《高野孟のTHE JOURNAL<まぐまぐニュース>》
◆ 参院選に暗雲。プーチン談話で判った、北方領土返還交渉の大失敗
プーチン大統領も出席する今年6月のG20のタイミングで、北方領土問題を一気に進展させたいとする日本政府ですが、暗雲が立ち込めているようです。ジャーナリストの高野孟さんは今回、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、「北方領土問題が早期に進展することはない」というプーチン大統領のオフレコ会談での発言を紹介するとともに、4島どころか2島返還すら危うい状況となった根本原因に、安倍首相と日本外交の体たらくを挙げています。
◆ 失敗に終わった安倍「北方領土」交渉
──“言葉遊び”で国民を騙そうとするなんて
ロシアの日刊経済紙『コメルサント』によると、プーチン露大統領は3月14日に行われた企業経営者らとの会合で、北方領土をめぐる日露はすでに失速し、早期に進展することはないとの見通しを語った。
この会合は非公開のものだったが、出席者の1人が同紙に対して、「日露交渉は行き詰まったのか」という問いに対するプーチンの答えを明らかにした。その意味では間接情報であるため、日本のメディアの扱いは大きくなく、16日の朝刊段階できちんと記事にしたのは東京新聞のみ。同日の夕刊で日経と読売がやや小さ目にフォローした。
しかしこれが事実とすれば、6月G20の機会に来日するプーチンを捉えて「2島返還」論で一気に基本合意に持ち込み、それを7月参院選の目玉に仕立てようとした安倍晋三首相の思惑は、すでに破綻したということである。
安倍首相の進退に関わるような重大ニュースで、追跡取材をした上で各紙が第1面トップで扱ってしかるべきと思われるがそういう扱いになっていないのが不思議である。
◆ プーチンは日米安保からの離脱を要求?
プーチンは、交渉失速の理由を2つ挙げた。
第1に、日米安保条約の壁である。安倍首相は返還後の島々に米軍施設を設置させないとプーチンに語ったが、それは単なる口約束にすぎず、日本国内のどこにでも米軍基地を設置できるとしている日米安保条約の下では、日本が米国に「それを許さない手段を持っていない」とプーチンは指摘した。
ということは、日本が日米安保条約を離脱して出直してこない限り、領土交渉はそもそも始まらないということなのである。
第2に、北方領土の住民の99%が日本への領土引き渡しに反対していることである。
それは当たり前で、これらの島々はすでに4分の3世紀に渡ってロシアの実効支配下にあり、色丹に3,000人、国後・択捉には約1万4,000人のロシア人が生活を営んでいる。このうち「2島返還」が実現した場合に直接に問題となるのは色丹の3,000人だが、日本領になったからと言って、彼らを全員強制退去させる訳にはいかないし、何らかの特別資格を与えて引き続き在留を認めることになるのだろうが、当のロシア人住民にしてみれば、そんなややこしいことには巻き込まれずに、今のままの生活を続けたい。
こんなことは最初から分かっていることで、にも関わらず安倍首相が敢えて「2島返還」論に立って日露交渉を再起動させようと発起したからには、それらの難題について何らかの秘策なり腹案なりがあって根回しも進んでいるのかと思いきや、実は何もなかったという日本外交の体たらくが、このプーチン談話で赤裸々になったのである。
◆ 佐藤優のみっともない弁解
この「2島返還」論での対露交渉をけしかけたのは、鈴木宗男=佐藤優のかつてのロシア通コンビである。
私は、彼らが主唱する1956年日ソ共同宣言に基づく「2島返還」論に立って日露平和条約を締結することには、そもそもからして賛成で(どうしてそうなのかの解説は今は省略する)、その限りでは安倍首相の動きに少しは期待を抱いたのだけれども、全くダメだった。
佐藤も弁解モードに入っていて、3月15日付の東京新聞「本音のコラム」では、何ともお粗末な駄弁を弄している。
安倍首相は、日ソ共同宣言に基づいて返還の対象を歯舞・色丹に限定するというシグナルを出し、「北方4島」という表現さえも封印し、その意味で安倍首相も外務省も「リスクを負ってロシアとの関係改善に尽力している」。
なのにどうだろうか……、「最近、ロシアは日本の善意を弱さと誤認して、ハードルを上げようとしている。このままだと日本の政治家と外交官の忍耐の限界を超えて交渉が失速する危険がある。在京ロシア大使館におかれてはこのコラムをロシア語に訳して、公電でモスクワに報告してほしい」とまで言うのである。
つまりは、日本が「4島返還」それも4島「一括」返還でなければ話にならないという従来からの要求を取り下げて、「2島返還」というところまで後退するという善意を見せたのであるから、ロシアがそれに応えないのはおかしいというわけである。
ところがロシアにしてみれば、日ソ共同宣言では元々「2島返還」だったのであり、それを勝手に「4島」とか「一括」とか言い出したのは日本であって、それを取り下げるのが日本の「善意」の現れであると言われても、困ってしまうのである。
「このコラムをロシア語に訳してモスクワに報告して」とは、コラムを面白くするための文章の綾なのだろうが、実は語るに落ちていて、鈴木・佐藤コンビがプーチンに直通する裏ルートを持って根回し工作をしていたのではないことを告白したに等しい。
◆ まず国民の熱い支持を得ないと
こういう惨めな結末となることは、本誌が当初から指摘してきた通り〔注〕、見えていたことで、その根本原因を一言でいえば、安倍首相の詐話師の手法である。
「旧ソ連は4島を不法占拠した」「4島一括返還しかありえない」という長年の公式態度を破棄して、「2島のみ返還」を求めることに大転換するのである以上、それを筋道立てて国民にきちんと説明して支持を取り付けなければおかしい。
〔注〕
○ 北方領土返還でプーチンの「餌」にまんまと引っかかった安倍首相
○ 前のめりに突っ込んで大火傷をしそうな『北方領土』外交
ところが安倍首相は「北方4島」という言葉を封印して「日本の主権のある島々」などと島がいくつなのか曖昧にする言い方に変えたり、「2島プラスアルファ」と言ってかつての「2島先行返還」とわざと混同させる──つまり「もしかしたら2島ポッキリでないのかな」と錯覚を起こさせるような言葉遣いをして、国民に目眩ましをかけてきた。
その裏には、たぶん、どうせ国民は馬鹿で細かいことを言っても分からないのだから、日露トップ同士で2島で基本合意をして「島が帰ってくるぞ!」「えっ、4島じゃないの?」「2島でも何も帰ってこないよりマシだろう」という調子でワーッと盛り上げて、そのままの勢いで参院選に持って行ってしまえば勝ち──といった、恐るべき国民蔑視の傲慢な考えが潜んでいるのだろう。
しかし領土にまつわる外交交渉で、国民に本当のことを言わずに口先だけの嘘を乱発してスリ抜けようとしても巧く行くわけがない。安倍首相は策に溺れて自ら墓穴を掘ったのである。
※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2019年3月18日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分税込864円)。
※ プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
高野孟『高野孟のTHE JOURNAL - まぐまぐニュース』(2019.03.19)
https://www.mag2.com/p/news/390867
◆ 参院選に暗雲。プーチン談話で判った、北方領土返還交渉の大失敗
プーチン大統領も出席する今年6月のG20のタイミングで、北方領土問題を一気に進展させたいとする日本政府ですが、暗雲が立ち込めているようです。ジャーナリストの高野孟さんは今回、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、「北方領土問題が早期に進展することはない」というプーチン大統領のオフレコ会談での発言を紹介するとともに、4島どころか2島返還すら危うい状況となった根本原因に、安倍首相と日本外交の体たらくを挙げています。
◆ 失敗に終わった安倍「北方領土」交渉
──“言葉遊び”で国民を騙そうとするなんて
ロシアの日刊経済紙『コメルサント』によると、プーチン露大統領は3月14日に行われた企業経営者らとの会合で、北方領土をめぐる日露はすでに失速し、早期に進展することはないとの見通しを語った。
この会合は非公開のものだったが、出席者の1人が同紙に対して、「日露交渉は行き詰まったのか」という問いに対するプーチンの答えを明らかにした。その意味では間接情報であるため、日本のメディアの扱いは大きくなく、16日の朝刊段階できちんと記事にしたのは東京新聞のみ。同日の夕刊で日経と読売がやや小さ目にフォローした。
しかしこれが事実とすれば、6月G20の機会に来日するプーチンを捉えて「2島返還」論で一気に基本合意に持ち込み、それを7月参院選の目玉に仕立てようとした安倍晋三首相の思惑は、すでに破綻したということである。
安倍首相の進退に関わるような重大ニュースで、追跡取材をした上で各紙が第1面トップで扱ってしかるべきと思われるがそういう扱いになっていないのが不思議である。
◆ プーチンは日米安保からの離脱を要求?
プーチンは、交渉失速の理由を2つ挙げた。
第1に、日米安保条約の壁である。安倍首相は返還後の島々に米軍施設を設置させないとプーチンに語ったが、それは単なる口約束にすぎず、日本国内のどこにでも米軍基地を設置できるとしている日米安保条約の下では、日本が米国に「それを許さない手段を持っていない」とプーチンは指摘した。
ということは、日本が日米安保条約を離脱して出直してこない限り、領土交渉はそもそも始まらないということなのである。
第2に、北方領土の住民の99%が日本への領土引き渡しに反対していることである。
それは当たり前で、これらの島々はすでに4分の3世紀に渡ってロシアの実効支配下にあり、色丹に3,000人、国後・択捉には約1万4,000人のロシア人が生活を営んでいる。このうち「2島返還」が実現した場合に直接に問題となるのは色丹の3,000人だが、日本領になったからと言って、彼らを全員強制退去させる訳にはいかないし、何らかの特別資格を与えて引き続き在留を認めることになるのだろうが、当のロシア人住民にしてみれば、そんなややこしいことには巻き込まれずに、今のままの生活を続けたい。
こんなことは最初から分かっていることで、にも関わらず安倍首相が敢えて「2島返還」論に立って日露交渉を再起動させようと発起したからには、それらの難題について何らかの秘策なり腹案なりがあって根回しも進んでいるのかと思いきや、実は何もなかったという日本外交の体たらくが、このプーチン談話で赤裸々になったのである。
◆ 佐藤優のみっともない弁解
この「2島返還」論での対露交渉をけしかけたのは、鈴木宗男=佐藤優のかつてのロシア通コンビである。
私は、彼らが主唱する1956年日ソ共同宣言に基づく「2島返還」論に立って日露平和条約を締結することには、そもそもからして賛成で(どうしてそうなのかの解説は今は省略する)、その限りでは安倍首相の動きに少しは期待を抱いたのだけれども、全くダメだった。
佐藤も弁解モードに入っていて、3月15日付の東京新聞「本音のコラム」では、何ともお粗末な駄弁を弄している。
安倍首相は、日ソ共同宣言に基づいて返還の対象を歯舞・色丹に限定するというシグナルを出し、「北方4島」という表現さえも封印し、その意味で安倍首相も外務省も「リスクを負ってロシアとの関係改善に尽力している」。
なのにどうだろうか……、「最近、ロシアは日本の善意を弱さと誤認して、ハードルを上げようとしている。このままだと日本の政治家と外交官の忍耐の限界を超えて交渉が失速する危険がある。在京ロシア大使館におかれてはこのコラムをロシア語に訳して、公電でモスクワに報告してほしい」とまで言うのである。
つまりは、日本が「4島返還」それも4島「一括」返還でなければ話にならないという従来からの要求を取り下げて、「2島返還」というところまで後退するという善意を見せたのであるから、ロシアがそれに応えないのはおかしいというわけである。
ところがロシアにしてみれば、日ソ共同宣言では元々「2島返還」だったのであり、それを勝手に「4島」とか「一括」とか言い出したのは日本であって、それを取り下げるのが日本の「善意」の現れであると言われても、困ってしまうのである。
「このコラムをロシア語に訳してモスクワに報告して」とは、コラムを面白くするための文章の綾なのだろうが、実は語るに落ちていて、鈴木・佐藤コンビがプーチンに直通する裏ルートを持って根回し工作をしていたのではないことを告白したに等しい。
◆ まず国民の熱い支持を得ないと
こういう惨めな結末となることは、本誌が当初から指摘してきた通り〔注〕、見えていたことで、その根本原因を一言でいえば、安倍首相の詐話師の手法である。
「旧ソ連は4島を不法占拠した」「4島一括返還しかありえない」という長年の公式態度を破棄して、「2島のみ返還」を求めることに大転換するのである以上、それを筋道立てて国民にきちんと説明して支持を取り付けなければおかしい。
〔注〕
○ 北方領土返還でプーチンの「餌」にまんまと引っかかった安倍首相
○ 前のめりに突っ込んで大火傷をしそうな『北方領土』外交
ところが安倍首相は「北方4島」という言葉を封印して「日本の主権のある島々」などと島がいくつなのか曖昧にする言い方に変えたり、「2島プラスアルファ」と言ってかつての「2島先行返還」とわざと混同させる──つまり「もしかしたら2島ポッキリでないのかな」と錯覚を起こさせるような言葉遣いをして、国民に目眩ましをかけてきた。
その裏には、たぶん、どうせ国民は馬鹿で細かいことを言っても分からないのだから、日露トップ同士で2島で基本合意をして「島が帰ってくるぞ!」「えっ、4島じゃないの?」「2島でも何も帰ってこないよりマシだろう」という調子でワーッと盛り上げて、そのままの勢いで参院選に持って行ってしまえば勝ち──といった、恐るべき国民蔑視の傲慢な考えが潜んでいるのだろう。
しかし領土にまつわる外交交渉で、国民に本当のことを言わずに口先だけの嘘を乱発してスリ抜けようとしても巧く行くわけがない。安倍首相は策に溺れて自ら墓穴を掘ったのである。
※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2019年3月18日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分税込864円)。
※ プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
高野孟『高野孟のTHE JOURNAL - まぐまぐニュース』(2019.03.19)
https://www.mag2.com/p/news/390867
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