The Game is Afoot

ミステリ関連を中心に 海外ドラマ、映画、小説等々思いつくまま書いています。

『月まで三キロ』伊与原 新 著

2019-10-28 | ブックレヴュー&情報
『月まで三キロ』新潮社―2018/12/21

伊与原 新(著)

内容(「BOOK」データベースより)
「月は一年に三・八センチずつ、地球から離れていってるんですよ」。死に場所を探してタクシー
に乗った男を、運転手は山奥へと誘う。―月まで三キロ。 「実はわたし、一三八億年前に生まれた
んだ」。 妻を亡くした男が営む食堂で毎夜定食を頼む女性が、小学生の娘に伝えたかったこと。
―エイリアンの食堂。 「僕ら火山学者は、できるだけ細かく、山を刻むんです」。姑の誕生日に家
を出て、ひとりで山に登った主婦。出会った研究者に触発され、ある決意をする―。―山を刻む。
折れそうな心に寄り添う六つの物語。

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伊与原さんの作品は何冊か読んだ事がありますが、この作品は幻想的な表紙とミステリアスなタ
イトルに惹かれ、特に書評も調べる事なく手に取りました。

「月まで三キロ」
「星六花」
「アンモナイトの探し方」
「天王寺ハイエスタス」
「エイリアンの食堂」
「山を刻む」
の6編からなる短編集

専門が宇宙惑星物理学という著者が描く 天文学、気象学、地学等の知識が散りばめられた人間愛に
満ち溢れた作品です。

それぞれの専門知識は普段であれば耳を素どうりしそうな用語が書かれているにも関わらず,各話の
中で専門家によって語られ散りばめられた知識が すっと心の中に入っていきます。
そして、そんな専門家によって語られた言葉が それぞれに悩み、不安を抱える主人公達の心に染み
わたり生きる意味や救いを見出していく事になるのです。 

胸が詰まってジーンと来たり、心を揺さぶられたリ、共感させられたり、とそれぞれが余韻の残る
終わり方をしています。

どれも静かな感動を胸に残します。

伊与原さんは、
感情とは対極にあると思われる”科学”を「きわめて人間的なもの」だと言っていらっしゃるとか。

この作品を読んでみると、この言葉が実感として染みわたる様な気がします。

そして、何となくあやふやな知識しかなかった”月”の事、”アンモナイト”の事、”雪の結晶”、
”素粒子”、”火山と岩石” 等々について優しく語る登場人物のお蔭で実際の知識として心に残
る様な気もします。

それぞれの作品では、めでたし、めでたしのはっきりしたハッピーエンドになっている訳ではな
いのですが、主人公が抱えていた苦しみ、悩み、葛藤などに対して少し異なる見方が出来るよう
になったり、少し先に進めそうな気配があったりで何となく希望が感じられるエンディングに
なっているのですが、その様な表現であるからこそ柔らかい余情を感じる様な気がします。

個人的には表題にもなっている一作目「月まで三キロ」が一番心に染みました。

「BOOK」データベースにある様に、「折れそうな心に寄りそう」に偽りなしの内容で、久々に心
が洗われる様な温かい気持ちになれる読後感を得られる作品です。