さらば巣鴨地蔵通りのイカ面GG
PART 1 春モウロウ/朦朧老人巣鴨地蔵通りにデイビュー
1 平成19年の春
うらら、うらら、はる、うらら、巣鴨はおいらのためにある。
気取って、ステップをふんでいるつもりでいてもアヒル歩きも……いいところだ。
われ幼少のみぎり中川タップダンス教室に通いしが、などと扇子をたたきながら一席講談調で懐古の情をぶちまけそうな雰囲気の、GGだ。ステップを踏むような調子なのは、浮きうきとしたこころだけだ。外目にはただの高齢者だ。こころに体がついていかない。
よたよた、とまではまだいっていないが、毅然と二足歩行するにはぎりぎりの年となっている。
そんなGGがステップを踏んでいるつもりなのだから、むしろコツケイに見える。
麗麗春麗。おいらは懸賞文壇の『はるうららだ』などと嘯いているが、投稿歴なんとなんと半世紀になんなんとし、いまだに羽化することもできないていたらくのGGだ。青空高く飛び立つ日は何時かやってくるのだろうか? メソメソ。(;O;) ……。
さなぎのまま干からびてしまう可能性95%。
奇跡的に羽化できても大空に高く羽ばたくことが出来るのだろうか? このGGに、それほどの精気がのこされているのだろうか。
そこまで先のことを取り越し苦労する必要はないだろう。
5%の可能性にかけてがんばるぞ。とGGは意気軒高。
干支で一回り下の団塊の世代が定年となった。PCさえあれば、どこにいても、いつでも小説は書くことができる。cell phone片手に電車のなかから携帯小説を発信することだってできるのだ。いや、ぐっとアナクロニズムで、昔ながらのペン一本あればそれでもすむ。あわよくば、流行作家への道が拓けるかもしれない。
この分野には、だれでも挑戦できる。いや、大勢さまが、おっとりPCで参戦した。ますます文壇にうってでてこの年で作家になるのは、無芸無能のGGには、困難となってきている。べつに、年令制限などあるわけはない、が……それでも、気が引ける。気後れする。こころがピシャル。賞味期限の切れた男の嘆き節とくらぁな。
インターネットで50年前の初恋の女の名前を検索したところ見事にヒットした。こんなありがたいものなら、PCをもっとはやくはじめればよかった。ランコードをつなげばよかった。
Wプロは20年、使っている。三行しか文字がデスプレイされなかった。PCはインターネットにつないでなかった。かなり前からパソコンは使っていた。でも、word機能としてだけに使用していた。
初めての検索で長――いこと気になっていた大垣紗智子の消息がわかった。
莫迦、そんなことがあって、いやあってうれしいのだが、手放しでよろこべるわけがない。半世紀もたっている。こんなのって奇跡にちかいのではないだろうか。
そこで、うらら、うらら、はるうららということになったのだ。
いましもGGは、巣鴨は地蔵通りにその姿を現した。
店先に赤い靄が棚引いている。赤パンツのオンパレードだ。健康パンツだ。元気な巣鴨おばちゃんでむせかえるようだ。道行く人も道路いっぱいにあふれている。いつでも歩行者天国だぁ。このまま、歩きつづければ、天国への道と連結している。というのは、GGのいつもの笑えないオヤジギャグだ。ごめんなさい。
いましも、GGは歌声喫茶「ハイビスカス」の地下への階段をおそるおそるおりだしている。さぎほどまでの軽快な? ステップはどこにいったのだ。足もとを照らす照明が明るい。老人への気配りがありがたい。階段には手摺さえついている。見栄を張って手摺につかまっておりるのだけはしたくない。でも階段は非情なほど急斜だ。バラの花をあしらったステンドグラスの扉をあける。うわっと、カチュウシャカワイヤと歌声のコーラスがGGの耳にとびこんでくる。
2 昭和32年?
あのあと、紗智子とは新宿の「灯」で再会していた。
だから、これで再々会ということになる。
ハイビスカスのホールにGGはたちすくんでいる。
紗智子との思い出がいつきに脳裏になだれこんでくる。
GGはたちすくんだままでいる。
新宿のかつての「灯」の雰囲気とよく似ている。
「いらっしゃい。はじめてですか」
むかえてくれたエプロン姿の女の子。
「紗智子……」絶句した。そっくりなのだ。
むかし、「灯」で再会したころの紗智子とそっくりだった。
いっきに、時間が遡行する。
「ああ、おばあちゃんのお知り合い」
返事もきかずに歌の輪に向って大声をあげる。
「サチママ、お客さんですよ」
「村木さん。ただしさん? 正なの」
「ゴブサタ」
「ずっとまっていたのに。ずっと、ずっとまっていたのに。なにがご無沙汰よ。もう……いつもカッコつけて……」
スレンダーな紗智子が正にだきついてきた。だきついて、両足を正の腰にまきつけた。GGはよろけるところを、ぐっとこらえた。この歓迎の儀式はむかしのままだ。むかしのままだ。なんて正はおもっているが。あれから何年たっているとおもうのだ。尾羽打ち枯らしたGGはじぶんが情けなかった。
学司先生の紹介で入会させてもらった『鷹の会』の席で空高く飛ぶ鷹になりたい、なんてキザナな自己紹介のできたおれはどこにいってしまったのだ。尾もない。羽もない。もっとも、はじめから飛ぶはねがあったかどうか疑わしい。もうとぶことはできないのだろう。死神のえさになることしかのこされてない。よちよち歩くだけのドドだ。鷹の会だって、学司先生があのあとすぐにお亡くなりになった。あまりの悲しさにそのあと会にはでなかった。先生はおのずと、死期を悟り、わたしのことを友だちに託してくれたのに。おれはなにをやってもドジだ。正はGGになったいまごろになって反省している。
「なにしんみりしてるのよ」耳元で紗智子の声がささやきかける。
「まるで大樹に止まった蝉だな」
「スミマセン。老木です」声をかけてくれた老人に応える。
正が照れる。
「紗智子ママの初恋の彼の話はさんざんきかされてきたわ。実物があらわれるとはね」
「噂どうりの、イカ面じゃないの」
「富さん。いやさ、お富。それいうならイケめんだぁ」
さきほどの老人がきどって半畳をいれる。老婆はお富さんというらしい。
みんなが、カチュウシャウレシヤや、出会いのナミダ。替え歌を即興で歌ってくれた。紗智子のほほを涙がながれていた。
東京都港区赤坂青山一丁目三ノ一八。
村木正が神沼から上京して下宿した住所だ。まだ都電が走っていた時代だ。電車がゆっくりと墓地下をカーブする。道路とレールに挟まれた空地に掘立小屋があった。その日はじめてシナリオ研究所に出席するので電車にはのらず、墓地下のブロック塀にそって歩道を歩いていた正は「いい男」ふいに声をかけられた。みると、小屋の入口の定番のむしろの下げられた入口のまえに少女が立っていた。ごつっと側頭に衝撃がはしった。墓地からつきでていた樫の木の太い枝にしたたか頭を打ちつけた。
「ゴメン。アタイガ、よけいなこといったから」
少女がかけよってきた。
「いい男だなんていわれたことないから、おどろいたもんね」
咄嗟のことで、つい方言がでた。
「あら野州男児なんだぁ。そうでしょう。父と日光に疎開していたことあるからわかるの。
ほんと男らしいよ」
少女は小屋から富山の薬売りの箱をもちだしてきた。手早くオキシフルで消毒をしてくれた。その手が暖かかった。すこしふるえていた。
「ゴメンナサイ。痛かったでしょう」
「謝ることない。ぼくが不注意だった」
紗智子との出会いだった。
正はだいぶなれてきた東京弁で応えた。
「アタイがわるいのよ。とつぜん声かけたから」
「そのとうりだ。沙智子がまたスットンキョウな声をあげたのだろう。お兄ちゃん。すまなかったね。許してやってくれ」
だれもいない。とおもっていたのに、小屋から男が出てきた。
「お父さん、まだ寝てないと」
酒のにおいがしていた。
路面電車が通過した。男が口をぱくぱくしてなにかいっている。電車の轟音にかき消されてなにをいわれたのか聞きとれなかった。
「ここに樫の木の枝がでていた。樫の木に感謝しなくちゃ」
「あら、どうして……?」
「こうして、きみと知り合えたから」
正はこれからすぐそこのシナリオ研究所の入学式にでるのだといった。
「うわぁ。感激しちゃうな。毎日ここ通るんだ」
それが大垣沙智子との出会いだった。
狭い研究所の庭にはテントが設えてあった。入学の手続きを済ませた。新入生は少し興奮気味だった。自己紹介をそれぞれした。教室の中はこれから始まる新学期への期待で清々しい雰囲気だった。しかし、正はそれどころではなかった。東京に出てはじめて声を交わした少女のことがきになっていた。少女はポニーテールがよく似合っていた。小柄だった。コンプレックスをもっていた栃木弁を褒められたのがうれしかった。帰りにまた会えるだろうか。会いたい。
「あの家族は、もとは華族さまだって評判だよ。そう……すごくキレイナ女の子がいるでしょう。ぼくのでた青山高校に通っている」
村木が下宿している一丁目の引きあげ者住宅、そこの速水君が教えてくれた。
ふたりは青山学院大学の新入生歓迎の映画会にでかけるところだった。
「べつに偽学生だって平気だよ。ぼくはレッキトシタ学生証を持っているから」
映画は望月優子主演の「米」たった。
映写がはじまるので場内が暗くなった。そのほんの一瞬の暗闇がさきほど沙智子の
家? の前を通りかかったときにみた入口にたらされたた筵の向こうの闇をおもいおこさせた。沙智子が筵のまえに立って待っていてくれるのではないか。そう期待していた。
村木はじぶんが恋愛感情に目覚めるなどとは予想もしてなかった。でもこれはまちがいなく、沙智子に恋している感情だ。いままでにはこういう心の動きはなかった。あきらかにこれは恋する心だ。はじめてのこの感情に心をゆだねることはここちよかった。ぼくは沙智子に会いたがっている。朝に出会って夕にはもう恋しくて会いたがっている。そうおもうと、のんびりと映画をみているわけにはいかなかった。
夜の青山墓地を貫けて霞町の線路際にある掘立小屋にむかった。銀の鱗粉をまきちらしたように、遅咲きの桜の花びらが舞っていた。背の低い沙智子がポニーテールを揺らしていまぼくの隣にいてくれたらどんなにすばらしいだろう。夜の墓地は静まり返っていた。
その静寂のなかで人声がした。くぐもったような低くかすかな声だった。不吉な予感に突き動かされて走りだしていた。あきらかに声は沙智子の住むあたりからしていた。凶悪な波動が彼女のいるあたりを発生源としていた。胸騒ぎは極度にたかまった。胸騒ぎと走ったための動悸とで胸ははりさけんばかりに高鳴った。息をきらせて夢中で菰をまくってみると彼女の父親が暴漢とたたかっていた。彼女は部屋の隅に追いつめられてふるえていた。
「なんだぁ!! きさま!!!」
男たちは三人いた。
「東京ではヤクザでもないのに、人をおそうのですか」
苦しい息のなかから、それでも冷静に聞いた。聞くというよりも誰何したいのを必死でこらえていった。
「あらう」
わけのわからない怒号をあげておそってきた。くりだしてきた拳をしたからつかみとった。腕をよじった。相手の踏みこんでくる力にさからわず投げた。男は線路のほうまでふっとんだ。前蹴りがきた。その男の軸足をはらった。男はうずくまった。沙智子の父親がしがみついて動きを押さえていた男の胸に当て身をくわせた。
狭い空間には精液の匂いが充満していた。すべてことはおわっていた。さいど挑もうとした暴漢たちと争っていたのだ。沙智子は放心していた。ぼんやりと部屋の隅にうずくまっていた。
3 数年後。
ぼくは新宿の「灯」で沙智子と再会した。
「さがしました。あの翌日会いにいったら……もういませんでしたから」
「仕返しがこわくて逃げたのよ。村木さんに連絡のしようがなかったから」
「お父さんは……」
「死にました」
言葉がとぎれた。
「ぼくがアイツラをいためつけたから……逆恨みをかって、仕返しされると思って?」
そのために沙智子は転居した。それで彼女とぼくとの縁がたった一日の、だが強烈な印象とともにとぎれてしまったのだ。
沙智子からは返事はもどってこなかった。
この話題にこだわることは彼女にはつらそうだった。彼女のほうから話題を変えてきた。
ぼくらは陽気な歌声に妨げられるのをきらった。べつの喫茶店にはいっていた。
「あいたかったわ」
「シナ研に連絡して居場所を教えてくれればよかったのに」
「うらまないで。ホウムレスの少女と知りあいだなんてわかったらわるいとおもって」
「そんなこと電話ではわからない」
ぼくは恨みがましく、すこし棘のある声になっていた。
「そうよね。わたしたちあのときは動顛してしまっていたから。もう霞町にかんけいあることはすべてわすれたかったの」
「…………」
「ごめんなさい」
「あいたかった。あいたかった」
「お兄ちゃんが、わたしのことそんなに想ってくれているとは……うれしい」
図書館難民
パソコンにメイルがはいった。
祖母大垣紗智子儀今日昼ごろ死亡しました。ここに生前のご交儀を謝しご連絡いたします。
葬儀の日程がつづいていた。
GGはパソコンのマウスを握っていた。でも、手を動かすことはもうできない。紗智子と一体になっていくのをよろこびとともにうけいれていた。6,1
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