《教科書ネット21ニュースから》
◆ 「GIGAスクール構想」の概要と問題点
文科省平成30年度調査結果から
◆ はじめに
昨年12月、文部科学省(文科省)は「GIGAスクール構想」(以下「構想」)を打ち出しました。
2023年度末(2024年3月末)までに学校でパソコンあるいはタブレット端末「1人1台」とそれを可能にするためのインフラ整備を実現するというもので、12月19日にはそのための2019年度補正予算2,318億円が可決されました。
「構想」は「『2020年1人1台』を目指して進めてきた地方交付税での予算措置などが目に見える効果を上げてこないことを受け、ICT教育後進国脱却のため、総理の鶴の一声で実施される緊急措置」(「教育ニュース」2020.1.14。https://ict-news.net/zoomin/14gigaschool/)です。
「構想」のGIGAはGlobal and Innovation Gateway for Allの略で、文法的におかしい表現です。「高速大容量通信」を示そうと、無理を承知で「巨大な」を意味するgigaを冠したのでしょう。
「『児童生徒1人1台コンピュータ』の実現を見据えた施策パッケージ」によると「構想」は、
①「<ハード>ICT環境整備の抜本的充実」
②「<ソフト>デジタルならではの学びの充実」
③「<指導体制>日常的にICTを活用できる体制」
の3つの内容で構成されています(①~③は筆者)。
ここでは①を中心に検討することにしますが、紙幅の都合上割愛せざるをえず、わかりにくい点が多々あることはご容赦ください。
◆ 「構想」の概要
文科省は「令和元年度補正予算(GIGAスクール構想の実現)の概要」で「構想」の考え方を概要次のように述べています(①~③は筆者)。
①Society5.0の実現には、その担い手を育てる学校のICT環境の整備が不可欠だが、後れていて自治体間の格差も大きい。よって全国一律のICT環境整備が急務である。
②1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークの整備、クラウド活用推進、ICT機器の整備調達体制の構築、利活用優良事例の普及、利活用のPDCAサイクル徹底等を進めなければならない。
③これらを通じて、「公正に個別最適化された学び」を全国の学校現場で実現させる。
「事業概要」としては、「校内通信ネットワークの整備」と「児童生徒1人1台端末の整備」を挙げています。
まとめると、「構想」はSociety5.0実現に不可欠な教育のICT環境化の後れを取り戻すためのインフラ整備計画であるということです。
「構想」の背景には、前述のSoiety5.0があり、さらに経済産業省が主導して推進しようとしている「未来の教室」構想がありますが、割愛します。
なおSociety5.0についてはネット21の2019年度議案書に詳しく述べられているので、ご参照ください。
◆ 解消されていない「危機的な」インフラ整備の格差
もともと「1人1台」は、2020年度から実施されるはずだったのですが、現実にはICT関連の条件整備は「地域間格差は危機的」と柴山文科大臣(当時。2019年6月25の記者会見)が嘆いたほどで、現在もそれは解消されていません。
文科省調査(文科省「平成30年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」2019年3月1日現在の確定値。同年12月発表)によれば、実態は上表のような状況です。
ここには示せませんでしたが、教育用コンピュータ1台の児童・生徒数の平均は、2007年3月の7.3人よりは進んだとはいえ「1人1台」にはほど遠い状況です。
大都市でも東京都は5.2人に1台、大阪府は4.7人ですが、神奈川・福岡・埼玉・千葉・愛知の各県が最下位を争うという状況です。
同期間のコンピュータ導入の台数は横ばいなので、進んだ要因は子どもの数の減少です。
「構想」は、こうした状況を挽回するための方策として打ち出されたのです。
◆ 「構想」の問題点
以上をふまえて、「構想」の問題点を見てみましょう。
第一は「構想」が、そもそも教育学や現場の実践を通じた知見に基づくものではないことです。背後にあるのは「教育のICT環境化」に新たなビジネスチャンスを見る大企業の要求で、その実現にとっての障壁を取り除くための施策であるということです。
もっともそれは「構想」より「教育のICT環境化」そのものを問うことになるので、割愛します。
第二は、首相の鶴の一声で決定したという経緯からも明らかですが、まるで戦略性を欠いていることです。
経済的側面に限っても、国が地方に対して財政を十分保証し支援する戦略を欠いていたからこそ、その是非は措くとしても前述のように文科大臣が「危機的」と嘆くような状況が生まれたのであり、また「構想」にあるようなタブレット端末などに対する国の負担額の上限が4万5千円であとは自治体が負担せよ、またBYOD方式(Bring Your Own Device。家にタブレット端末があれば、それを学校に持ってくる)などという家庭の経済格差を「見える化」するというお粗末な政策が出されることにもなったのです。
一方で、「構想」によって「学習者用端末の標準仕様」(「GIGAスクール構想の実現パッケージ」p3。https://www.mext.go.jp/content/20200219-mxt_jogaiO2-000003278_401.pdf)が決定したことから、関連するICT産業にとっては参入のための条件が整いました。
補正予算の可決直後、日本マイクロソフトが「教育新聞」「日本教育新聞」にこのことを紹介する全面広告を出稿し、教育委員会などに標準仕様搭載のPC機器メーカーを紹介したのは、その証拠です。
第三、第二と一体ですが「誰がどう教えるのか」という問題です。
教員の研修や負担などについて、「構想」は「教員のスキルの向上」とは言うものの、具体的には「『教育の情報化に関する手引』を本年中に作成」するにとどまっています。
一方、前掲「施策パッケージ」は、「今後の主な検討課題」の一つに「教師の在り方や果たすべき役割、指導体制の在り方、ICT活用指導力の向上方策(今年度中を目途に方向性)」を挙げています。
義務教育でICT教育を担う中学校技術では、免許外教員が全国で1,800人以上います。技術の授業時数は年間で1・2年生が35時間、3年生は17.5時です。
この実態の改善なしに「教員のスキル向上」をうたっても、机上の空論ではないでしょうか。
教科書では、2021年度用中学校教科書の検定結果を見ると、3社ある技術の教科書が掲載しているこプログラミング言語はすべてScratch「スクラッチ」(3.0)です。
上述の実態をふまえての判断と言えますが、小学校とあまりレベルは変わらず、Society5.0の担い手が育つとは考えにくいと言わざるをえません。
前述の「今後の主な検討課題」は「デジタル教科書の今後の在り方(来年度中を目途に方向性)」も挙げており、次の教科書に大きく影響するかもしれません。
第四に、これらの施策の果てに「(公正に)個別最適化された学び」があるということです。
詳述する余裕はありませんが、経済産業省がEdTech研究会を組織して先行し、文科省が追いかけるというのが現在の図式です。これは最終的には「学校」そのものの否定につながる構想で、批判的に検討を深める必要があります。
◆ おわりに
「構想」に多くの問題点があるとはいえ、教育でのICTの活用は世界的な流れで、これ自体に反対することは生産的ではないと考えます。問題はICT機器を教材としてどう活用するかということではないでしょうか。
残念ながら、私たちの側の取り組みは、率直に言ってきわめて後れていると言わざるをえません。ICTと教育を新たな課題として位置づけ、研究を急速に進める必要があります。
『子どもと教科書全国ネット21NEWS 131号』(2020年4月)
◆ 「GIGAスクール構想」の概要と問題点
吉田典裕(よしだのひりろ 出版労連教科書対策部事務局長)
文科省平成30年度調査結果から
◆ はじめに
昨年12月、文部科学省(文科省)は「GIGAスクール構想」(以下「構想」)を打ち出しました。
2023年度末(2024年3月末)までに学校でパソコンあるいはタブレット端末「1人1台」とそれを可能にするためのインフラ整備を実現するというもので、12月19日にはそのための2019年度補正予算2,318億円が可決されました。
「構想」は「『2020年1人1台』を目指して進めてきた地方交付税での予算措置などが目に見える効果を上げてこないことを受け、ICT教育後進国脱却のため、総理の鶴の一声で実施される緊急措置」(「教育ニュース」2020.1.14。https://ict-news.net/zoomin/14gigaschool/)です。
「構想」のGIGAはGlobal and Innovation Gateway for Allの略で、文法的におかしい表現です。「高速大容量通信」を示そうと、無理を承知で「巨大な」を意味するgigaを冠したのでしょう。
「『児童生徒1人1台コンピュータ』の実現を見据えた施策パッケージ」によると「構想」は、
①「<ハード>ICT環境整備の抜本的充実」
②「<ソフト>デジタルならではの学びの充実」
③「<指導体制>日常的にICTを活用できる体制」
の3つの内容で構成されています(①~③は筆者)。
ここでは①を中心に検討することにしますが、紙幅の都合上割愛せざるをえず、わかりにくい点が多々あることはご容赦ください。
◆ 「構想」の概要
文科省は「令和元年度補正予算(GIGAスクール構想の実現)の概要」で「構想」の考え方を概要次のように述べています(①~③は筆者)。
①Society5.0の実現には、その担い手を育てる学校のICT環境の整備が不可欠だが、後れていて自治体間の格差も大きい。よって全国一律のICT環境整備が急務である。
②1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークの整備、クラウド活用推進、ICT機器の整備調達体制の構築、利活用優良事例の普及、利活用のPDCAサイクル徹底等を進めなければならない。
③これらを通じて、「公正に個別最適化された学び」を全国の学校現場で実現させる。
「事業概要」としては、「校内通信ネットワークの整備」と「児童生徒1人1台端末の整備」を挙げています。
まとめると、「構想」はSociety5.0実現に不可欠な教育のICT環境化の後れを取り戻すためのインフラ整備計画であるということです。
「構想」の背景には、前述のSoiety5.0があり、さらに経済産業省が主導して推進しようとしている「未来の教室」構想がありますが、割愛します。
なおSociety5.0についてはネット21の2019年度議案書に詳しく述べられているので、ご参照ください。
◆ 解消されていない「危機的な」インフラ整備の格差
もともと「1人1台」は、2020年度から実施されるはずだったのですが、現実にはICT関連の条件整備は「地域間格差は危機的」と柴山文科大臣(当時。2019年6月25の記者会見)が嘆いたほどで、現在もそれは解消されていません。
文科省調査(文科省「平成30年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」2019年3月1日現在の確定値。同年12月発表)によれば、実態は上表のような状況です。
ここには示せませんでしたが、教育用コンピュータ1台の児童・生徒数の平均は、2007年3月の7.3人よりは進んだとはいえ「1人1台」にはほど遠い状況です。
大都市でも東京都は5.2人に1台、大阪府は4.7人ですが、神奈川・福岡・埼玉・千葉・愛知の各県が最下位を争うという状況です。
同期間のコンピュータ導入の台数は横ばいなので、進んだ要因は子どもの数の減少です。
「構想」は、こうした状況を挽回するための方策として打ち出されたのです。
◆ 「構想」の問題点
以上をふまえて、「構想」の問題点を見てみましょう。
第一は「構想」が、そもそも教育学や現場の実践を通じた知見に基づくものではないことです。背後にあるのは「教育のICT環境化」に新たなビジネスチャンスを見る大企業の要求で、その実現にとっての障壁を取り除くための施策であるということです。
もっともそれは「構想」より「教育のICT環境化」そのものを問うことになるので、割愛します。
第二は、首相の鶴の一声で決定したという経緯からも明らかですが、まるで戦略性を欠いていることです。
経済的側面に限っても、国が地方に対して財政を十分保証し支援する戦略を欠いていたからこそ、その是非は措くとしても前述のように文科大臣が「危機的」と嘆くような状況が生まれたのであり、また「構想」にあるようなタブレット端末などに対する国の負担額の上限が4万5千円であとは自治体が負担せよ、またBYOD方式(Bring Your Own Device。家にタブレット端末があれば、それを学校に持ってくる)などという家庭の経済格差を「見える化」するというお粗末な政策が出されることにもなったのです。
一方で、「構想」によって「学習者用端末の標準仕様」(「GIGAスクール構想の実現パッケージ」p3。https://www.mext.go.jp/content/20200219-mxt_jogaiO2-000003278_401.pdf)が決定したことから、関連するICT産業にとっては参入のための条件が整いました。
補正予算の可決直後、日本マイクロソフトが「教育新聞」「日本教育新聞」にこのことを紹介する全面広告を出稿し、教育委員会などに標準仕様搭載のPC機器メーカーを紹介したのは、その証拠です。
第三、第二と一体ですが「誰がどう教えるのか」という問題です。
教員の研修や負担などについて、「構想」は「教員のスキルの向上」とは言うものの、具体的には「『教育の情報化に関する手引』を本年中に作成」するにとどまっています。
一方、前掲「施策パッケージ」は、「今後の主な検討課題」の一つに「教師の在り方や果たすべき役割、指導体制の在り方、ICT活用指導力の向上方策(今年度中を目途に方向性)」を挙げています。
義務教育でICT教育を担う中学校技術では、免許外教員が全国で1,800人以上います。技術の授業時数は年間で1・2年生が35時間、3年生は17.5時です。
この実態の改善なしに「教員のスキル向上」をうたっても、机上の空論ではないでしょうか。
教科書では、2021年度用中学校教科書の検定結果を見ると、3社ある技術の教科書が掲載しているこプログラミング言語はすべてScratch「スクラッチ」(3.0)です。
上述の実態をふまえての判断と言えますが、小学校とあまりレベルは変わらず、Society5.0の担い手が育つとは考えにくいと言わざるをえません。
前述の「今後の主な検討課題」は「デジタル教科書の今後の在り方(来年度中を目途に方向性)」も挙げており、次の教科書に大きく影響するかもしれません。
第四に、これらの施策の果てに「(公正に)個別最適化された学び」があるということです。
詳述する余裕はありませんが、経済産業省がEdTech研究会を組織して先行し、文科省が追いかけるというのが現在の図式です。これは最終的には「学校」そのものの否定につながる構想で、批判的に検討を深める必要があります。
◆ おわりに
「構想」に多くの問題点があるとはいえ、教育でのICTの活用は世界的な流れで、これ自体に反対することは生産的ではないと考えます。問題はICT機器を教材としてどう活用するかということではないでしょうか。
残念ながら、私たちの側の取り組みは、率直に言ってきわめて後れていると言わざるをえません。ICTと教育を新たな課題として位置づけ、研究を急速に進める必要があります。
『子どもと教科書全国ネット21NEWS 131号』(2020年4月)
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