elderly person(高齢者)と言うようです。昔若かった夫婦も高齢者になって日常の暮らしも、暗雲が立ち込めることも多くなって参ります。
原因のほとんどが「聞いていない・言ったのに」「絶対に聞いていない」「確かに説明したはず」などなど・・とるに足らない内容であるがそのたびにストレスをためてしまう。
高齢者家庭の風物詩となっているのかもしれない。ここで歌を一つ詠んでみました(笑)
「言ったのに聞いていないとかみ合わぬ老後の二人立ち込める暗雲」
由々しき問題です。
そういえば二人ともに難聴に見舞われて久しいのですっ!
会話も魅力ありません、聞きたくない事は聞かないでも済ませられます。
そういいながら高齢者になったらそれなりに時間が経過すれば、我に返ることも出来るようになりました(この部分・・パチパチパチ拍手)
耳が聞こえない事によるものと聞く耳を持たないことは、違うと思います。
政治の世界でも聴かなかったこと見なかったことにして問題を先送りにしている‥という事ね・・・
この先高齢者が大量に増えて難聴の方も増えて・・どうなってしまう事かと・・・
認知症の前に難聴という課題がありますね。耳だけはどうやって鍛えることが出来るのでしょうか?脳と目は多少は鍛えることが出来るように感じます。
100歳まで難聴がどのように進んでいくのか?母親はやはり片耳が難聴でした。片方だけ補聴器を使っていました。補聴器があれば普通に会話は出来ていました。
近頃笑っていられません。人の名前どころか?お顔を見ても昔お知り合いだったかしら?なんてこともたびたびあります。
耳が聞こえにくくなっても自覚がある方は大丈夫ですが、何時までもその事実を認めたがらない人は大変です。
「聞こえないように言ったのではないか?」と相手を攻めますから(笑)・・・・
我がソフトボール同好会でも、お二人の難聴者がいらっしゃいますが、各々個々の関心事:競馬/カラオケの話題になると自然に難聴ではないようでもあって‼
我が連れ合い様でも話しかけても無反応が増加中で、決して難聴ではないのですが‼/自身のことは分かりませんのでさておいてではありますが‼
余談ですが、自分は若い頃に2回ほど人を取り違えて会話をしてしまい、皆から指摘されても記憶としては戻らない状況を体験しています‼
更には子供の頃に曾祖母と一緒に寝ていて、トイレに一緒に行って部屋に戻った時の異常な部屋の状況(他にも同様のことが2件ありますが‼)は、未だに夢ではなかったと自信のある記憶が残っています‼・・・が、誰に話してもその状況は夢でしかあり得ない訳でもあって‼