ペドロ・アルモドバル
《あらすじ》
臓器移植コーディネータのマヌエラは、一人息子エステバンが17歳の誕生日を迎え、そのお祝いにずっと秘密にしてきた彼の父親のことを話す約束をする。しかしエステバンはそれを聞く前に交通事故で死んでしまう。
息子のことを伝えるため、マヌエラは18年前に逃げるように飛び出したバルセロナへとかつての夫を探しに行く。
《この一言》
”孤独を避けるためなら 女は何でもする ”
従兄のヨウちゃんがいつだったか「これまでに観たなかで一番面白かった映画」というようなことを言っていたので、ずっと観てみたかった作品。あらゆる女の物語。今までにどこかで会ったような、どこにでもいるはずの女たちの物語。それがアルモドバルらしい情熱的色彩のなかで展開します。
「どこにでもいるはず」とは言え、登場人物はやはり個性的です。皮肉な運命に翻弄されつつも自力でどうにか乗り越える主人公のマヌエラ、胸にシリコンを入れ女性となり客の男に殴られても商売をやめられない古馴染みのアグラード、自分を忘れた父親と自分を理解しない母親を持つ修道女ロサ、孤独な大女優ウマ。
私が、マヌエラのように生きることは可能だろうか。いや、私はロサだな。善良というよりも単純、やけっぱちとも言える衝動的行動に身をまかせる女。その先が破滅だとしても、それを「知らず」に選択せざるを得ない。ただ彼女の良いところは、起こってしまったことを泣きはしても結局は受け入れるところでしょうか。
それに対してマヌエラはしなやかに強い。ロサがすがりつきたくなるのも納得です。マヌエラは苦しみや悲しみを忘れてしまうことはなくても、そのままで前に進んでいきます。彼女の周辺で次々と人が死にまた生まれますが、彼女はつねに先に進むために必要ななにかを彼らに与え続けているようです。
マヌエラのような女性を、現実に私も知っています。人間の魅力とはこのようなものであったのかと私に初めて実感させたその人は、いまでも私の最高の憧れ。自由で豊かな美しい人。彼女の前では、私でさえ前を向かずにはいられません。
こんな風に、この映画を観れば今まで出会った誰かのことを思い出すかもしれません。ヨウちゃんもきっと誰かを思い出したに違いない。
「おとこ」だろうと「おんな」だろうと、生まれてくるのは結局はただ死ぬためだけなのかもしれなかろうと、生きているあいだはせめてちょっとでも前を向きたいものです。顔を上げたら、素敵な人(むろん、異性とは限らない)との出会いが待っているかもしれません。
と、思いました。
おなじようなテーマを扱った映画に、ロドリゴ・ガルシアの『彼女を見ればわかること』がありました。そちらがやや暗いトーンで語られていたのに対し、こちらの『オール アバウト…』はわりと明るいです。いずれの作品も、私には深くしみ込むというより突き刺さる。
これに続いて観たタルコフスキーの『ノスタルジア』も「母に捧げ」られていました。アルモドバルからタルコフスキーへは、それにしても凄い落差でした。以下、次回。
《あらすじ》
臓器移植コーディネータのマヌエラは、一人息子エステバンが17歳の誕生日を迎え、そのお祝いにずっと秘密にしてきた彼の父親のことを話す約束をする。しかしエステバンはそれを聞く前に交通事故で死んでしまう。
息子のことを伝えるため、マヌエラは18年前に逃げるように飛び出したバルセロナへとかつての夫を探しに行く。
《この一言》
”孤独を避けるためなら 女は何でもする ”
従兄のヨウちゃんがいつだったか「これまでに観たなかで一番面白かった映画」というようなことを言っていたので、ずっと観てみたかった作品。あらゆる女の物語。今までにどこかで会ったような、どこにでもいるはずの女たちの物語。それがアルモドバルらしい情熱的色彩のなかで展開します。
「どこにでもいるはず」とは言え、登場人物はやはり個性的です。皮肉な運命に翻弄されつつも自力でどうにか乗り越える主人公のマヌエラ、胸にシリコンを入れ女性となり客の男に殴られても商売をやめられない古馴染みのアグラード、自分を忘れた父親と自分を理解しない母親を持つ修道女ロサ、孤独な大女優ウマ。
私が、マヌエラのように生きることは可能だろうか。いや、私はロサだな。善良というよりも単純、やけっぱちとも言える衝動的行動に身をまかせる女。その先が破滅だとしても、それを「知らず」に選択せざるを得ない。ただ彼女の良いところは、起こってしまったことを泣きはしても結局は受け入れるところでしょうか。
それに対してマヌエラはしなやかに強い。ロサがすがりつきたくなるのも納得です。マヌエラは苦しみや悲しみを忘れてしまうことはなくても、そのままで前に進んでいきます。彼女の周辺で次々と人が死にまた生まれますが、彼女はつねに先に進むために必要ななにかを彼らに与え続けているようです。
マヌエラのような女性を、現実に私も知っています。人間の魅力とはこのようなものであったのかと私に初めて実感させたその人は、いまでも私の最高の憧れ。自由で豊かな美しい人。彼女の前では、私でさえ前を向かずにはいられません。
こんな風に、この映画を観れば今まで出会った誰かのことを思い出すかもしれません。ヨウちゃんもきっと誰かを思い出したに違いない。
「おとこ」だろうと「おんな」だろうと、生まれてくるのは結局はただ死ぬためだけなのかもしれなかろうと、生きているあいだはせめてちょっとでも前を向きたいものです。顔を上げたら、素敵な人(むろん、異性とは限らない)との出会いが待っているかもしれません。
と、思いました。
おなじようなテーマを扱った映画に、ロドリゴ・ガルシアの『彼女を見ればわかること』がありました。そちらがやや暗いトーンで語られていたのに対し、こちらの『オール アバウト…』はわりと明るいです。いずれの作品も、私には深くしみ込むというより突き刺さる。
これに続いて観たタルコフスキーの『ノスタルジア』も「母に捧げ」られていました。アルモドバルからタルコフスキーへは、それにしても凄い落差でした。以下、次回。