写真は今年1月24日に撮影した八重岳の桜です。頂上付近は花も散り、葉桜の新芽が吹いていました。山上から咲き始め、山上から散ってゆきます。
今帰仁城跡では桜は5分咲きでした。今月末か来月はじめが満開でしょう。
そめい吉野と違い、長い間花を付けています。
昨日は時間がとれたので八重岳の桜を見に出かけました。
午後3時ごろ那覇を発ったので4時半ごろ着きました。往きは沖縄自動車道、帰りは58号線を利用しました。
この日は、どんよりとした冬の空で暗く、遠景をカメラに収める事は出来ませんでした。とても寒くて、今冬一番の寒さかな感じました。15℃を切ったのは初めてかもしれません。
寒いといっても凍えるとか冷たいといった感じではありません。風が強いのと陽が射していない、それに前日との温度差が大きいので体感温度はとても寒く感じます。(因みに18,19,20日は24℃~25℃ありました)
八重岳では露天が軒を連ねている箇所があって、お祭りのように賑やかさはありませんでしたが、土、日はさぞ家族連れでにぎわうという事です。
今帰仁城跡は沖縄の戦国時代(三山時代)、北部を統一していた城で世界遺産に登録されました。
それまでは草生して手入れも届かず、歴史の長さを彷彿とさせてくれましたが、歴史館などが建てられ、観光スポットとしてずいぶん整備されていました。
城壁がライトアップされて、見事なものです。
八重岳を下りて伊豆味街道に向けて左折します。凡そ、1キロ位進むと「今帰仁城」と標識が出ますから、標識2つ目の信号を右折します。道なりに進むと10分前後で今帰仁城へと右折の標識が出ます。標識にに注意してください。
帰りは今帰仁城の元の道に戻り、本道に出たところで右折します。直ぐにT字路に出ます。
T字路を左折すると10分程で海洋博公園です。ここまで来たら是非立ち寄りましょう。3時間ぐらい時間が欲しいですね。水族館を見るには、最低でも1時間は必要です。
T字路を右折すると今帰仁の中心地に出ます。
途中に、昨年ブログで紹介したホテルベルモア東洋があります。サトウキビ畑の中に立つ白い建物で、沖縄に魅せられて沖縄に住み着き、20年を過ぎる社長がユニークな経営をしているホテルです。徹底的にコストを押さえ、安価な宿泊料金で提供しています。
特別なサービスを期待してはいけません。夕食なしです。団体以外は予約も受け付けません。それでも、従業員は人柄もよく、掃除も大変行き届いていますからとても好感が持てるプチホテルです。夕食は車で5分ほどの今帰仁の中心地か20分ほどの本部の町でとります。それはよくある田舎の町です、料理も地元料理。接待も地元式なら酒場も民謡カラオケが賑やかなスナックや居酒屋です。
ホテルが紹介してくれます。お店から紹介料を取るよなホテルではありませんから安心して紹介してもらってください。「のらくろのブログでみた」といって社長から紹介してもらうといいでしょう。
すっかり、ベルモア東洋の宣伝になってしまいました。旅行エージェントではなかなか説明がつかないと思い詳しく書きました。
ホテルベルモア東洋を起点に話を進めます。
先ず、運天港(うんてんこう)に行きます。運天港を通り過ぎるだけでも結構です。ここか伊平屋(いへや)島・伊是名(いぜな)島行きの船が出ます。
対岸が古宇利(こうり)島です。今では屋我地(やがじ)島から古宇利島に橋がかかっていますが、橋のないころは運天港から船で渡っていました。
運天港に展望台があります。わたしのお勧めのポイントです。
晴れた日なら、展望台から見下ろす景色は素晴らしい。
向かいは屋我地島です。屋我地島から古宇利島に 大きく架けられた橋が「古宇利大橋」です。展望台から屋我地島の左端に見える建物ときれいな砂浜と岩が点在する地域がハンセン病患者が隔離されていた「愛楽園」です。つい最近まで「ハンセン病」というだけで意味のない隔離がなされていたということを思うと、眼下の景色の美しさがもの哀しくなります。
屋我地島との間の深い緑又は深い青色の海峡がワルミ海峡です。天気によって海面の色が変わる深い海峡です。台風が来ると、左の外海(東シナ海)から大型船が台風を避けてこの海峡を通り、ここから見ることの出来ない右側に位置する羽地(はねじ)内海に非難します。
また、運天港から運天展望台の途中に源為朝の上陸地点があります。今は草生していますが、数年前まで案内板がありました。目印は階段が雑草の間に見えるところがあります。この付近だと考えてください。
長くなりましたのでこの辺で。
次回は羽地内海と屋我地島、古宇利大橋近辺を書きます。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
今帰仁城跡では桜は5分咲きでした。今月末か来月はじめが満開でしょう。
そめい吉野と違い、長い間花を付けています。
昨日は時間がとれたので八重岳の桜を見に出かけました。
午後3時ごろ那覇を発ったので4時半ごろ着きました。往きは沖縄自動車道、帰りは58号線を利用しました。
この日は、どんよりとした冬の空で暗く、遠景をカメラに収める事は出来ませんでした。とても寒くて、今冬一番の寒さかな感じました。15℃を切ったのは初めてかもしれません。
寒いといっても凍えるとか冷たいといった感じではありません。風が強いのと陽が射していない、それに前日との温度差が大きいので体感温度はとても寒く感じます。(因みに18,19,20日は24℃~25℃ありました)
八重岳では露天が軒を連ねている箇所があって、お祭りのように賑やかさはありませんでしたが、土、日はさぞ家族連れでにぎわうという事です。
今帰仁城跡は沖縄の戦国時代(三山時代)、北部を統一していた城で世界遺産に登録されました。
それまでは草生して手入れも届かず、歴史の長さを彷彿とさせてくれましたが、歴史館などが建てられ、観光スポットとしてずいぶん整備されていました。
城壁がライトアップされて、見事なものです。
八重岳を下りて伊豆味街道に向けて左折します。凡そ、1キロ位進むと「今帰仁城」と標識が出ますから、標識2つ目の信号を右折します。道なりに進むと10分前後で今帰仁城へと右折の標識が出ます。標識にに注意してください。
帰りは今帰仁城の元の道に戻り、本道に出たところで右折します。直ぐにT字路に出ます。
T字路を左折すると10分程で海洋博公園です。ここまで来たら是非立ち寄りましょう。3時間ぐらい時間が欲しいですね。水族館を見るには、最低でも1時間は必要です。
T字路を右折すると今帰仁の中心地に出ます。
途中に、昨年ブログで紹介したホテルベルモア東洋があります。サトウキビ畑の中に立つ白い建物で、沖縄に魅せられて沖縄に住み着き、20年を過ぎる社長がユニークな経営をしているホテルです。徹底的にコストを押さえ、安価な宿泊料金で提供しています。
特別なサービスを期待してはいけません。夕食なしです。団体以外は予約も受け付けません。それでも、従業員は人柄もよく、掃除も大変行き届いていますからとても好感が持てるプチホテルです。夕食は車で5分ほどの今帰仁の中心地か20分ほどの本部の町でとります。それはよくある田舎の町です、料理も地元料理。接待も地元式なら酒場も民謡カラオケが賑やかなスナックや居酒屋です。
ホテルが紹介してくれます。お店から紹介料を取るよなホテルではありませんから安心して紹介してもらってください。「のらくろのブログでみた」といって社長から紹介してもらうといいでしょう。
すっかり、ベルモア東洋の宣伝になってしまいました。旅行エージェントではなかなか説明がつかないと思い詳しく書きました。
ホテルベルモア東洋を起点に話を進めます。
先ず、運天港(うんてんこう)に行きます。運天港を通り過ぎるだけでも結構です。ここか伊平屋(いへや)島・伊是名(いぜな)島行きの船が出ます。
対岸が古宇利(こうり)島です。今では屋我地(やがじ)島から古宇利島に橋がかかっていますが、橋のないころは運天港から船で渡っていました。
運天港に展望台があります。わたしのお勧めのポイントです。
晴れた日なら、展望台から見下ろす景色は素晴らしい。
向かいは屋我地島です。屋我地島から古宇利島に 大きく架けられた橋が「古宇利大橋」です。展望台から屋我地島の左端に見える建物ときれいな砂浜と岩が点在する地域がハンセン病患者が隔離されていた「愛楽園」です。つい最近まで「ハンセン病」というだけで意味のない隔離がなされていたということを思うと、眼下の景色の美しさがもの哀しくなります。
屋我地島との間の深い緑又は深い青色の海峡がワルミ海峡です。天気によって海面の色が変わる深い海峡です。台風が来ると、左の外海(東シナ海)から大型船が台風を避けてこの海峡を通り、ここから見ることの出来ない右側に位置する羽地(はねじ)内海に非難します。
また、運天港から運天展望台の途中に源為朝の上陸地点があります。今は草生していますが、数年前まで案内板がありました。目印は階段が雑草の間に見えるところがあります。この付近だと考えてください。
長くなりましたのでこの辺で。
次回は羽地内海と屋我地島、古宇利大橋近辺を書きます。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。