4月30日 水曜日
吸血鬼/浜辺の少女 22 (小説)
「約束は忘れないで」
いくわよ、という気合をこめて暗黒の洞窟に夏子がとびこむ。
闇の奥からじめじめしした腐臭がふきよせる。
小動物の死骸が通路にころがっている。周囲は大谷石だ。ジワッと湿気をおびた邪悪な気配が毛穴からしみこんでくる。それを全身で感じる。
隼人は身動きがとれない。はずだった。ふつうの人間であったら。
ところが暗闇でもかなりよく目が利く。夏子の愛咬を軽く首筋にうけた。あらたな能力に目覚めた。目覚めつつある。ingだ。進行形だ。これからもどんな能力が新たに芽生えるか隼人にもわからない。
「わたしの血と隼人の血がまじりあったのよ。いよいよ効いてきたのね」
「すごく強くなったようだ」
「吸血鬼マスターとしてのわたしの父の純血と、わたしの母の血、隼人の遠い祖先の血が混血したの。まだまだパワーアップしていくわ」
「それで夜目がきくのか。暗闇でもものが見えるのだ」
「いいとこ取りって感じね」
「どう戦えばいい」
「血のおもむくままに」
「それなら任せておけ。おれの血を吐く修行。死可沼流の剣の技を鍛えてきたのは、この日のためだったのかもしけない」
興奮している。ぼくが<おれ>になっている。
「きたわよ。ここがエントランス」
ギョッとして構える隼人。夏子が押さえる。
「通させてもらうわよ」
夏子が闇にむかって挨拶する。
「門衛がいるのよ。赤外線カメラみたいなものよ。吸血鬼しか通れないの」
「おれは……血が混ざりあっているから。混血種だから……」
「そういうこと。わたしのより、隼人はさらにあたらしいタイプになるわ。血がのみたくなるなんてことは絶対におきないから安心して」
ざわっという不気味な音。吸血蝙蝠がおそってくる。隼人は虚空に剣を振るった。
どんなことがあっても、全身全霊で、おれは夏子を守る。守る。蝙蝠のほうからギーとういう陰気な声をあげて剣に群がってくる。蝙蝠の断末魔の鳴き声が岩肌にこだまする。
「門の守衛が通したものを、どうしておそうのよ。こいつらみさかいなくおそってくる。鹿人兄さんの配下ね。わたしたちを通さないように命令されているのよ」
「おれの気配が蝙蝠を呼び寄せているのだろう」
「気にすることないわ。先に進みましょう。どんなことがあっても死なないでね。隼人。すきよ」
夏子がポンと隼人の肩をたたく。
夏子はたちまち、闇のさらなる深み、奥にむかって走りこむ。吸血蝙蝠の群れが、ふたりに追いすがる。長く黒い帯状になって追いすがってくる。
急な斜面を隼人は駆け降りる。
冷気が吹きつけた。
地上は晩夏。地下は冬。
夏子もまた隼人を励ましながら、手刀を振るって戦っている。長く伸びた爪で蝙蝠を引き裂き前に進んでいく。その後ろ姿を隼人は追っていたはずだった。
夏子の姿がない。地下道で迷ってしまった。一瞬……蝙蝠のあまりの絶叫に天井に目をそらした。その間に、夏子が道を曲がつたのだ。それに気づかず直進していたのだ。道はいたるところで枝分かれしている。もどったところで迷ういっぽうだろう。
隼人はただひたすら前進することに決めた。
鋭い殺気だ。体が凍てつくような恐怖。吸血鬼の視線だ。殺気だ。それもかなりハイクラスの吸血鬼だ。
吸血鬼/浜辺の少女 22 (小説)
「約束は忘れないで」
いくわよ、という気合をこめて暗黒の洞窟に夏子がとびこむ。
闇の奥からじめじめしした腐臭がふきよせる。
小動物の死骸が通路にころがっている。周囲は大谷石だ。ジワッと湿気をおびた邪悪な気配が毛穴からしみこんでくる。それを全身で感じる。
隼人は身動きがとれない。はずだった。ふつうの人間であったら。
ところが暗闇でもかなりよく目が利く。夏子の愛咬を軽く首筋にうけた。あらたな能力に目覚めた。目覚めつつある。ingだ。進行形だ。これからもどんな能力が新たに芽生えるか隼人にもわからない。
「わたしの血と隼人の血がまじりあったのよ。いよいよ効いてきたのね」
「すごく強くなったようだ」
「吸血鬼マスターとしてのわたしの父の純血と、わたしの母の血、隼人の遠い祖先の血が混血したの。まだまだパワーアップしていくわ」
「それで夜目がきくのか。暗闇でもものが見えるのだ」
「いいとこ取りって感じね」
「どう戦えばいい」
「血のおもむくままに」
「それなら任せておけ。おれの血を吐く修行。死可沼流の剣の技を鍛えてきたのは、この日のためだったのかもしけない」
興奮している。ぼくが<おれ>になっている。
「きたわよ。ここがエントランス」
ギョッとして構える隼人。夏子が押さえる。
「通させてもらうわよ」
夏子が闇にむかって挨拶する。
「門衛がいるのよ。赤外線カメラみたいなものよ。吸血鬼しか通れないの」
「おれは……血が混ざりあっているから。混血種だから……」
「そういうこと。わたしのより、隼人はさらにあたらしいタイプになるわ。血がのみたくなるなんてことは絶対におきないから安心して」
ざわっという不気味な音。吸血蝙蝠がおそってくる。隼人は虚空に剣を振るった。
どんなことがあっても、全身全霊で、おれは夏子を守る。守る。蝙蝠のほうからギーとういう陰気な声をあげて剣に群がってくる。蝙蝠の断末魔の鳴き声が岩肌にこだまする。
「門の守衛が通したものを、どうしておそうのよ。こいつらみさかいなくおそってくる。鹿人兄さんの配下ね。わたしたちを通さないように命令されているのよ」
「おれの気配が蝙蝠を呼び寄せているのだろう」
「気にすることないわ。先に進みましょう。どんなことがあっても死なないでね。隼人。すきよ」
夏子がポンと隼人の肩をたたく。
夏子はたちまち、闇のさらなる深み、奥にむかって走りこむ。吸血蝙蝠の群れが、ふたりに追いすがる。長く黒い帯状になって追いすがってくる。
急な斜面を隼人は駆け降りる。
冷気が吹きつけた。
地上は晩夏。地下は冬。
夏子もまた隼人を励ましながら、手刀を振るって戦っている。長く伸びた爪で蝙蝠を引き裂き前に進んでいく。その後ろ姿を隼人は追っていたはずだった。
夏子の姿がない。地下道で迷ってしまった。一瞬……蝙蝠のあまりの絶叫に天井に目をそらした。その間に、夏子が道を曲がつたのだ。それに気づかず直進していたのだ。道はいたるところで枝分かれしている。もどったところで迷ういっぽうだろう。
隼人はただひたすら前進することに決めた。
鋭い殺気だ。体が凍てつくような恐怖。吸血鬼の視線だ。殺気だ。それもかなりハイクラスの吸血鬼だ。