今日の画像が何のパロディだか全く分からない、
という方もおられるかもしれませんので、野暮を承知で説明すると、
昔小澤さとる先生の「青の6号」という漫画がございましてな。
戦闘機パイロットものが全盛だった1967年作品で、異色の未来潜水艦ものです。
この時代、国と国の争いはなく、国際テロ組織マックスに世界連合軍が、
ユニバーサル・ブラザーフッドつまり八紘一宇の共同戦線であたるという設定。
上に固まっているのはオリジナルでは「青の6号」つまり日本潜水艦の面々。
下のアイパッチ男は、本来「青の1号」アメリカ派遣艦のギルフォード少佐。
それにしても、艦長って、パイプを吸わなくてはいけないきまりでもあるのかしら。
このマンガ、わたくし、実は読んだことがありません。
で、これを描くために調べたときに、この設定を見てつらつら考えたのですが、
もし、地球外生物の襲撃襲来があれば、世界は共同で外敵と戦い、
(そうなれば、一番先に「やってくれるのは」大阪だと思う。 ソースは「宇宙戦争」)
地球人同士で争うことをやめ、結果的に戦争は無くならないだろうか。
それはともかく、潜水艦もののパロディなら下の海軍第一種軍装はともかく、
何故上の連中がカーキ色の陸軍軍服姿なんだろう、と不審に思われた方。
それは、彼らが、今日お話しする
「陸軍潜水艦 三式潜航輸送艇 通称まるゆ」
の乗員である(という設定である)からです。
「空軍って、旧日本軍に無かったっけ?」
と真顔で聞いて、思わず開いた口がふさがらず膝に付くくらい驚かせてくれた、
うちの所帯主のような人間もいることはいますが(興味のない人間ってこんなものよ、皆さん)
空軍を持たない旧帝国日本軍が、陸海ともに飛行機を保持していたのは世間の常識。
空から舞い降りる「空の神兵」挺進部隊、つまり落下傘部隊も、
陸海両軍がほとんど同時期に大戦果を挙げたのもご存じのとおり。
餅は餅屋と言いますが、陸軍の専門「陸戦」において、陸軍が手をこまねいていた戦局を
「陸戦の神様、中村虎彦」率いる海軍陸戦隊が打開し攻略してしまったこともあります。
(当ブログ参照)
しかし、陸軍には決して超えられない壁。
海の上で戦えるのは海軍だけであった・・・・・・・はず。
なのですが、人、耳目を驚かすか、言ふに足らず。(by 藤原宗忠)
何と、陸軍には潜水艦がありました。
それが今日の「まるゆ」で、名称からもお分かりのように輸送専門の潜水艦です。
全長49,5m
水上排気量273トン
水中排気量346トン
最大速力 水上9,6ノット 水中4,4ノット
水中航続時間4ノットで1時間、2ノットで6時間
最大潜水深度100メートル
海軍の最大級、伊号四〇〇型潜水艦で水中排水量6560トン、最大水中速力6,5ノット、
海軍で最も小型であった波二〇一型でも、水中排水量は440トンあった、ということからも、
まるゆの可愛らしかったのは名前だけではない、ということがお分かりいただけるかと思います。
因みに波号は本土決戦に備えて作られましたが、終戦によって実戦デビューはしませんでした。
まるゆは輸送専門なので、海軍の潜水艦には当たり前の「魚雷」が付いておりません。
攻撃できないのですから、勿論反撃もできません。
ただひたすら見つからないように海中をのろのろと進むのみ。
とてもじゃないけど、冒頭画像の煽り文句「決戦兵器」と呼ばれるべきものとは言えません。
しかしなんだって陸軍は輸送潜水艦を独自に作ることを思いついたのでしょうか。
ウィキペディアによると、ガダルカナル島の戦いに於いて陸軍が補給に苦しんだことが、
「独自の補給艦」開発のきっかけになった、ということになっています。
土井全二郎著「決戦兵器 陸軍潜水艦」(←う~ん・・・・)によると、
ラバウルにあった南東方面作戦の陸軍最高責任者である今村均中将は、
ガ島撤退作戦終了直前、軍部に対して
「陸軍で駆逐艦や潜水艦をもって直接補給に使用したい」
と、陸軍がフネを持つことを意見具申しています。
そして、作戦失敗後、トラック島での山本連合艦隊司令長官との会談で
「ガ島の失敗は補給の失敗である。
海軍の輸送力をもって補給を確かにすることで以降の失敗は避けられる」
と熱心に主張し、協力を仰ぎましたが、海軍側には
「作戦失敗の原因を全て海軍に帰せんとする魂胆であろう」
なんてことを言われて、はかばかしい返事がもらえませんでした。
もともと海軍潜水艦、駆逐艦の乗組員、ことに士官たちの間には
「何が悲しくて海軍兵学校を出てマル通などせにゃならんのだ」
という風潮がありました。
マル通とは、こんにちもある日本通運のマークからきた「運送屋」という意味で、
現在も自衛隊で輸送任務に使われている隠語です。
戦闘で死ぬのならともかく、いくら任務とはいえ米を運んでいて戦死など不本意も甚だしい、
陸軍にしてみれば、こんな風潮の海軍にいちいち頭を下げて輸送を「お願い」するのは
手間もかかるし、第一それ以上に面白くない。
そして、こんな話もあります。
ある船舶関係者が
「陸海共同で建造し、共同で運用すれば良かったではないですか」
と尋ねると、陸軍省の人間は真顔で?こう言いました。
「そうなると、舵を取るのは海軍だ。
別々の場所で陸海軍が同時に助けを求めていたら、
きっと海軍軍人は海軍のいる方に舵を切るに違いない」
つまり、陸軍側にすれば、我が作戦遂行のために「敵国海軍」の裁可を仰がずとも、
自由に使用できる補給艦を持ちたいという、自然な欲求の流れの結果であったのです。
そんなこんなで、陸軍は意地になって「陸軍潜水艦」の着手に乗り出しました。
そのとき事にあたった塩見陸軍技術少佐が参謀本部から言い渡されたのは、以下の通り。
- 陸軍部隊が陸軍自体の輸送潜水艦を作りだすこと。
- 海軍には内密に建造すること
- 造船所を使用せずして作ること
- 建造数は取りあえず20隻。最終的には400隻。
- 陸軍部隊のどこで作っても良い
1はいいとして、2と3、これは一体いかなることでしょうか。
当時世界最高レベルと言われた帝国海軍の潜水艦。
艦艇専門の海軍が、日露戦争直後から何十年もかかって技術を積み重ねてできた
言わば「海軍魂の結晶」です。
それを、ずぶの素人の陸軍が、しかも海軍に内緒で、ということは技術協力を全く仰がず、
ゼロから作ろうと言うのです。
ある陸軍省の人物は、
「東条さんから『海軍に相談すると、きっと反対されるから黙って極秘でやれ』
と言われたから」
と、2の理由を説明しています。
そして造船所という造船所で、海軍の息のかかっていないところは一つもない。
もちろん潜水艦のノウハウに詳しい人物も一人としていない。
誰が作る?どこで作る?どうやって作る?
もう出だしから暗澹たるこの状況。
しかし不思議なことに、この後1年で陸軍の栄えある潜水艦まるゆは、
できてしまうのです。
まるで漫画の4コマ目のようなこの進捗状況。
早稲田の理工学部を出ているというだけですべて任された
ある意味犠牲者とも言える塩見少佐は、嘘か真か当初
「こうなったら木造でもいいんだ」
などというシュールなことを言われたそうですが、
この人の並々ならぬ頑張りが、無茶もいいところの計画を形にしたと言えます。
取りあえず。
製作に当たっては造船所が使えないので、
「潜るだけでいいんだから、水圧に強い円形にすればよい。
丸いものを作るのが得意な工場といえば、缶詰工場だ」
などという妙案も採用され、結果的にボイラー工場、機関車製造製造工場、
そして鉱山機械の製作所などといった工場が選ばれました。
しかし、潜望鏡の製作は陸軍には勿論、民間会社にもお手上げです。
仕方なく、海軍にもらいに行きました。
内密であったとはいえ、事が動かしがたくなってから、
正式に陸軍は海軍のお偉方に説明し、要所要所での援助を仰ぎました。
「陸軍なんかに潜水艦はできん」と鼻で哂う海軍軍人も勿論いましたが、
見るに見かねたのか、同情したのか、陸軍が輸送を一端でも受け持ってくれれば、
我が方の負担も軽減するという考えか、海軍も次第に協力を惜しまないようになっていました。
しかし、中途半端に助けを求めるので、例えば
「設計図を見るとあまり役に立ちそうにないので、海軍の技官が
『こちらで設計し直した方がいいのではないか』
と提案すると
『もう材料を設計図に合わせて切ってしまったからどうしようもできない』
と陸軍は答えたため、それを使って何とかせざるをえなかった、
というようなこともあったそうです。
そして、完成。
またまたウィキペディアからの引用ですが
海軍関係者も招待して潜行試験が行われたが、(中略)試行錯誤を繰り返し、
やがて艦体はなんとか水面下に完全に没したが、今度は単に沈没しただけだった。
その様子を見て「落ちた(沈没した)」と見 学していた海軍が騒然となる横で、
陸軍一同は潜水成功と勘違いし、満面の笑みで万歳三唱する有様だった。
と、まるで陸軍側がお馬鹿さんであるかのように描かれています。
どうやら、これは少し「印象操作を誘う、厳密ではない表現」であるようです。
陸軍は、ゼロからの開発にあたって「西村式潜水艦」という、
民間の一水産業者の発明した、豆潜水艦を手本にしています。
西村一松という、学歴もないのに独学で船舶を建造してしまうほどの「才人」が
1929年、すでに自走性と作業性を持った世界初の潜水作業艇を自費制作していたのです。
この民間人は陸軍の嘱託として、この潜水艦建造に知恵を貸しており、
それゆえ試作品「まるゆ第一号」は西村式潜水艦と同じ、
「停止の姿勢でそのまま沈む沈降型」
で、浮いた姿勢からいきなり「すぽ~~ん」と潜って行きました。
陸軍側はもともとそのつもりですから「潜った、潜った」「大成功」と大はしゃぎ。
ところが、海軍の潜水艦は水上航走の姿勢から潜航に移るものなので、
「落ちた」「落ちた」(沈没のこと)
と、見ていた海軍軍人たちは騒然となった、ということのようです。
もともと戦闘を目的としていないまるゆは一刻でも早く沈んで隠れられれば良かったのです。
早い話、「敵が来たときだけ水中に隠れることができる機能を持ったフネ」
を陸軍は作りたかったのですから。
海軍的には「常識では考えられない、危ない」というシロモノであっても、そして
その通り、その後技術的に問題百出であっても、
取りあえず、陸軍潜水艦「まるゆ」は船出をしてしまいました。
一体、これ、どうなるんでしょう。
当事者には申し訳ないのだけど、その無謀さに思わず涙ぐんでしまう、
この奇々怪々な陸軍潜水艦・・・・・。
当然予測される、まるゆに乗り込んだ人々の苦労について(そりゃ苦労も多かろう)、
また別の日にお話ししたいと思います。
それにしても、冒頭「青の6号」ですが・・・・・。
世界の国が一致団結して悪の組織に立ち向かっていく、というこの世界の構図の中で、
まずこの後予想されるのは、間違いなく大国同士の主導権争いでしょう。
そして補給や武器輸出、戦略や戦闘法で意見がまとまらず、
政治家や企業が絡み、次第に味方同士対立が深まっていくことは必至。
我が日本の帝国陸海軍が、互いを「敵国海軍」「敵国陸軍」と呼んだように、
きっとこの漫画の同盟国の間でも
「敵国日本」「敵国アメリカ」と相手を呼び合って・・・・・・・・あれ?