あれやらこれやら いろいろ沖縄

沖縄に住み30数年の県外居住者が見た沖縄の生活や人情・自然や文化、観光。「あれやらこれやら」気ままに。

沖縄の四季~春は駆け足でやってくる~ひまわりと桜

2010年01月31日 17時43分38秒 | Weblog
 昨日(1月30日午後)思い立って北中城のひまわり祭りへ。
標識は「ひまわりin 北中城」となっていた。
 写真はひまわりの咲くど真ん中の少し高い展望台(1.5m位)から撮った。
(*城はグスクという。しかし、伊江島の城山はグシクヤマと呼んでいる)


 昨年よりも更に広くなっていて、一面に咲き誇っていた。

昨年もそうだったようにこの日も暖かだった。

親子連れとはしゃぎまわる子供歓声がひまわりによく似合う。

沿道には地元の農家の人々が作った野菜や手作りの沖縄の饅頭などを

並べて売っていた。

素朴な沖縄の味を楽しんだ。

 4,5日前、隣家の桜が2,3輪咲いていた。

蕾もはち切れんばかりであった。

北中城からの帰路、満開の桜を見つけた。

ここだけと、車を停めてカメラに収めたら、

あちこち満開になっている。

「今年は早くないか?」

今朝、ベランダに出てみたら隣家の桜は

すでに4部咲き。


 歳の所為か、時計の回りがえらく速い。






写真は朋友のブログから盗んだ。
カワセミが水中の魚を狙ってヘリコプターのように停車?している。
このような滞空の状態をホバリング?と、確かそう云った。
相当、撮影の腕を上げている。
アドレスを下記に記したので、是非、たずねてください。
いろいろな写真があります。
http://blog.goo.ne.jp/goo0834_002


沖縄の四季~もうすぐ春の息吹~ひまわりまつり

2010年01月29日 17時46分18秒 | Weblog
 昨日午前中、陽気に誘われて久しぶりに散策した。
2時間ほどの散策で雲行きが怪しくなったので帰った。
10年も前に買った安物のデジタルカメラを持って出た。
 やはり、歩くに限る。
桜も咲き始めていたし、マンション入り口の花壇にはコスモスが咲き乱れていた。
しばらく、この日(1月28日)に撮った写真で沖縄の冬の暖かさを紹介しましょう。

 北中城(キタナカグスク)村では、ひまわり祭りを1月の中旬から開催している。
昨年は訪れたとき、格別に暖かな日和だったので、ひまわりが一面に咲いている風景は心和
むいい一日になった。
 今年は行きそびれているが、今が満開らしい。
近くには沖縄の旧家「中村家」があって一般に開放されている。
また、中村家と並ぶように世界遺産に登録された「中城(ナカグスク)城址」がある。
沖縄自動車道北中城インターから近い。

 地元の(県内)の人たち向けらしいから、ひまわり祭りといっても特別なイベントがある
わけではないが、伊計島・勝連方面へのコースにあたるから、この方面に行く人は寄って見
るのもいい。
 また、本島北部、名護方面に行くなら、行き帰りのどちらかを東海岸のドライブをするとちょっと寄って見ることもできる。

 余談だが、東海岸は西海岸とは違った沖縄がある。
「もうひとつの沖縄」だ。


 2月が明ければ東村のつつじ祭りが始まる。
ひさしぶりに東海岸を一気に辺戸岬までドライブしてみたくなった。







http://blog.goo.ne.jp/goo0834_002

沖縄の季節~北部ヤンバルの桜祭り~これから本番沖縄の冬

2010年01月20日 15時46分23秒 | Weblog
 昨年の今頃か、2月はじめだったか、今帰仁城の夜桜。
桜は満開を過ぎていた。
八重岳の登り口から今帰仁城は車で15分ほど。
「夜桜もきれいよ。行ってみたらー」
八重岳の山道を登るちょうど中間辺りに屋台の店が並んでいるが、ほかほかのおでんを売っていたおばあが教えてくれた。
おでんはうまかった。


 寒緋桜は寒いところから咲き始める。
咲いている期間は、結構長い。
 
 八重岳の桜並木は麓から頂上付近まで桜並木を満喫しつつ、ゆっくり車を走らせる。
今時分なら、頂上付近がたくさん花をつけているのでは。
頂上付近から咲き始める桜は、麓へ麓へと下りてゆく。
昨年は中腹辺りに屋台が出ていてたのしかった。今年はでているかな?
 
 名護市内の桜もいい。
八重岳より少し遅れて咲き始める。
この公園を登ってみるといい。
桜祭りの期間中は車は登れないかもしれない。途中まででも歩いてみたい。

 観光を兼ねて今帰仁城址の桜。
ぱっと咲いているわけではないが、いにしえを偲ばせる色褪せた風情が城址と相俟っていい。

 今帰仁城址、八重岳、名護ではそれぞれピークを中心に桜祭りを開催している。
   本部八重岳桜祭り  1/16-2/7  
   今帰仁桜祭り    1/22-2/7
   名護桜祭り     1/30-31

 祭りといっても、イメージが湧かないだろう。山車や神輿が出るわけではない。
所謂、祭り気分で楽しもうということだ。
詳しくはホームページを参照されたい。
http://www.ocvb.or.jp/card/ja/0600001492.html

 この2,3日、春のように暖かくいい天気だ。
きょうなどは22~23℃はあるだろう。
 きのうは陽光に誘われて近所の公園まで散歩に出かけたが、風は避けて歩いた。
北風だった。
きょうの風は東風で心地よかった。
 この快晴も今日までらしい。
天気予報って当たらないほうがいい時もある。

 桜見に来られるなら1月下旬だ。
JTBが毎年「杜の賑わい」というイベントをやっているが、この時期に合わせるといい。
このイベントは30年近く続いていて素晴らしい。
ツアーがあるので支店でたずねるといい。
郷土の唄と踊りの祭典だ。

 もうすぐ大寒。
そしたら、イッペーの花咲く時期が来る。
イッペーが咲いたらいっぺえやるか

沖縄の人情~どこも同じ人の情け~野島さん、優子さんありがとう

2010年01月18日 16時42分38秒 | Weblog
 散歩路の途中にある住宅街の一角の公園。
気根が大きく成長し、幹に絡まりながら土中に根を下ろしているガジュマルを見ることが少なくなった。
公園の真ん中を等間隔で3本並んでいた。
正月4日の昼下がり。


 最近、久しぶりに居酒屋に入った。
件の野島さんと優子さんと出会った店である。
昨年暮れ近くも訪ねてみたが会うことはなかった。
「ママ、あの人たちは来ないの?」
時々、見えてるらしいがこちらが例の件以来、足が遠のいているためかもしれない。
 今宵は、手紙を投函するために家を出た。
寒い日であった。
手紙をポストに入れると、急に例の居酒屋に行きたくなった。
<寒いのによせばいいのに>
と独り言を云いつつ店に向かった。

 店には誰もいなかった。
「あら、めずらしい、はやいねえ」
とママが言う。こんなに早いとママは料理の準備にいそがしくほとんど相手にしてもらえない。
こんな日はカラオケを独り占めにして、感傷的になったり、元気もりもりになったりとその日の感情を曝け出して唄う。
他人に遠慮がないから楽しい。
「優子さんや野島さんは今年は未だ?」
と云っている時、野島さんが入ってきた。
久振り、かれこれ3,4ヶ月は会ってない。
あいさつもそこそこに、野島さんは優子さんに電話をかけた。
「今夜はくるよ。あなたが来てること云ったから」

 小半時ほどして優子さんが姿をみせた。
それからはとてもたのしい時間を過ごした。
ボトル半分ほどあった泡盛を空けてしまった。
酔うほどに愚痴っぽく、しつっこくなったのではないかと今も心配している。
「関係ないですよ、ノラさんはノラさん、ノラさんでいるのが一番いい!」
野島さんも一緒にグイグイと飲んでいる。いつも陽気な優子さんはペースに合わせるには、少々、間を空け過ぎた。

 千鳥足で家路に向かいながら、こんなにしあわせな酒は久しぶりだと感傷的なった。
「野島さん、優子さん、ありがとう。元気になったよ」
たくさん書こうと思っていたが、結局、この数行で終わった。
言葉や文字に出せない、出してしまえば消えてしまいそうなことってある。

 最近、気弱な己に嫌気がさしていた。
なんとか誤魔化して、元気になろうとしたが落ち込む日々が多かった。
そんな姿を野島さんは感じ取ってくれたんだ。

 このブログを書き始めて


 

沖縄の風景~日の丸が揚がらない正月・日の丸の旗が希望だった~愛国心とは生まれてくるもの

2010年01月05日 11時37分35秒 | Weblog
 今年正月2日初詣の波の上宮。
いつもの年なら、これから奥武山公園の護国神社、出雲大社の分社にお詣りするのだが、奥武山公園は野球場工事で駐車場が塞がっていて大混雑中だった。
東海岸の成田山までの40分あまりのドライブとなった。

 祭日は勿論のこと、正月でも国旗を揚げているのを全く見なくなった。
9時過ぎに自宅を出て、波の上宮、護国神社、成田山の行程で一本の国旗も見なかった。
 九州でも国旗を掲揚している場面を見ることが皆無になった。
他の地方ではどうだろうか。

 先日、沖縄の友人が復帰前後の話をしてくれた。
「家々は日の丸を掲げ、日本復帰に沖縄は燃えていた。」
「復帰しても何も変わらない。特に、基地の大半が沖縄に残った」
「県民は完全に日本政府に裏切られたと感じた。あれほど日の丸を振って騒いでいたのに、復帰の日から国旗を掲揚することすらなくなってきた」

 県外の人間が、所謂、沖縄県民と同じはずの同胞が
「戦争に負けたんだからしかたないさ、負けた国が何を云える」
「ペルーは浦賀の来る前に沖縄に来て開港を迫った。それくらいアメリカは沖縄をアジアにおける戦略的な重要な拠点と位置づけていたんだ」
 無機質な、血の温かさを感じないこんな残酷な言い方があるだろうか。
「敗戦国だし、アメリカが欲しがってるんだから仕方ないさ」
 歴史観や外交や論評などを訊いているのではない。
普天間や嘉手納の爆音の猛烈さだけでも体験してみればいい。
先ず、現実を見、聞くことがたいせつだ。
 理詰めでねじ伏せたって人は納得しない。
理屈を言うう奴ほど自分勝手な奴はいない。

 「国旗」は「国」のシンボルである。
「国民」の生命と財産を守ってくれるものこそ「国」である。
 その国が守ってくれない、わかってくれない。
庶民はそう感じている。
そんな国の国旗など揚げないだろう。

 沖縄だけでなく、日本中で国旗を揚げなくなったのではないか。
北朝鮮拉致問題だって国は何もしない。
家族の人たちは義務である税金は払っているだろう。
義務を果たしているなら、果たしてきたなら、
当然、国から守ってもらえる権利はあるはずだ。

 われわれ国民のほとんどは日本以外で生きるすべはない。
だから、税金も随分と納めてきた。
愛国心など教えなくてもいい。
母が、父が、
「母国っていいだろう、私たちの国がやっているんだよ」
折りに触れ、子供たちにひとこと語ればいい。
親が子に語れるものを国は作り出せばいい。

 愛国心はそこから生まれ、そうして育つもの。
国と国民、親と子。
強いものが弱いものを慈しむからこそ慕い、尊敬もしよう。