☆ 子ども権利条約・日本批准30年 (教科書ネット)
子どもの権利条約総合研究所 荒牧重人
2024年は、国際連合が子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)を総会において全会一致で採択して35年、日本が批准して30年を迎える。また、国際連盟が子どもの権利宣言(いわゆるジュネーブ宣言)を採択して100年に当たる。
☆ 悪化する子どもを取リ巻く現状
子どもを取り巻く状況はこの30年でむしろ悪化しているといえる。子どもや子育てに対する法・施策や取り組みは多種多様に展開されているが、状況を食い止めるに至っていない。
虐待死、いじめやそれに伴う第三者委員会の設置、自死、不登校、ヤングケアラー、LGBT問題等、社会的に問題となった事件も数多い。
こんなときにこども基本法・こども家庭庁が登場したのである。
☆ 最高裁学力テスト判決
日本で子どもの権利というと、国民の教育権vs国家の教育権をめぐる争いである。学説は、1970年のいわゆる第2次教科書検定訴訟1審判決=杉本判決以降、子どもの学習権を基本にして国家と教育との関係を組み立てるようになり(日本教育法学会の設立は1970年である)、さらに1976年の旭川学力テスト事件大法廷判決以降、この判決に沿いつつ、国の教育内容への介入を抑制する方向で子ども、親・保護者、教師そして国・教育委員会等の関係を構成するようになっている。
この最高裁判決をどう読むかがいまだに問われているのである。この学テ判決は、あいまいで玉虫色の内容をもつが、国民・子どもの学習する権利と教育の本質論を背景にして、少なくとも教育内容に対する国家的介入抑制の法理を打ち出していることは明らかである。
この法理は、より直接的に教育内容の国家的介入問題が争われている教科書裁判、伝習館裁判、「日の丸・君が代裁判」等においては十分にふまえられねばならないはずであったが、これらの裁判では国の教育内容への関与を容認する傾向が見られる。
☆ 子どもの権利条約
条約は子どもの権利保障にての世界共通基準・グローバルスタンダードである。
条約は、国(立法・行政・司法)を拘束して子どもの権利を保障しようとする。法的な位置として、日本国憲法よりは下位にあるが、法律よりは上位の規範なので、条約に反する法律や行政は変えなければならない、裁判所は条約を裁判規範として援用しなければならない。子どもに関連する法令は、条約と「適合的に」解釈・運用されなければならないのである。
自治体もローカルガバメントとして条約実施の「主体」である。条約は、内容上、
子ども観、とくに子どもを権利の享有・行使の主体としてとらえていること、
差別の禁止・子どもの最善の利益・いのちの権利・子どもの意見の尊重を一般原則にしていること、
子どもが人間として成長・自立していく上で必要な権利を総合的に保障していること
など、子ども支援の活動等に活かせるものになっている。
子どもは単なる保護や救済の対象ではなく、自らの人生の主人公であり、問題解決の主体である。
それらのことは2023年8月に発表された「子どもの権利の主流化に関する国連事務総長ガイダンスノート」でも確認されている。
「子どもはだんだんと人間になるのではなく、すでに人間である。」(ヤヌシュ・コルチャック「19世紀隣人愛思想の発展」1899年から)
という言葉の意味が問われている。
条約の実施については、国連・子どもの権利委員会等による国際的チェックを受ける。条約の解釈・運用は、条約が設置した国連・子どもの権利委員会の、とくに一般的意見や総括所見を踏まえて行なうことが求められる。
条約の適用にあたっては、「自国籍」の子ども、自国社会で生活する多様な文化的背景・国籍を持つ子ども・無国籍の子ども、国外の子ども、いずれの権利保障も大切である。よく言われるように、子どもの力に見通しをもって「待つ」こと、支えることが大切であり、子どもの力に確信をもつことや「あて」にすることが大事である。
もちろん、民族上・宗教上・言語上のマイノリティや先住民の子ども、乳幼児、障がいのある子ども、虐待やいじめを受けている子ども、「不登校」の子どもなどの意見表明・参加支援が必要なことはいうまでもない。
学校・施設、地域社会、行政さまざまなレベルでの子どもの意見表明・参加の取り組みの連携も重要である。
☆ 日本における子どもの権利条約の実施
日本は、批准の際、条約の名称問題を中心に、つまりchildを子どもにするか児童にするかがもめたぐらいで(文部省も普及するときは子どもの権利条約で良いと認めざるをえなかった)、何の法令改正もしないまま批准した。
国レベルでは、児童虐待防止法、児童福祉法改正、子ども・若者育成支援推進法、普通教育機会確保法等、一定の法律(改正)や計画等に反映している。
その一方で、教育基本法全面改定、少年法改定等は条約に反する法改正であると指摘されている。このなかで大きいのは児童福祉法の改正(2016年)である。
福祉が子どもの権利として位置づけられている。その権利は、子どもの権利条約の精神にのっとり保障されること、加えて、条約の一般原則が一定程度規定されている。問題はこれを理念にとどめず、どこまで具体的な法の解釈・運用や施策や実践で活かせるかどうかであり、そのための条件整備が必要である。
また、民法822条の親の懲戒権の規定は削除され、親による体罰禁止拳盛り込んだ児童虐待防止法と児童福祉法の改正もなされた。
このように、法改正の上で子どもの権利条約は援用されている。
しかし、国連・子どもの権利委員会からの総括所見(1998年、2004年、2010年、2019年)も「誠実に」履行されてはいない。
この総括所見は、判決のような法的拘束力はないが、国際社会の条約の解釈・運用の水準に基づき、委員会による検証を経たうえでの、締約国における条約実施の課題であり、総括所見は国内における条約実施の優先的課題である。
このような総括所見の位置づけもはっきりしていない。一方で、自治体レベルでは、条例制定、計画の策定、子ども参加、相談・救済、居場所づくり、広報・啓発の取り組みなどで具体化されてきている。
また、一部の施設や保育所・保育園や学校での、とくに子ども参加、子どもの居場所づくりが取り組まれている。弁護士会の取り組み、NPO・NGOの取り組み等にも進展が見られる。
2019年の子どもの権利条約・日本批准25年を契機に、「広げよう!子どもの権利条約キャンペーン」が立ち上がっている。
☆ こども基本法の成立・こども家庭庁の発足
2023年4月1日にはこども基本法が施行され、政府は「こどもまんなか社会」を実現するため「こども家庭庁」を設置し、こども施策を展開している。課題は山ほどあるが、いろいろな意味で「新たな段階」に入ったといわれる。
そして、こども施策は、子どもの権利条約の一般原則を踏まえた事項を基本理念として行なわなければならないとした(3条)。
また、「国及び地方公共団体は、こども施策を策定し、実施し、及び評価するに当たっては、当該こども施策の対象となるこども又はこどもを養育する者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする」(11条)と規定された。
こども家庭庁は「こども・若者の意見の政策反映に向けたガイドライン~こども・若者の声を聴く取組のはじめ方」等についてパブリックコメントをしたりして模索している。
さらに、2023年12月22日に閣議決定された「こども大綱」には、「こどもや若者に関わる全ての施策において、こども・若者の視点や権利を主流化し、権利を基盤とした施策を推進する」とか、「こどもの権利条約を誠実に遵守するとともに、同条約に基づいて設置された児童の権利委員会による見解…を踏まえて国内施策を進める」とかいうような文言がある。
これらの文言が日本政府のこども政策の基本文書として登場したことは画期的である。また、数値目標を掲げている。
さらに、こどもの権利が侵害された場合の救済機関として、地方公共団体が設置するオンブズパーソン等の相談救済機関の実態把握や事例の周知を行ない、取組を後押しする(この子どもオンブズパーソンは「誤った子ども中心主義になる懸念がある」という反対理由でこども基本法には盛り込まれなかった)。
これらを絵に描いた餅にしてはならない。
自治体レベルの子どもに関する条例づくりも活発になっている。自治体レベルでは、
第1段階 一 どう制定するか、
第2段階 一 どう活かすか、
第3段階 一 どう検証するか、
に入ったといわれる。2002年から開催されている「地方自治と子ども施策全国自治体シンポジウム」では当然のように語られる。
今日わたしたちは子どもの権利にかかわる取り組みをずいぶんしている。そのことを「自覚」するとともに、子どもや回りのおとなたちに伝えていくごとが大切である。(あらまきしげと)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 155号』(2024年4月)
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