アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

猫は盗んできた餌は隠れて食べる

2025-03-08 06:30:11 | 冥想いろいろ

◎宗教が戒律を作るのは人間を動物以下に扱っているから

 

出口王仁三郎が、猫ですら盗んできた餌は隠れて食べるように、自分のやったことの善悪を知っているとする。いわんや、人間をや。

以下、出口王仁三郎の弟子との問答。

『問「良いと思う方に向かって、どんどん進みさえすれば良いのですか」

 

答「人間として自分の言行に対しては、良いか悪いかは皆分かっているはずだ。猫が鰹節を盗んだ時には隠して食う。鼠を捕った時は、主人の前に持って来て褒めてもらって食う。犬でも猪を捕った時は、主人の前に持って来て手柄顔して尾を振っているが、鶏を盗んだ時には藪の中にすっ込んで食う。人間に盗むな、怒るな、姦淫するな等と戒律を作るのは人間を動物以下に扱っているのだ。それは学校の倫理科で教えている。それを世帯を持った一人前の人間が、説教を聞いて随喜しているのはおかしい。宗教と倫理とを間違えているのだ。宗教の目的は、平和と幸福を万人に与えるためである。』

(出口王仁三郎全集 第1巻 皇道編 第6篇 愛善の真意義 人類愛善の真義/出口王仁三郎から引用(旧かな使いを新かな使いに修正しました))

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他人に嫌われたりすることを意に介しない聖者たち

2025-03-08 03:36:52 | 人と神の「実際のところ」

◎あらゆる二択を超越しなければ、天国と地獄とを超越した悟りに届かない

 

他人に嫌われたりすることを意に介しない聖者たちが、時々出る。

1.OSHOバグワン

『本当に幸せになりたいなら、若々しく、生きていて、泣いたり笑ったり、あらゆる次元に対応し、流れ、流れ続けなければなりません。そうすればあなたは幸せなままになります。ただし、同情は得られないことを覚えておいてください。人々はあなたに石を投げるかもしれませんが、それはそれだけの価値があります。人々はあなたを無宗教だと考えたり、非難したり、悪口を言ったりするかもしれませんが、心配する必要はありません。それは問題ではありません。重要なのはあなたの幸せだけです。 』

(パタンジャリのヨーガ・スートラ巻末(Yoga The Alpha and the Omega CHAPTER 10. I AM IN FAVOR OF LOVE)の問答の回答から)

これは、批判されたり、悪口を言われたりするが、それでも悟りを求めるべきだと考えていることが、わかる。

 

2.龐居士

禅僧薬山を訪ねた龐居士が辞去した。薬山は十人の禅客に門のところまで見送らせた。

居士は空中に舞う雪を指さして言った、「見事な雪だ、一ひらひらが余計な場所には落ちない(最初からそこに落ちることが決まっていたかのように、きちんきちんと落ちる)。」

折から全禅客という男がいて、「どこに落ちますか。」

居士は一発平手打ちをくらわせた。

全禅客、「居士どの、乱暴は困ります。」

居士、「君はそんなことで禅客だなどというが、閻魔大王の前では通用しないぞ。」全禅客、「居士どのはどうです。」

居士はもう一つ平手打ちをくらわして言った、「目はあいていても盲同然、口はきけても唖(おし)同然だ。」

 

龐居士は、ずけずけとした物言いで、未悟の者の応対には容赦がない。

批判されたり、悪口を言われたりすることには、真理の前には頓着しない。

 

3.普化

ある日、臨済と普化が法要後の会食に招かれた。席上臨済が「一本の髪の毛で大海を呑み込み、芥子粒一つに巨大な須弥山を納めるというがこれは、超能力の奇跡か、それとも見性者に自然に備わる働きか」と質問をしかけた。

すると普化は、いきなり食卓を蹴り倒した。

臨済が乱暴じゃないかと言うと、普化は「ここで乱暴とか穏やかという場合ではあるまい」と応じた。

 

次の日二人は、別の法要後の会食に招かれた。臨済は、「今日のメニューは昨日のと比べてどうだ」と問うと、普化はまたまた食卓を蹴り倒した。

 

臨済が「それはそれで良いが、あまりに乱暴すぎる」というと、普化は「馬鹿野郎。仏法に穏やかだの乱暴だのということがあるか」と返したので、流石の臨済も驚いた。

 

4.荘子

荘子の妻が亡くなった際、友人の恵子が弔いに訪れると、荘子がひざをかき合わせ、歌を歌っている姿を目にした。

恵子が「妻が亡くなったのに歌を歌うとは何事か」と非難すると、荘子は「私も最初は悲しかった。しかし、妻の生と死、そして宇宙の移り変わりを考えると、悲しみに囚われる必要はないと悟ったのだ」と答えた。

 

これは、世間的には、鼻つまみ。

 

5.一休

不淫戒を守るはずの一休宗純が大徳寺の法事で大勢の読経の声が聞こえる別室で、愛人と快楽の限りを尽くした。

自戒集によれば、長禄元年(1457年)の冬至に、紫野大徳寺の兄弟子養叟のやり口があまりに出鱈目なことに憤慨して、一休宗純は、法華宗(念仏門)に入信したと明記がある。禅の高僧が改宗するとは。

一休は、少年時から男色になじみ、尼さんとの情交も厭わず、晩年には盲目のうら若き30代女性との同棲までこなした。

ぎゃふんの一言しかない。

 

他にもあるかと思うが、汚いものときれいなもの、陰と陽、男と女、冷暖、富裕貧困等々あらゆる二択(選り好み)を超越しなければ、天国と地獄の間の往復をやめて、天国と地獄とを超越した悟りに届くことはない。

 

よって、法や真理に厳しい聖者ほど、批判されたり、悪口を言われたりすることを気にしない場合がある。往々にしてこのような人は世間の評判は悪いが、他の聖者からは評価される。

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猫に気に入られたい

2025-03-08 03:02:33 | 冥想アヴァンギャルドneo

 ◎遊びをせむとて生れけむ
(2008-07-20)

どうすれば、気まぐれな猫の歓心を惹くことができるかについていろいろ調べてみた。

すると、
1.どの動物も遊ぶのが大好き。喜びの情動は遊ぶことから生じる。

2.動物は抱きしめられるより撫でてやると喜ぶ。まるで親が子を舌でなめてやるように。

3.男性の犬、猫の扱い方は、女性のそれに比べて乱暴すぎる。

4.動物は言葉では思考しないが、映像で思考する。虐待されたりした時の恐怖の記憶は映像として記憶される。

5.おびえて怖がる動物を落ち着かせる時は、なでたり静かな低い声で話しかけたりしてなだめる。たたいてはいけない。

6.猫が鳥を追うような捕食行動は、突然の早い動きによって誘発されることが知られている。これは脳の別回路(本能)による行動であって、しつけたり矯正するには、ショックを与えるなどの手荒い手段が必要となる。

7.子猫の場合は、生後7週間までに社会的な絆を育むので、この期間までには、子猫を特にやさしく扱う。

8.猫をしつけるには餌の訓練が効果的。

9.餌のご褒美と行動を結びつけるためには、行動がうまくできた1秒以内に餌を与える。

10.ご褒美の基本はほめる、なでる、餌。

11.新しいスキルや芸を教える時には、罰を使わずに報酬を与える方が効果が高い。
(参考:動物感覚/テンプル・グランディン・NHK出版)

猫に気に入られるには、なでてあげるのと餌が基本ですね。人間と同じで幼時期に虐待されると一生社会とのかかわりに影響があるわけですね。以後「ダメ」「コラ」の叱責は慎み、メタボにならない程度に、タイミングよく餌を使って、「悪人」「キライなタイプの人」と思われないように、合理的に立ち回りたいものです。猫も人も楽しい生活が好きだから。

テンプル・グランディンによると、怖がりの動物は、概して世話がやけるので、物おじしない動物のほうが手間がかからない。身体のどこか一部に白い毛のある動物は、それがない動物よりも引っ込み思案でないそうだ(動物の白眉みたいなもの)。テンプル・グランディンは、踊るクマとカメラを見つめるカワウソの例を出しているが、なるほど犬、猫でもそういうことはありそうだ。

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