ということである。
それを如実に示している事例に、山陰地方の一部、島根県東部と鳥取県西部に伝わる「葬式や法事のあとにパンを配る」という習慣がある。これは「法事パン」と呼ばれ、葬式や法事に訪れた客が帰る時、引出物として「あんパン」を手渡すという。昔は「まんじゅう」や「餅」だったらしいが、わざわざ餅をつくのは大変な手間がかかるので、いつ頃からか「あんパン」になったそうである。今でも、誰ひとり不思議に思うことのない風習として定着しているようだが、なぜ「あんパン」になってしまったのかは、それに関する文献もなく、「こうではないか?」というくらいの“説”に留まっているのが現状らしい。
この風習は岡山県北部でも、今なお当たり前のこととして受け継がれている。だが、山陰地方のように、葬式を出す家がパンを用意するのではなく、岡山県北部では葬式や法事に参列する人がパンを持って行くのである。最近ではあんパンだけでなく、クリーム、メロン、ジャムパンなど、いろいろな種類のパンが使われるようになった。ただし、葬式の場合は精進落としの席に着いた人だけであり、果物やお菓子、パンなどのお供え物をみんなに分けて持って帰ってもらうというのが一般的である。私が長年住んでいた津山市でも同様で、葬式や法事のあとにパンをもらって帰ったことが何度かある。
また津山市では、葬式を出す家の親戚筋にあたる家では、家紋入りの三段重にパンを詰めて持ってゆくという慣わしがある。その重箱は祭壇の前に並べられるので、家紋をみればどこそこの家というのがすぐ分かる。安物の重箱で見劣りしてはと、ちょっとした旧家では必ず本塗りの三段重を誂えている。昔は、娘を嫁がせるときの嫁入り道具の一つに、家紋入りの三段重と風呂敷、慶弔両用の掛け袱紗を持たせていたものである。
私の両親はどちらも岡山市生まれ、親戚もほとんどが岡山市にある。だから私の故郷は岡山市であり、風俗や習慣も岡山市のそれに馴染んでいた。が、20代後半に県北の津山市に引っ越して、以来40数年間住みなれた津山市が、今では私の故郷となり、県北部の習慣がすっかり身についている。
岡山市から車で約1時間半、それほど遠くないところなのに、風俗や習慣の違いはたくさんある。日常生活ではそれほど感じないが、冠婚葬祭、とくに葬式や法事のしきたりや習慣は、少し離れた隣町でもちょっと違うという具合で、驚いたものである。
岡山県南部から県北部へ、そして、現在の県東部へと移り住み、この地を終の棲家とし根を下ろして5年半。人間関係のわずらわしさがイヤで町内の付き合いは最低限しかしない。だから、葬式や法事に参列するほどの深い付き合いの人はいないので、今のところ風習やしきたりに戸惑うことはない。が、「住めば都」そのうちこの地の風習に染まってゆくのだろうな。
同じ県内で経験した、またこれからするであろう体験の違い、興味津々です。
都会のお葬式(もう家族葬とやらが主流)では何の感慨もおこりませんし、親しい方でも近頃はお見送りする機会も少なくなって、味気ないものです。
最近は家族葬が多いですね。特に田舎では子供は都会暮らしで、親の葬式で香典をもらっても後の付き合いはできないので、香典も供花もお断りという家族葬にするそうです。
「生ぜしもひとりなり。死するも独りなり」という言葉がありますが、ほんとに身につまされます。まあ、ひっそりと逝くのも悪くないですけど…。