goo

『十三本のパイプ』

2007年07月19日 | 読書日記―エレンブルグ
イリヤ・エレンブルグ 小笠原豊樹訳(修道社)

《内容》
鬼才エレンブルグの機知と諷刺に充ちた傑作!
これは極めてエキゾチックな物語集だ。登場人物は世界各国人、十三本のさまざまなパイプが象徴する、その持主の数奇にして妖しいまでに喜劇的かつ悲劇的な人生図絵。
ソヴェート作家の中でも最も西欧的教養と視野を持つエレンブルグのみが描き得る独自の世界像である。

《この一文》
”だがこのパイプ―――世界一美しい都会パリ、パリ一の美人ガブリエル・ド・ボニヴェに殺された小さなポール・ルウの玩具は、偉大なにくしみについて私に語る。
   ―――「第二話 コンミュン戦士のパイプ」より  ”

”幼稚で自信満々の人たちは、人間は物の主人であり、物とは買ったり与えたり、売ったり棄てたりできるものだと思っている。これはもちろん、かずかずの事実によって、とうの昔にくつがえされた考え方だ。
   ―――「第十話 狂人のパイプ」より  ”

”だが彼はもう一つほかのものを知っていた。遠い日々のよろこび、モンスリー公園の木の間がくれに見たマルゴのほほえみ、他人の愛を。
   ―――「第十三話 愛のパイプ」より  ”






さまざまな作家と作品に生涯不変の忠誠を誓った私。その私はエレンブルグに対してはさらに加えて不滅の愛を誓いましょう。愛などなんの役にも立たないことは分かっていますが、何も持たない私が忠誠のほかに差し出せるものといって、愛いがいに何があるでしょうか。こんな気持ちははじめてだ。思うだけで涙が出そうになるのは、どうしてなんだろう。


さて、本書に描かれるのは、13本のパイプをめぐる奇妙な人生模様。《フリオ・フレニト先生の思い出に捧げ》られた短篇集。いずれの物語もいかにもエレンブルグらしい軽快なテンポに乗って、滑るように進んでいきます。そしてそこらじゅうにちりばめられた印象的な言葉の数々。美しくて鋭い言葉の数々にいちいち心を打たれます。

訳者の小笠原先生のあとがきに、エレンブルグについてのあまりに的確な評が書かれてあったので引用してみましょう。

「アラビアン・ナイトの語り手のようにエレンブルグはこの本の読者を、彼の夜――さまざまな形のパイプに飾られた彼の仕事部屋のうすくらがりのなかへ導き、一つ一つのパイプ由来を語ってきかせるのである。語り手の表情はゆらゆら立ちのぼるタバコの煙の動きにつれて実に多様に変化する。何げないことばで重大な真理を、荘重な口調でコッケイな事柄を、やさしい声音で残酷な事実を、冷い発音で愛らしい事物を、エレンブルグは倦むことなく語りつづけるから、読者は充分に楽しみながらも、時にいささかの戸惑いを感じなければならない。」

なんと的確な。私がいくら情熱をたぎらせようと、これ以上の説明を加えることはできますまい。ありがとう、小笠原先生。

トラストDE』しかり、『フリオ・フレニトの遍歴』しかり、エレンブルグの人間に対する深い絶望と激しい憎悪、しかしそれでもなお捨てきれぬ人間の美しさと優しさに対する愛着。爆発的な勢いを持ちときには攻撃的でさえある言葉の裏側に、その鋭さゆえに傷付きやすい精神をあらわしているこの人の物語。どうしてこれを愛さずにいられようか。

初期のこれらの作品以降は、文学的には下降に下降を続けたと言われるエレンブルグ。いいではないか、それでも。そうだとしても、私は『雪どけ』までのあなたの作品を、手に入るものの全てを読みますよ。
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )