◆ 文科省の“神話教育” 『小6社会科教科書』
「国を愛する心情」教化 (紙の爆弾)
"天孫降臨神話"まで載せた東京書籍の教科書
学校の教育課程編成や、教科書の執筆・編集に際し、文部科学省が「大綱的基準として法的拘束力あり」とする学習指導要領(以下、指導要領)の二〇一七年三月改訂版は、小6社会での神話教育について、次のように規定している。
「狩猟・採集や農耕の生活、古墳、大和朝廷(大和政権)による統一の様子を手掛かりに、むらからくにへと変化したことを理解すること。その際、神話・伝承を手掛かりに、国の形成に関する考え方などに関心をもつこと」(「2内容」のア〔歴史学習〕のア)。
こうして神話教育を強制したうえで「『神話・伝承』については、古事記、日本書紀、風土記などの中から適切なものを取り上げること」と縛りをかけている。
◆ “神話教育”強制は「国を愛する心情」の教化
指導要領は神話教育強制を、「天皇についての理解と敬愛の念を深めるようにすることが必要である」という文言(本誌九月号参照)とともに、一九六八年七月十一日の灘尾弘吉(ひろきち)文部大臣告示(この項最後に詳述)時から五十年以上、ずっと掲載し続けている(これらの文言は、五八年十月一日告示の指導要領にはない)。
指導要領とは異なり、文科省著作の参考資料にすぎないのに、教科書の編集者らはバイブルのように縛られている『小学校学習指導要領解説社会編』(一七年六月二十一日公表。以下『解説』。太字ゴシックと頁数は市販本に従う)は、110頁~112頁で次のように記述している。
ここで、前述した六八年指導要領にも言及しておく。
この約五十年前の指導要領は「2内容」で「大和朝廷の成立、大陸文化の摂取、大化の改新による政治の改革と国家組織の確立…について理解し、すぐれた文化遺産や人物のはたらきを中心として当時のわが国の様子について関心を深めること」と記述し、「神話」という語はない。
だが、続く「3内容の取扱い」では、「指導を行なうに当たっては、日本の神話や伝承も取り上げ、わが国の神話はおよそ8世紀の初めごろまでに記紀を中心に集大成され、記録されて今日に伝えられたものであることを説明し、これらは古代の人々のものの見方や国の形成に関する考え方などを示す意味をもっていることを指導することが必要である」と明記。
さらにこの後“なお書き”で歴史学習の「全般的な指導について、わが国の歴史を通じてみられる皇室と国民との関係について考えさせ…るよう配慮する必要がある」とまで記述している。
◆ 各教科書の神話記述は指導要領と『解説』の模倣
神話については、二〇年四月使用開始(今夏、全国の教育委員会が採択)の小6社会科教科書、東京書籍・教育出版・日本文教出版の三社全て、歴史編に以下の通り載せている。
◆ 東京書籍
東書は「縄文のむらから古墳のくにへ」の単元の二一頁で、三分の一強を神話教育に当てる。そして、「神話に書かれた国の成り立ち」と題し、次の通り記述している。
以上から、文科省の”神話教育”は、①「天皇の命令」「大王を中心に」という語句を繰り返し天皇を権威付ける、②「国としての日本の形」が「できあがってい」くなどと、”建国記念の日”(戦前・戦中の紀元節)を祝わせる素地を作る等、偏狭な”愛国心”教育を刷り込む意図がみられる。また「武勇」「平らげ」「征服を進め」など戦争に無批判なままな点も問題だ。
さらに東書の欠陥は、前半の”天孫降臨”や、後半の”人”であるヤマトタケルの魂が「大きな白鳥に生まれ変わって、都の方へ飛んでい」くなどという、素っ頓狂な作り話を平然と載せるだけであり、児童が史実とフィクション(ウソ)を混同しないよう配慮する記述がないことだ。
◆ 教育出版
教出は「国づくりへの歩み」の八七頁で、三分の一を神話教育に当て、次の「ヤマトタケルの話」を載せている。
しかし教出は、この左側に、
この傍線部は、児童が史実とフィクションを混同しないよう配慮する記述であり、一定の評価はできる。
◆ 日本文教出版
日文は「大昔のくらしとくにの統一」の単元の六八頁全てを神話教育に当て、他社より分量が多い。
まず、〈神話や『風土記』には、どんなことが書かれているのだろう。〉〈なぜ長い時間をかけて伝えられたのだろう。〉という問いを設定。
本文に、〈ゆいさんたちは、古墳時代について調べているうちに、そのころのようすが、神話や昔話として、今も伝えられていることを知りました。そこで、どのようなことが書かれているのか、調べてみました。…わたしたちが、4世紀から5世紀ごろのようすを知ろうとするとき、8世紀初めにつくられた『古事記』や『日本書紀』という書物のなかの、神話も手がかりになります。〉と記述している。
この後、「神話などに書かれた国の成り立ちと人々の生活のようす」と題する「学習資料」に以下、大きく三点、載せている。
◆ 「天皇制は古代から続く」と教え込む狙い
社会科が専門の増田都子・元千代田区立中学校教諭は、筆者の取材に対し、文科省の神話教育の狙いを、以下のように分析・批判した。
四世紀から五世紀は古墳時代であり、まだ王が官僚組織をもって政治をする政庁としての「朝廷」はなく、当然、天皇はいない。
中央集権国家ではなく、大和地方の豪(王)族連合による各地の豪族支配である。
大和豪(王)族連合の中で、大王位を巡る激しい抗争の結果、六七二年壬申(じんしん)の乱に勝った天武(てんむ)が”天皇”となり、専制権力を握った。その武力による覇権争い、征服戦争に勝った行為を正当化するため、天武天皇の命令で八世紀初めにでき上がったのが、『古事記』神話だ。だから「紀元前六六〇年、初代の神武天皇が即位」等、作り話が多い。
※ 永野厚男(ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』(2019年11月号)
「国を愛する心情」教化 (紙の爆弾)
取材・文 永野厚男
"天孫降臨神話"まで載せた東京書籍の教科書
学校の教育課程編成や、教科書の執筆・編集に際し、文部科学省が「大綱的基準として法的拘束力あり」とする学習指導要領(以下、指導要領)の二〇一七年三月改訂版は、小6社会での神話教育について、次のように規定している。
「狩猟・採集や農耕の生活、古墳、大和朝廷(大和政権)による統一の様子を手掛かりに、むらからくにへと変化したことを理解すること。その際、神話・伝承を手掛かりに、国の形成に関する考え方などに関心をもつこと」(「2内容」のア〔歴史学習〕のア)。
こうして神話教育を強制したうえで「『神話・伝承』については、古事記、日本書紀、風土記などの中から適切なものを取り上げること」と縛りをかけている。
◆ “神話教育”強制は「国を愛する心情」の教化
指導要領は神話教育強制を、「天皇についての理解と敬愛の念を深めるようにすることが必要である」という文言(本誌九月号参照)とともに、一九六八年七月十一日の灘尾弘吉(ひろきち)文部大臣告示(この項最後に詳述)時から五十年以上、ずっと掲載し続けている(これらの文言は、五八年十月一日告示の指導要領にはない)。
指導要領とは異なり、文科省著作の参考資料にすぎないのに、教科書の編集者らはバイブルのように縛られている『小学校学習指導要領解説社会編』(一七年六月二十一日公表。以下『解説』。太字ゴシックと頁数は市販本に従う)は、110頁~112頁で次のように記述している。
〈歴史を学ぶ意味を考えるとは、歴史学習の全体を通して、歴史から何が学べるか、歴史をなぜ学ぶのかなど歴史を学ぶ目的や大切さなどについて考えることである。例えば、我が国の伝統や文化は長い歴史の中で育まれてきたことを踏まえ、過去の出来事は現代とどのような関わりをもっているかなど…国家及び社会の発展を考えることである。…実際の指導に当たっては、我が国の歴史は各時期において様々な課題の解決や人々の願いの実現に向けて努力した先人の働きによって発展してきたことを理解できるようにし、我が国が発展してきた基盤について考え、我が国の歴史への関心を高めるようにすることが大切である。このことは、我が国の歴史や伝統を大切にして国を愛する心情を育てることにつながるものである。〉自民党等保守勢力が長期間多数を占めてきたからとはいえ、以上の指導要領や『解説』の通り、『古事記』等の実在しない神武(じんむ)天皇等の「国の形成」の”建国”神話を使い、”国を愛する心情”を植え付ける文科省の意図を五十年以上放置してきた、立憲野党やさらに日教組や教育関係の学会等の民主教育側の責任も問われよう。
〈大和朝廷(大和政権)による統一の様子については、各地に支配者が現れ、有力豪族を中心とした大和朝廷によって大和地方を中心とした地域の統一が進められたことなどが分かることである。…/これらのことを手掛かりに、世の中の様子がむらからくにへと変化したことを理解できるようにする。/その際、神話・伝承を手掛かりに、国の形成に関する考え方などに関心をもつこととは、国の形成や地域の統一の様子を物語る神話・伝承を取り上げ、当時の人々のものの見方や考え方に関心をもつようにすることを意味している。神話・伝承には、児童が興味をもちやすい物語が多く見られ、それらを活用し、我が国の歴史に対し一層親しみをもてるようにすることが大切である。〉
〈実際の指導に当たっては…卑弥呼(ひみこ)が治めたと言われる邪馬台国(やまたいこく)の様子を想像して当時の社会を考える学習、身近な地域や国土に残る古墳について調べ、豪族や大和朝廷(大和政権)の力を想像する学習、神話・伝承を調べて国の形成について当時の人々のものの見方や考え方に関心をもつようにする学習などが考えられる。〉
ここで、前述した六八年指導要領にも言及しておく。
この約五十年前の指導要領は「2内容」で「大和朝廷の成立、大陸文化の摂取、大化の改新による政治の改革と国家組織の確立…について理解し、すぐれた文化遺産や人物のはたらきを中心として当時のわが国の様子について関心を深めること」と記述し、「神話」という語はない。
だが、続く「3内容の取扱い」では、「指導を行なうに当たっては、日本の神話や伝承も取り上げ、わが国の神話はおよそ8世紀の初めごろまでに記紀を中心に集大成され、記録されて今日に伝えられたものであることを説明し、これらは古代の人々のものの見方や国の形成に関する考え方などを示す意味をもっていることを指導することが必要である」と明記。
さらにこの後“なお書き”で歴史学習の「全般的な指導について、わが国の歴史を通じてみられる皇室と国民との関係について考えさせ…るよう配慮する必要がある」とまで記述している。
◆ 各教科書の神話記述は指導要領と『解説』の模倣
神話については、二〇年四月使用開始(今夏、全国の教育委員会が採択)の小6社会科教科書、東京書籍・教育出版・日本文教出版の三社全て、歴史編に以下の通り載せている。
◆ 東京書籍
東書は「縄文のむらから古墳のくにへ」の単元の二一頁で、三分の一強を神話教育に当てる。そして、「神話に書かれた国の成り立ち」と題し、次の通り記述している。
〈8世紀ごろ、「古事記」や「日本書紀」といった書物が天皇の命令でつくられました。これらには、大昔のこととして、天からこの国土に下った神々の子孫が、大和地方に入って国をつくり、やがて日本の各地を統一していった話などがのっています。ヤマトタケルの話もその一つで、複数の人物の事業を一人の人物の話としてあらわしたのではないかと考えられています。…各地の人々の生活の様子や地域の自然などを記した「風土記」も8世紀ごろにつくられました。現在は「出雲国(いずものくに。現在の島根県)風土記」の内容だけが、完全な形で伝えられています。〉東書はこの右側に、「神話の中のヤマトタケル」と題する次の話を載せる。
〈「ヤマトタケルノミコトは、武勇にすぐれた皇子(おうじ)でした。ヤマトタケルは、天皇の命令を受けて、九州へ行って、クマソを平らげ、休む間もなく、東日本のエミシをたおしました。/ヤマトタケルは、広い野原で焼きうちにあったり、あれる海とたたかったりして、苦労しながら征服を進めました。/ところが、都へ帰る途中、病気でなくなってしまいました。すると、ヤマトタケルのたましいは、大きな白鳥に生まれ変わって、都の方へ飛んでいきました。」〉東書はこれら記述のすぐ上の、「大和朝廷」の言葉の説明で「大和地方の豪族たちが、4世紀ごろに大王を中心にまとまってつくった国の政府です。…国としての日本の形がしだいにできあがっていきました」と書いている。
以上から、文科省の”神話教育”は、①「天皇の命令」「大王を中心に」という語句を繰り返し天皇を権威付ける、②「国としての日本の形」が「できあがってい」くなどと、”建国記念の日”(戦前・戦中の紀元節)を祝わせる素地を作る等、偏狭な”愛国心”教育を刷り込む意図がみられる。また「武勇」「平らげ」「征服を進め」など戦争に無批判なままな点も問題だ。
さらに東書の欠陥は、前半の”天孫降臨”や、後半の”人”であるヤマトタケルの魂が「大きな白鳥に生まれ変わって、都の方へ飛んでい」くなどという、素っ頓狂な作り話を平然と載せるだけであり、児童が史実とフィクション(ウソ)を混同しないよう配慮する記述がないことだ。
◆ 教育出版
教出は「国づくりへの歩み」の八七頁で、三分の一を神話教育に当て、次の「ヤマトタケルの話」を載せている。
〈ヤマトタケルは、天皇である父の命令で九州におもむき、クマソをうちとりました。次に関東のエミシを従えるように命じられました。ヤマトタケルは、その途中で、広い野原で焼きうちにあったり、荒れる海とたたかったりするような困難にあいながらも、関東を征服しました。/しかし、その帰り道に、病気でなくなってしまいました。ヤマトタケルは、大きな白い鳥になって、大和のほうへ飛んでいったということです。〉東書のような”天孫降臨神話”は載せていないものの、「天皇の命令」を繰り返し権威付けし、また戦争に無批判なまま「うちとり」「征服し」と記述。”人”のヤマトタケルが鳥になり飛んでいくフィクションも載せた。
しかし教出は、この左側に、
〈天皇中心の国のしくみが整った8世紀の初め、朝廷は、日本の成り立ちを国の内外に示すため、「古事記」や「日本書紀」という歴史の本を完成させました。この中には、ヤマトタケルの話のように、国が統一されていく物語も収められています。これは神話といわれ、すべてが真実ではありませんが、国の成り立ちや、この時代の人々の考えを知る手がかりになります。〉と記述している。
この傍線部は、児童が史実とフィクションを混同しないよう配慮する記述であり、一定の評価はできる。
◆ 日本文教出版
日文は「大昔のくらしとくにの統一」の単元の六八頁全てを神話教育に当て、他社より分量が多い。
まず、〈神話や『風土記』には、どんなことが書かれているのだろう。〉〈なぜ長い時間をかけて伝えられたのだろう。〉という問いを設定。
本文に、〈ゆいさんたちは、古墳時代について調べているうちに、そのころのようすが、神話や昔話として、今も伝えられていることを知りました。そこで、どのようなことが書かれているのか、調べてみました。…わたしたちが、4世紀から5世紀ごろのようすを知ろうとするとき、8世紀初めにつくられた『古事記』や『日本書紀』という書物のなかの、神話も手がかりになります。〉と記述している。
この後、「神話などに書かれた国の成り立ちと人々の生活のようす」と題する「学習資料」に以下、大きく三点、載せている。
〈8世紀のはじめに天皇の命令によりつくられた『古事記』や『日本書紀」という書物には、神話が書かれています。また、地方の王や豪族に従いながら、生活をしていた人々のようすや、地方の自然などについて書かれた『風土記」…も伝わっています。〉「武勇」「討て」「たおし」などという語を用い、戦争に無批判であるし、児童が史実とフィクションを混同しないよう配慮する記述もない。しかし、”天孫降臨神話”や”人”が鳥になって飛んでいく等の、ひどいフィクションを載せていない点では、少しましだと言えよう。
〈昔、ヤマトタケルノミコトという武勇にすぐれた皇子(みこ)がいました、皇子は、朝廷に従わない豪族を討てという天皇の命令を受けました。皇子は、苦労しながら各地の豪族をたおしていきました。しかし、都へ帰るとちゅうで病気やまとになり、都がある大和(やまと)の美しい景色を思いうかべながら、短い一生を終えたということです。〉
〈各地の人々の生活のようすや、地域の自然などを記した『風土記」は、8世紀ごろにつくられました。地名や山、川の名前の由来についてや、その土地にまつわる話などが書かれています。『出雲国(いずものくに)風土記』(出雲は現在の島根県)の内容だけが、完全な形で伝えられています。〉
◆ 「天皇制は古代から続く」と教え込む狙い
社会科が専門の増田都子・元千代田区立中学校教諭は、筆者の取材に対し、文科省の神話教育の狙いを、以下のように分析・批判した。
四世紀から五世紀は古墳時代であり、まだ王が官僚組織をもって政治をする政庁としての「朝廷」はなく、当然、天皇はいない。
中央集権国家ではなく、大和地方の豪(王)族連合による各地の豪族支配である。
大和豪(王)族連合の中で、大王位を巡る激しい抗争の結果、六七二年壬申(じんしん)の乱に勝った天武(てんむ)が”天皇”となり、専制権力を握った。その武力による覇権争い、征服戦争に勝った行為を正当化するため、天武天皇の命令で八世紀初めにでき上がったのが、『古事記』神話だ。だから「紀元前六六〇年、初代の神武天皇が即位」等、作り話が多い。
※ 永野厚男(ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』(2019年11月号)
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