田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編33 トイ・プードルとコギ―の幸せ

2013-03-29 10:01:57 | 超短編小説
33 トイ・プードルとコギ―の幸せ

ペットショップのショーケース。
二匹の子犬が隣りどうしのケースのなかにいた。
トイ・プードルのメスとコ―ギのオスだ。
ショーケースだから正面はもちろんガラス張り。
お客さんがよくみることができるように全面は大きな一枚のガラス。
曇りひとつなく照明をあびて光っている。
中仕切も清潔な透明なガラス。
隣同士の子犬たちがたがいにジャレあっている。
仕切は子犬が前足をかけられるくらいの高さだ。

「きみなんて名前」
コギーが隣のトイ・プードルに声をかけた。
「あなた、そんなこともしらないの。わたしたちには名前はないの。飼い主がつけてくれるのよ」
おねえさんぶっている。
真っ白い毛並みに赤いリボンがよく似合う子犬だ。
ちょこちょことあるくしぐさが、とてもかわいい。

「飼われるまでは名前がないのよ」
「そうだね。ぼくだって名前がないもの」
「でも……ほんとは、あるのよ。わたしはじぶんのことパピヨンと呼んでいるの。自由に青空をとびたいワ」
「パピヨンちゃんのあたまに蝶が止まっているようで、かわいいね」
「ありがとう。ほめられて、ウレシイワ」
「ほんとはね、ぼくも名前あるんだ。翔太っていうんだよ。飼い主がね、きゅうにフランスに留学することになって、またここにもどってきちまったのさ。たった60日の縁だったけど――」
「わたしたちながくはここにいられないのね。さびしいわ」

そして、その翌朝。
「翔太。翔太」
という呼びかけに目覚める。
パピヨンが可愛い女の子にだかれていた。

「さようなら。翔太。また会いたい。会いたいわ」

翔太はねぼけまなこでパピヨンをみおくった。
あまりにも、きゅうな別れなので、一声も鳴くことができなかった。
悲しむこともできなかった。
ただぼうぜんと、冷たいガラスに顔をおしつけていた。

それから無情にも歳月が流れた。
「翔太。翔太。翔太でしょう」
なつかしいパピヨンの鳴き声がする。
「ぼくをよんでいるのは、パピヨンなの」
「あなたまだじぶんのことを、ボクなんていうのね」
つとめて明るい声で隣から呼びかけているのはまちがいなくパピヨンだ。

赤さびのういた鉄の格子のある不潔なペットケージ。
保健所の殺処分待ちのケージのなかでパピヨンと翔太は再会した。
二匹には、過ぎこしかたの想いを話し合う時間はのこされていなかった。
こうした状況で会うということは、お互いにあまり幸せではなかったのだろう。

「死ぬまでにもういちど会いたかったよ。あのとき、さよならもいえなかったもの。ぼくねぼけていてさ」
パピヨンがなつかしそうに笑った。
「わたし、あのときの翔太のねぼけ顔いまでもおぼえているよ」
翔太が深いため息をついた。

保健婦が二匹の犬をそれぞれのケージからひきだした。
「仲良さそうだから、いっしょに逝かせてあげましょう」
翔太とパピヨンは臨終の床にならべられた。
「パピヨン。最後にこうして会えてうれしいよ」
「わたしもよ。翔太。うれしいわ」
こうして二匹はじめておたがいのカラダのヌクモリを感じた。
鼻をつきあわせた。
ペロペロなめあう。

「まるで恋人同士のようね」
保健婦がいう。
二匹ははじめて、そして最後のlastキスをしていたのだ。

保健婦の手には注射針が光っていた。


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