今日が私の初日でした。
日曜日の公演なので、ファン・クラブから発券された席は、ものすごく遠かったのですが、こういう群像劇では、舞台全体を眺めたいから、そういう意味では、そんなに悪くもなかったかな?
舞台の真ん中に置かれた大きな回転ドアが、出会いと別れを繰り返す「グランドホテル」の象徴のような舞台装置も、じっくり眺めることができました。
さて、あっきーは、重い病を抱えたユダヤ人会計士、オットー役。
主役です。
これほど地味で冴えない主役も珍しい。
でも、日本初演の宝塚版では、涼風真世さんが退団公演で演じた役でもあります。
自分の死を見つめている男。
人生の最期をグランドホテルで過ごすために、全財産を持ってやってきた男。
ユダヤ人であるために差別され、昔の上司は彼の顔さえ覚えていない。
惨めな男。
でも、そんな男が、グランドホテルで生を見つめるようになっていく。
ユダヤ人であるために宿泊を断られそうになったオットーを助けてくれたのが、グランドホテルに住む、若くてハンサムな男爵。
でも、彼は、爵位はあってもお金がない。
お金はないけど、優雅な暮らしはやめられない。
実のところ、この男爵のほうが主役なんじゃないかと思わないでもない。
ロマンス担当だし、善人ではないけど、悪人にもなりきれない美味しい役。
登場人物たちは、みな、この男爵と関わりをもつことで人生が変わっていく。
オットーは、生きることに目を向けはじめる。
踊れなくなったバレリーナは、彼と恋して、踊りへの情熱を取り戻す。
彼に失恋したタイピストは、オットーの上司だった社長の私設秘書になり、悲劇を引き寄せる。
社長もまた、男爵との出会いによって人生を狂わせる。
そして、男爵自身も。
「死」と踊る男。
いろんな人生が交差する、「グランドホテル」のような男。
でも、やっぱり、主役はこの地味で冴えない会計士オットー。
なんとなく、そう思った。
オットーは、悲劇的であると同時に喜劇的な存在でもある。
男爵は「死」と踊り、オットーは新しい「命」と踊る。
もちろん、病が癒えたわけではないから、その未来には確実に「死」が待っている。
でも、最期の命の輝きを放つオットーの姿には、重苦しさはない。
けれど、私たちは歴史の流れを知っているから、この物語の続きは暗いと知っている。
鬱屈したホテルの従業員たちが、贅沢を弄ぶ客たちを襲う最後のシーンは、だから、見たくはない未来の姿だった。
けれど、悲劇的結末と言われる「green版」から受ける印象は、真っ暗闇ではない。
生まれたばかりの赤ん坊を抱いたエリックが、暴力の支配するグランドホテルから逃げていったように、逃げることでつなぐ命もあるのだから。
誰もが幸せになりたいともがいているのに、不幸への、道を選んでしまうのは、何故なんだろう。
重たいものを抱えて、帰ってきました。
日曜日の公演なので、ファン・クラブから発券された席は、ものすごく遠かったのですが、こういう群像劇では、舞台全体を眺めたいから、そういう意味では、そんなに悪くもなかったかな?
舞台の真ん中に置かれた大きな回転ドアが、出会いと別れを繰り返す「グランドホテル」の象徴のような舞台装置も、じっくり眺めることができました。
さて、あっきーは、重い病を抱えたユダヤ人会計士、オットー役。
主役です。
これほど地味で冴えない主役も珍しい。
でも、日本初演の宝塚版では、涼風真世さんが退団公演で演じた役でもあります。
自分の死を見つめている男。
人生の最期をグランドホテルで過ごすために、全財産を持ってやってきた男。
ユダヤ人であるために差別され、昔の上司は彼の顔さえ覚えていない。
惨めな男。
でも、そんな男が、グランドホテルで生を見つめるようになっていく。
ユダヤ人であるために宿泊を断られそうになったオットーを助けてくれたのが、グランドホテルに住む、若くてハンサムな男爵。
でも、彼は、爵位はあってもお金がない。
お金はないけど、優雅な暮らしはやめられない。
実のところ、この男爵のほうが主役なんじゃないかと思わないでもない。
ロマンス担当だし、善人ではないけど、悪人にもなりきれない美味しい役。
登場人物たちは、みな、この男爵と関わりをもつことで人生が変わっていく。
オットーは、生きることに目を向けはじめる。
踊れなくなったバレリーナは、彼と恋して、踊りへの情熱を取り戻す。
彼に失恋したタイピストは、オットーの上司だった社長の私設秘書になり、悲劇を引き寄せる。
社長もまた、男爵との出会いによって人生を狂わせる。
そして、男爵自身も。
「死」と踊る男。
いろんな人生が交差する、「グランドホテル」のような男。
でも、やっぱり、主役はこの地味で冴えない会計士オットー。
なんとなく、そう思った。
オットーは、悲劇的であると同時に喜劇的な存在でもある。
男爵は「死」と踊り、オットーは新しい「命」と踊る。
もちろん、病が癒えたわけではないから、その未来には確実に「死」が待っている。
でも、最期の命の輝きを放つオットーの姿には、重苦しさはない。
けれど、私たちは歴史の流れを知っているから、この物語の続きは暗いと知っている。
鬱屈したホテルの従業員たちが、贅沢を弄ぶ客たちを襲う最後のシーンは、だから、見たくはない未来の姿だった。
けれど、悲劇的結末と言われる「green版」から受ける印象は、真っ暗闇ではない。
生まれたばかりの赤ん坊を抱いたエリックが、暴力の支配するグランドホテルから逃げていったように、逃げることでつなぐ命もあるのだから。
誰もが幸せになりたいともがいているのに、不幸への、道を選んでしまうのは、何故なんだろう。
重たいものを抱えて、帰ってきました。