東京・全国の仲間の皆さんへ。
(転送・転載・拡散歓迎。重複はご容赦を。一部報道関係者にも送信)
被処分者の会・東京「君が代」裁判原告団の近藤です。
◆ 原告意見陳述 東京「君が代」裁判第四次訴訟第10回弁論
◆ 「いつか来た道」許さない!
―「君が代」訴訟は「希望」への道
戦争法の強行成立と同時進行で「日の丸・君が代」の強制が強まっています。国立大学の国旗・国歌強制の動きはその一端です。
小学校から大学まで、式典で「君が代」斉唱が当たり前となりつつあります。幼いときから子どもに「君が代」を通じて「愛国心」を刷り込む。この狙いは、「お国のために命を投げ出す」子どもづくりです。いつの日か、「『君が代』を歌わないのは非国民だ」と言われかねない時代が来るのではないかと恐れています。
「日の丸・君が代」強制反対の闘いは、このような危険な流れに真っ向から対決するものです。「いつか来た道」を許さず、日本国憲法の理念を体現して、個人の尊厳、基本的人権である思想良心の自由、信教の自由を守る闘いは、「希望」への道へと続きます。私たちは、粘り強く闘いを継続しています。
5月6日、東京地裁で東京「君が代」裁判第四次訴訟第10回弁論が開かれました。多くの支援者が駆け付けてくれました。定員42名の法廷で15人もの人が入廷できませんでした。次回法廷は、7月27日(水)11時~。東京地裁527号、ですが、10時30分にはお出でください。
当日は原告のKSさんと弁護団から平松弁護士が意見陳述をしました。ここでは、原告意見陳述全文を紹介します。お読みいただければ幸いです。
◆ 信条に反する恥ずべき姿は生徒には見せられない!―不起立の思い
私は、都立高校に国語科教員として37年間勤務し、後半の17年間は夜間定時制高校に勤務しました。夜間定時制の初めの勤務校・A高校で4年目を迎えようとする時、高血圧性脳内出血を発症し、一年間治療とリハビリのために休職しましたが、左の上肢・下肢機能障害により、身体障害2級の認定を得て復職しました。復職した4年後に10・23通達が発出されました。
私は、翌2004年4月、K高校定時制に転勤しました。入学式・卒業式の役割分担が式場内の時には、国旗・国歌の強制に従いたくないという思いは強くありました。同時に、間近になった定年退職後の生活の心配がありました。国歌斉唱時に起立しなければ、戒告処分があります。それは退職金及び年金の減額につながります。それが不安の種でした。身体障害者の私にとって、定年後に仕事を続けることに困難を感じていましたので、退職後の生計は退職金と年金に拠る外はないと考えました。
入学式・卒業式に臨み、信条に反して起立することを考えるのは苦痛でした。悩んだ結果、私が行ったのは、開式と同時に起立し、新入生・卒業生の呼名が終了するまで起立していることでした。起立したのは国歌斉唱のためにではなく、新入生・卒業生を見守るためだと言う私自身への言い訳のためでした。客観的に見れば、国歌斉唱時に起立していたのですから、強制に屈した情けない姿、強制なのだから仕方がないとのあきらめや無力感を生徒たちに見せたことに違いありません。信条に反する恥ずべき行為をしたと思い、悩みました。
2011年3月のK高校定時制卒業式が、私にとっては、在職中最後の卒業式でした。その卒業式が近付く中、私は、卒業生と共に行った沖縄修学旅行のこと、共に学んだ沖縄戦の実相を度々思い返しました。この修学旅行で生徒だちと心を通わせる交流がありました。
私が修学旅行の前の年の3年生から担任した学級にKという多動性の落ち着きのない生徒がいました。彼の行動が原因となり、学級が授業中や考査中に騒然となることがありました。この件で、校長は企画調整会議で学年主任に対し、教科担当者を含めて一斉に取り組めるような具体策を提案するように指示しました。学年主任の報告を受けて担任団としては、教科担当者から授業時の状況や対応を聞き取ることにしました。
問題になったK君には、持ち前の底力と気立てのよさがあり、私は、それらのよい点に着目し、それを引き出しながら、問題行動を改善するように仕向けようと考え、対話を繰り返しました。この過程で親との信頼関係も生まれ、親から相談を持ちかけられることもありました。K君は徐々に私たちの説得を受けとめるようになり、問題行動の改善を約束するまでになりました。
生徒たちが4年生に進級した翌年度に実施された沖縄修学旅行の時には、このK君と、もう一人、校長の指導に反抗したことがあるM君の二人が、足場の悪い戦争遺跡のガマの中で、足の不自由な私を気遣って交代で背負ってくれるということがありました。
校長は、卒業式の式辞で、この事に触れ、「今年の卒業生には気持ちの優しい生徒が多かった」と述べました。K君とM君は「問題児」どころか、実に気持ちの優しい生徒たちなのです。
このような生徒たちの姿を見て、私は、彼らの成長と私たち学年担任団の思いが受けとめられていたことを確信しました。私は身体に障害があるために、生徒指導に動き回ることには、辛いこともありましたが、生徒が成長する姿を見ることに喜びを覚えました。
沖縄修学旅行の時のK君との交流で記憶に残ることがもう一つあります。摩文仁の平和祈念公園を一緒に歩いていた時でした。K君が「ここはどういう場所なの?」と尋ねるので、私は、「今は平和の礎が並んで平和を祈る場所になっているけれど、沖縄戦最大の激戦地だった」と答えました。すると、K君が「え、ここが!」と驚きの声を発したのです。今、平和な光景が広がる同じ場所で、多くの人の血が流されたとは信じられなかったからでしょう。
このような記憶を蘇らせながら、今の平和がいつまでも続き、日本が再び戦争への道を突き進むようなことがあってはならないと思いました。国旗・国歌が、この国が犯した侵略戦争に、国民を駆り立てるために使われたのは、紛れもない歴史的事実です。そのような国旗・国歌の強制には従うべきでないという思いを強くしました。
卒業式が近付き、私がそのような思いを強くしている時、校長が、職員会議で卒業式の包括的職務命令を伝えました。私は職務命令に反対して、「予防訴訟で最高裁に公正判決を要請する署名には、元管理職も応じてくれた。校長の本音はどうなのか。私は不自由な身体なので、起立姿勢を続けるのは辛い。ましてや、信条に反するのだから、なお辛い」という主旨の発言をしました。私がそのような発言をしたからだと思います。卒業式の前日に、私は校長室に呼ばれました。校長は、「あなたが起立しなければ注意する。その時式は中断するし、生徒がざわつくかもしれない。皆が迷惑する。」と言い、起立するよう求めました。
卒業式当日、開式の合図と共に、私は起立し、国歌の伴奏が始まるのを確認してから、着席しました。式は何の混乱もなく続けられました。
私に対して科された戒告は決して程度の軽い処分ではありません。私のような身体障害者を含めた教職員の生活を経済的に脅かし、そのことによって起立することを迫り、精神的苦痛をもたらすものとなっています。
かつて私が心ならずも起立し、恥ずべき行為をしたと悩んだのも、その戒告の不利益を恐れたためだったことを、もう一度申し上げて、私の陳述を終わります。
◆ 転向を強要する「イジメ研修」を許すな―再発防止研修抗議・該当者支援行動に参加しよう!
早朝からの行動ですが、多くの皆さんの参加を訴えます。
★ 再発防止研修抗議・該当者支援行動
*早朝からの行動ですが、ご協力を!
*報道関係者の取材歓迎。
5月11日(水)東京都教職員研修センター前
(JR水道橋東口、地下鉄水道橋 都立工芸高校隣)
8時20分 支援者集合・行動開始
8時35分 弁護団(澤藤弁護士)申し入れ
8時50分 該当者(受講者)入場、激励行動
9時~ 研修
12時30分頃(予定) 研修終了後、該当者激励行動
*呼びかけ:被処分者の会
(注意)相手側の挑発にのらず、整然と行動するようご協力をお願いします。
◆ 東京「君が代」裁判三次訴訟 最高裁要請署名・最高裁要請に力強いご支援を!
―最高裁判決の枠組みを突破し、10・23通達体制を打ち破るために
● 最高裁要請署名(個人署名、団体署名)を集めよう!
署名用紙は被処分者の会ホームページ(上の段)からダウンロードできます。
↓
http://www7a.biglobe.ne.jp/~hishobunshanokai/
● 最高裁要請行動に参加してください!
最高裁は通常弁論は開かれません。最高裁要請が私たちの思いを伝える唯一の手段です。
第1回最高裁要請では、個人署名7714筆、団体署名169筆を提出しました。その後も署名が続々と集り、累計1万筆ほどになっています。今後も月1回のペースで要請行動を実施します。第2回もよろしくお願いいたします。
★ 東京「君が代」裁判第三次訴訟・第2回最高裁要請行動
*集めた署名を最高裁に提出、要請を行います。
5月26日(木)
14時45分 最高裁西門集合・時間厳守
15時~ 要請
<行き方> 地下鉄永田町駅、半蔵門駅徒歩5分 最高裁南門から左手、国立劇場寄り
4・22都教委要請書掲載。
三次訴訟最高裁要請署名用紙 ダウンロード可能。
「お知らせ」、通達関連裁判進行状況等随時更新。
各種判決文、声明文、行動予定、資料等入手可能。
************
「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会
東京「君が代」裁判原告団
事務局長 近藤 徹
携帯:090-5327-8318
e-mail:qq947sh9@vanilla.ocn.ne.jp
事務所:〒160-0008 新宿区三栄町6 小椋ビル401号
被処分者の会HP↓(4月22日更新。下の青のアドレスをクリック・アクセス可)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~hishobunshanokai/
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(転送・転載・拡散歓迎。重複はご容赦を。一部報道関係者にも送信)
被処分者の会・東京「君が代」裁判原告団の近藤です。
◆ 原告意見陳述 東京「君が代」裁判第四次訴訟第10回弁論
◆ 「いつか来た道」許さない!
―「君が代」訴訟は「希望」への道
戦争法の強行成立と同時進行で「日の丸・君が代」の強制が強まっています。国立大学の国旗・国歌強制の動きはその一端です。
小学校から大学まで、式典で「君が代」斉唱が当たり前となりつつあります。幼いときから子どもに「君が代」を通じて「愛国心」を刷り込む。この狙いは、「お国のために命を投げ出す」子どもづくりです。いつの日か、「『君が代』を歌わないのは非国民だ」と言われかねない時代が来るのではないかと恐れています。
「日の丸・君が代」強制反対の闘いは、このような危険な流れに真っ向から対決するものです。「いつか来た道」を許さず、日本国憲法の理念を体現して、個人の尊厳、基本的人権である思想良心の自由、信教の自由を守る闘いは、「希望」への道へと続きます。私たちは、粘り強く闘いを継続しています。
5月6日、東京地裁で東京「君が代」裁判第四次訴訟第10回弁論が開かれました。多くの支援者が駆け付けてくれました。定員42名の法廷で15人もの人が入廷できませんでした。次回法廷は、7月27日(水)11時~。東京地裁527号、ですが、10時30分にはお出でください。
当日は原告のKSさんと弁護団から平松弁護士が意見陳述をしました。ここでは、原告意見陳述全文を紹介します。お読みいただければ幸いです。
◆ 信条に反する恥ずべき姿は生徒には見せられない!―不起立の思い
第4次訴訟第10回口頭弁論 陳述書 2016.5.6 KS
原告のKSと申します。私は、教職最後の卒業式で国歌斉唱時に起立しなかったために、職務命令違反を理由に都教委から戒告処分を受けました。私が不起立するに至った事情について、陳述致します。私は、都立高校に国語科教員として37年間勤務し、後半の17年間は夜間定時制高校に勤務しました。夜間定時制の初めの勤務校・A高校で4年目を迎えようとする時、高血圧性脳内出血を発症し、一年間治療とリハビリのために休職しましたが、左の上肢・下肢機能障害により、身体障害2級の認定を得て復職しました。復職した4年後に10・23通達が発出されました。
私は、翌2004年4月、K高校定時制に転勤しました。入学式・卒業式の役割分担が式場内の時には、国旗・国歌の強制に従いたくないという思いは強くありました。同時に、間近になった定年退職後の生活の心配がありました。国歌斉唱時に起立しなければ、戒告処分があります。それは退職金及び年金の減額につながります。それが不安の種でした。身体障害者の私にとって、定年後に仕事を続けることに困難を感じていましたので、退職後の生計は退職金と年金に拠る外はないと考えました。
入学式・卒業式に臨み、信条に反して起立することを考えるのは苦痛でした。悩んだ結果、私が行ったのは、開式と同時に起立し、新入生・卒業生の呼名が終了するまで起立していることでした。起立したのは国歌斉唱のためにではなく、新入生・卒業生を見守るためだと言う私自身への言い訳のためでした。客観的に見れば、国歌斉唱時に起立していたのですから、強制に屈した情けない姿、強制なのだから仕方がないとのあきらめや無力感を生徒たちに見せたことに違いありません。信条に反する恥ずべき行為をしたと思い、悩みました。
2011年3月のK高校定時制卒業式が、私にとっては、在職中最後の卒業式でした。その卒業式が近付く中、私は、卒業生と共に行った沖縄修学旅行のこと、共に学んだ沖縄戦の実相を度々思い返しました。この修学旅行で生徒だちと心を通わせる交流がありました。
私が修学旅行の前の年の3年生から担任した学級にKという多動性の落ち着きのない生徒がいました。彼の行動が原因となり、学級が授業中や考査中に騒然となることがありました。この件で、校長は企画調整会議で学年主任に対し、教科担当者を含めて一斉に取り組めるような具体策を提案するように指示しました。学年主任の報告を受けて担任団としては、教科担当者から授業時の状況や対応を聞き取ることにしました。
問題になったK君には、持ち前の底力と気立てのよさがあり、私は、それらのよい点に着目し、それを引き出しながら、問題行動を改善するように仕向けようと考え、対話を繰り返しました。この過程で親との信頼関係も生まれ、親から相談を持ちかけられることもありました。K君は徐々に私たちの説得を受けとめるようになり、問題行動の改善を約束するまでになりました。
生徒たちが4年生に進級した翌年度に実施された沖縄修学旅行の時には、このK君と、もう一人、校長の指導に反抗したことがあるM君の二人が、足場の悪い戦争遺跡のガマの中で、足の不自由な私を気遣って交代で背負ってくれるということがありました。
校長は、卒業式の式辞で、この事に触れ、「今年の卒業生には気持ちの優しい生徒が多かった」と述べました。K君とM君は「問題児」どころか、実に気持ちの優しい生徒たちなのです。
このような生徒たちの姿を見て、私は、彼らの成長と私たち学年担任団の思いが受けとめられていたことを確信しました。私は身体に障害があるために、生徒指導に動き回ることには、辛いこともありましたが、生徒が成長する姿を見ることに喜びを覚えました。
沖縄修学旅行の時のK君との交流で記憶に残ることがもう一つあります。摩文仁の平和祈念公園を一緒に歩いていた時でした。K君が「ここはどういう場所なの?」と尋ねるので、私は、「今は平和の礎が並んで平和を祈る場所になっているけれど、沖縄戦最大の激戦地だった」と答えました。すると、K君が「え、ここが!」と驚きの声を発したのです。今、平和な光景が広がる同じ場所で、多くの人の血が流されたとは信じられなかったからでしょう。
このような記憶を蘇らせながら、今の平和がいつまでも続き、日本が再び戦争への道を突き進むようなことがあってはならないと思いました。国旗・国歌が、この国が犯した侵略戦争に、国民を駆り立てるために使われたのは、紛れもない歴史的事実です。そのような国旗・国歌の強制には従うべきでないという思いを強くしました。
卒業式が近付き、私がそのような思いを強くしている時、校長が、職員会議で卒業式の包括的職務命令を伝えました。私は職務命令に反対して、「予防訴訟で最高裁に公正判決を要請する署名には、元管理職も応じてくれた。校長の本音はどうなのか。私は不自由な身体なので、起立姿勢を続けるのは辛い。ましてや、信条に反するのだから、なお辛い」という主旨の発言をしました。私がそのような発言をしたからだと思います。卒業式の前日に、私は校長室に呼ばれました。校長は、「あなたが起立しなければ注意する。その時式は中断するし、生徒がざわつくかもしれない。皆が迷惑する。」と言い、起立するよう求めました。
卒業式当日、開式の合図と共に、私は起立し、国歌の伴奏が始まるのを確認してから、着席しました。式は何の混乱もなく続けられました。
私に対して科された戒告は決して程度の軽い処分ではありません。私のような身体障害者を含めた教職員の生活を経済的に脅かし、そのことによって起立することを迫り、精神的苦痛をもたらすものとなっています。
かつて私が心ならずも起立し、恥ずべき行為をしたと悩んだのも、その戒告の不利益を恐れたためだったことを、もう一度申し上げて、私の陳述を終わります。
◆ 転向を強要する「イジメ研修」を許すな―再発防止研修抗議・該当者支援行動に参加しよう!
早朝からの行動ですが、多くの皆さんの参加を訴えます。
★ 再発防止研修抗議・該当者支援行動
*早朝からの行動ですが、ご協力を!
*報道関係者の取材歓迎。
5月11日(水)東京都教職員研修センター前
(JR水道橋東口、地下鉄水道橋 都立工芸高校隣)
8時20分 支援者集合・行動開始
8時35分 弁護団(澤藤弁護士)申し入れ
8時50分 該当者(受講者)入場、激励行動
9時~ 研修
12時30分頃(予定) 研修終了後、該当者激励行動
*呼びかけ:被処分者の会
(注意)相手側の挑発にのらず、整然と行動するようご協力をお願いします。
◆ 東京「君が代」裁判三次訴訟 最高裁要請署名・最高裁要請に力強いご支援を!
―最高裁判決の枠組みを突破し、10・23通達体制を打ち破るために
● 最高裁要請署名(個人署名、団体署名)を集めよう!
署名用紙は被処分者の会ホームページ(上の段)からダウンロードできます。
↓
http://www7a.biglobe.ne.jp/~hishobunshanokai/
● 最高裁要請行動に参加してください!
最高裁は通常弁論は開かれません。最高裁要請が私たちの思いを伝える唯一の手段です。
第1回最高裁要請では、個人署名7714筆、団体署名169筆を提出しました。その後も署名が続々と集り、累計1万筆ほどになっています。今後も月1回のペースで要請行動を実施します。第2回もよろしくお願いいたします。
★ 東京「君が代」裁判第三次訴訟・第2回最高裁要請行動
*集めた署名を最高裁に提出、要請を行います。
5月26日(木)
14時45分 最高裁西門集合・時間厳守
15時~ 要請
<行き方> 地下鉄永田町駅、半蔵門駅徒歩5分 最高裁南門から左手、国立劇場寄り
4・22都教委要請書掲載。
三次訴訟最高裁要請署名用紙 ダウンロード可能。
「お知らせ」、通達関連裁判進行状況等随時更新。
各種判決文、声明文、行動予定、資料等入手可能。
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「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会
東京「君が代」裁判原告団
事務局長 近藤 徹
携帯:090-5327-8318
e-mail:qq947sh9@vanilla.ocn.ne.jp
事務所:〒160-0008 新宿区三栄町6 小椋ビル401号
被処分者の会HP↓(4月22日更新。下の青のアドレスをクリック・アクセス可)
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