カーネギーサイエンスセンターで展示公開されている、
第二次世界大戦終戦直前に就役した潜水艦「レクィン」内部ツァーです。
前回はこの艦内区画の9番にあるコントロールルームと、
その出口にあるレイディオ・シャック(通信室)を見ました。
ここで次のコンパートメントに移動します。
今日は2番であるメスデッキ、乗員食堂をご案内します。
この楕円形のコンパートメント間のハッチですが、
もちろん水密ドアが設置され、いざとなるとそれは閉じられました。
左に見えているのがコンパートメントドアです。
次の区画に入るとすぐに右手(左舷側)にゴミ捨て用のハッチがあります。
これは直接外と繋がっているため、開閉には細心の注意が必要でした。
ハッチの蓋には、
「開ける前に必ず説明書を読むこと」
と書いてあります。
ここは乗組員全員の胃袋を満たすための調理を行うギャレーです。
ここにくるととたんに展示にやる気というか、工夫が見られます。
ミートミンスミキサー(肉をミンチにする機械)と、手前には
アメリカのキッチンでは欠かせないブレンダーがあります。
ブレンダーはキッチンエイド製品だとターゲットなどで2〜30ドルで買えます。
単純な機構なので、値段もトースター並みに安いのかと。
棚の上にはハインツの「スィートレリッシュ」の缶詰が見えます。
レリッシュというのは薬味というか、日本だと漬物的位置の添え物で、
みじん切りにしたきゅうりのピクルスのことを指し、
アメリカ人はこれをホットドッグなどに付けて食します。
ピッツバーグはハインツの発祥の地であり、現在も
最初のハインツの工場が残っていますが(現在はアパートになっている)
ここでハインツ製品が強調されている理由はそれだけでなく、
ここピッツバーグに「レクィン」を運んでこられたのも、
ハインツ創業者ヘンリー・ハインツの孫である上院議員、
ジョン・ハインツ3世 Henry John Heinz III 1938-1991
の尽力があったからです。
アメリカのキッチンでは欠かせないブレンダーがあります。
ブレンダーはキッチンエイド製品だとターゲットなどで2〜30ドルで買えます。
単純な機構なので、値段もトースター並みに安いのかと。
棚の上にはハインツの「スィートレリッシュ」の缶詰が見えます。
レリッシュというのは薬味というか、日本だと漬物的位置の添え物で、
みじん切りにしたきゅうりのピクルスのことを指し、
アメリカ人はこれをホットドッグなどに付けて食します。
ピッツバーグはハインツの発祥の地であり、現在も
最初のハインツの工場が残っていますが(現在はアパートになっている)
ここでハインツ製品が強調されている理由はそれだけでなく、
ここピッツバーグに「レクィン」を運んでこられたのも、
ハインツ創業者ヘンリー・ハインツの孫である上院議員、
ジョン・ハインツ3世 Henry John Heinz III 1938-1991
の尽力があったからです。
コーンスターチはとろみをつけたりお菓子の材料にしたりします。
その向こうの「ポッパーズ・チョイス」というのを調べると、
その向こうの「ポッパーズ・チョイス」というのを調べると、
コーン油(弾力性と低飽和度)とココナッツ油(味とサクサク感)
を独自にブレンドした非分離、非水素添加のポッピングオイル
ココナッツ・オイル(味とサクサク感)が独自にブレンドされている
ポッパーズ・チョイスは、コレステロールを含まず、
ココナッツ・オイルよりも飽和脂肪酸が55%低い
原材料 大豆油、ココナッツオイル、ベータカロチン(着色料)、
ナチュラル&ノンオイル
ということらしいのですが、これを調理に使っていたんでしょうか。
を独自にブレンドした非分離、非水素添加のポッピングオイル
ココナッツ・オイル(味とサクサク感)が独自にブレンドされている
ポッパーズ・チョイスは、コレステロールを含まず、
ココナッツ・オイルよりも飽和脂肪酸が55%低い
原材料 大豆油、ココナッツオイル、ベータカロチン(着色料)、
ナチュラル&ノンオイル
ということらしいのですが、これを調理に使っていたんでしょうか。
それにしても手前のチョコレートメレンゲパイ美味しそう・・・。
左の茶色い袋は海軍でローストしたオリジナルコーヒー入り。
「ネイビークロージング」がコーヒー?と不思議ですが、
ブルックリンには昔からブルックリンネイビーヤードというのがあり、
現在もここでは海軍公式グッズを販売しています。
Brooklyn Navy Yard
左の茶色い袋は海軍でローストしたオリジナルコーヒー入り。
「ネイビークロージング」がコーヒー?と不思議ですが、
ブルックリンには昔からブルックリンネイビーヤードというのがあり、
現在もここでは海軍公式グッズを販売しています。
Brooklyn Navy Yard
床に転がっている白い袋はブラウンシュガー入り。
海軍でも健康志向で精白砂糖は避ける傾向にあるのでしょうか。
海軍でも健康志向で精白砂糖は避ける傾向にあるのでしょうか。
日本の鉄板焼きレストランなら、この一切れが四人分になって出てきそう。
手前の「モートンソルト」ですが、現在でもアメリカで食用を始め、
工業、農業用から道路用の塩を販売しているシカゴ本社の会社です。
アメリカで最もよく知られた10代広告のうちの一つ、
モートン・ソルトのロゴ「モートンガール」。
ところで、このステーキを焼いている鉄板なのですが、
これは本稿を作成しているとき住んでいたAirbnbのキッチンコンロで、
真ん中の鉄板部分を
これは本稿を作成しているとき住んでいたAirbnbのキッチンコンロで、
真ん中の鉄板部分を
プランチャPlancha
というらしいです。
というらしいです。
真ん中の部分を火を下ろした鍋類を置くためのものだと思っていましたが、
MKに言われてこの下にバーナーがあるのを知りました。
一般家庭にも時々あるこのシステム、一度にたくさんステーキを焼く
潜水艦のギャレーなら常備しておくべきかもしれません。
MKに言われてこの下にバーナーがあるのを知りました。
一般家庭にも時々あるこのシステム、一度にたくさんステーキを焼く
潜水艦のギャレーなら常備しておくべきかもしれません。
床のグレーチングごしに階下の様子が見えます。
ここはコールド・ストレージ / パントリー、冷蔵庫と食品庫です。
ここには哨戒中に必要な食料品が4.5トンの量貯蔵されていました。
■「針路を”デザートコース”に取れ」
パイが登場したところで、余談です。
「 荒れた海を通過することは、
レーダーピケット潜水艦の操舵を容易にするだけでなく、
潜水艦のパン焼き係の寿命が延びる」
何その風が吹けば桶屋が儲かる的な?逸話。
この話は艦内の掲示板に書かれていました。
この好例は我が「レクィン」で起こりました。
ある晩「マンブレース作戦」に参加中のピケット潜水艦「レクィン」、
嵐の中、大西洋で海上を任務哨戒していたときのことです。
パン焼きのチャールズ・ベドウェルは、そのとき潜水艦の小さな調理室で
パンプキンパイを焼こうとしていたのですが、
ある晩「マンブレース作戦」に参加中のピケット潜水艦「レクィン」、
嵐の中、大西洋で海上を任務哨戒していたときのことです。
パン焼きのチャールズ・ベドウェルは、そのとき潜水艦の小さな調理室で
パンプキンパイを焼こうとしていたのですが、
パイをオーブンに入れるのと同じ速さで潜水艦が荒れた海の中を転がるので、
中身が詰まったパイの中身は全て床にぶちまけられてしまいました。
彼がパイ焼きを諦めかけたとき、艦長がコーヒーを飲みにやって来ました。
そしてパン焼き係の窮状を見て、ブリッジの当直士官に、
ただちに潜水艦の針路を変更するよう指示を出したのでした。
って作戦はもうええんかい。
中身が詰まったパイの中身は全て床にぶちまけられてしまいました。
彼がパイ焼きを諦めかけたとき、艦長がコーヒーを飲みにやって来ました。
そしてパン焼き係の窮状を見て、ブリッジの当直士官に、
ただちに潜水艦の針路を変更するよう指示を出したのでした。
って作戦はもうええんかい。
変更されたあとの針路は「パンプキンパイコース」、
または「デザートコース」と呼ばれることになり、
ベドウェルはもちろん、乗組員全員が幸せになりましたとさ。
どっとはらい。
■ クルーズ・メス
クルーズメスのテーブルはこの4つだけです。
一度に座って食事ができるのは24名、ということですから、
一つの椅子に男三人が腰掛けるということですか。
まあ、潜水艦勤務の男たちは基本スマートなので座れるでしょうけど。
テーブルにはバックギャモンなどゲームの面がプリントされていて、
彼らはここで食事、休憩、映画鑑賞の時間を過ごしました。
一度に座って食事ができるのは24名、ということですから、
一つの椅子に男三人が腰掛けるということですか。
まあ、潜水艦勤務の男たちは基本スマートなので座れるでしょうけど。
テーブルにはバックギャモンなどゲームの面がプリントされていて、
彼らはここで食事、休憩、映画鑑賞の時間を過ごしました。
メスとギャレーの間にはここにも受け渡し窓があります。
棚の上にはスポンサーのハインツ缶詰がずらり。
アップルソース、トマトケチャップ、アプリコット、ビーツの缶が
棚の上にはスポンサーのハインツ缶詰がずらり。
アップルソース、トマトケチャップ、アプリコット、ビーツの缶が
まるで商品見本のように並んでいます。
カウンターにはトースターと並んで映写機がセッティングされています。
今日はムービーナイトですか。
今日はムービーナイトですか。
ところでまじまじと見ても何かわからなかったのがカウンター横のこれ。
アルファベットと数字の組み合わせでウィンドウの中の何かを選ぶようです。
アルファベットと数字の組み合わせでウィンドウの中の何かを選ぶようです。
もしかしたらジュークボックス的な?
その下にはかつての「レクィン」で乗組員が休憩時間を過ごしている写真が。
こちらの二人はトランプ、向こうの二人はゲーム盤で対戦しています。
右側に積み上げられたパンとコーヒー豆がリアル。
壁には自衛隊でも見られる艦マークの盾、
ブルティン(コルクですが)ボードには今は写真しか貼ってありません。
右側に積み上げられたパンとコーヒー豆がリアル。
壁には自衛隊でも見られる艦マークの盾、
ブルティン(コルクですが)ボードには今は写真しか貼ってありません。
通信が来た時のためのヘッドフォン、そして据え付けられた時計は
通常のものとちがい、24時間時計となっています。
窓のない潜水艦は昼と夜を太陽で確認することができないので、
灯りの色でそれを表しますが、さらにこれがあるとわかりやすいですね。
盾は基本的に交換することによってコレクションされます。
上左から:
SS257/ SS568「ハーダー」
SS481「レクィン」
SS555「ドルフィン」
下左から;
SSBN64「ベンジャミン・フランクリン」
SSN615「ガトー」
SS34「クラマゴア」(Clamagore)
このほかにも、カウンターの横には
SSN720「ピッツバーグ」
SS41「バップ・ドス・デ・マヨ」(BAP Dos de Mayo)
SSN720「ピッツバーグ」
SS41「バップ・ドス・デ・マヨ」(BAP Dos de Mayo)
の盾があります。
バップ「ドス・デ・マヨ」は聞いたことがありませんでしたが、
ペルー海軍がエレクトリック・ボート社に発注した潜水艦です。
ドス・デ・マヨという名前は、スペイン・南米戦争中の1866年に
カヤオで戦われた同名の戦いの勝利に敬意を表して命名されました。
バップ「ドス・デ・マヨ」は聞いたことがありませんでしたが、
ペルー海軍がエレクトリック・ボート社に発注した潜水艦です。
ドス・デ・マヨという名前は、スペイン・南米戦争中の1866年に
カヤオで戦われた同名の戦いの勝利に敬意を表して命名されました。
ボードに貼られた写真も見ていきましょう。
「レクィン」甲板での乗員記念写真は、士官以外全員が砲の上。
下の写真は艦長の離任式でしょうか。
絵葉書にはフロリダのどこかの港が描かれています。
右:サインがあるのでおそらく女優のプロマイド
左:甲板での一シーン。カラーなので1960年以降でしょうか。
右はこれも女優かな。
左はファミリーデイか何かで、かーちゃんと嫁(妹かも)
が潜水艦見学をしにきた時の記念写真でしょう。
こういうときに、潜水艦乗員は彼女らのことを
スナッチ・イン・ザ・ハウス(Snatch in the house)
=潜水艦に乗船している女性
と呼ぶということは先日スラング集で書きましたが、当時の女性は
こんなときにもスカートを履いていたので、ハッチから降りてくる時、
ハッチ下に「走り出す」輩が「レクィン」にいなかったことを願うばかりです。
=潜水艦に乗船している女性
と呼ぶということは先日スラング集で書きましたが、当時の女性は
こんなときにもスカートを履いていたので、ハッチから降りてくる時、
ハッチ下に「走り出す」輩が「レクィン」にいなかったことを願うばかりです。
甲板にやってきたお客様。
溺者救助の方法は誰にでもわかるところに常備です。
続く。
この頃、どうだったかは知りませんが、潜水艦で火災になると総員「名誉の戦死」に直結するので、調理室は(今は)オール電化です。
>荒れた海を通過することは、レーダーピケット潜水艦の操舵を容易にするだけでなく、
潜水艦のパン焼き係の寿命が延びる。
この頃のレーダーは、今のように360度回るアンテナではなく、一定方向に向けっぱなしだったと思います。動揺が多い針路だと、感度も下がるので、調理員が苦労している姿を見るまでもなく、動揺が少ない針路にしなかったのかなと思いました。
日本海軍や海上自衛隊では、戦闘中等、緊迫した状況でなければ「食事針路」と言って、調理や食事の時間には動揺の少ない針路にする習慣があります。
>一度に座って食事ができるのは24名ということですから、一つの椅子に男三人が腰掛けるということですか。
米軍でどうかはわかりませんが、日本海軍や海上自衛隊の潜水艦の食堂ではぎゅうぎゅう詰めで座るので、右利き(右手でお箸を持つ)だと、左手は食卓には乗せず膝に置いて、隣の人に当たらないようにします。
煮物とかスープ作りに調理釜が必要ですがオーブンレンジの上に釜を置いて使用となっているようです。
日本ではこれに足して炊飯器が必要で「おやしお」級までは四角い蓋つき飯缶を数個入れて炊飯する潜水艦専用電気炊飯器がありましたが、「そうりゅう」以降料理店使用の5~3升焚きの大型電気炊飯器に変わったそうです。場所もとらず保温もできるとして重宝されていると参照文献には記述されています。
同書に旧海軍でも電気調理器を使用と書かれていますが現代のように無洗米もない時代、炊飯がどのようにされていたのか筆者の元海自調理研究家も資料がないと書かれています。
参照海人社「世界の艦船」No766
これほど狭い区画でテンチ級は乗員80~90人の食事を提供するのは驚かせられますが現代でも時々取材され報道もありますが広くはないです。
冷蔵庫も狭いようですが献立の逆順に格納する等大変面倒な手間が必要です。
潜水艦給養員の長年かけて編み出した調理法や乗組員の食生活と健康を預かっているとの自負で贅沢ではないが美味しい考えられた食事が提供されているとのことです。
なお認められている海自予算は1日3食ですが潜水艦の食料単価が高い分を工夫して潜水艦特有の当直に合わせ4食としていると記述されています。
>ゴミ捨て用のハッチ
ハンドル取り付け軸が3個付いていますがラックとピニオン式の厳重なロック機構となっています。
2重ロックとなっており、投入後内蓋閉鎖ロック後、外蓋解放等ハンドルが1個で必ず一か所での使用で錯誤しないようにしているようです。
ごみ捨ては海面で漂流して行動が分からないように袋に残飯類と錘を入れて排出となっていたと思います。
Ⅱ代目の「タング」級6隻の最終艦 SS568の楯でⅠ代目の楯デザインも取り込んでいるのではと思います。Ⅰ代はガトー級195隻の1艦で1942年12月竣工1944年8月24日ルソン島沿岸で日本船団攻撃中第22号海防艦の爆雷攻撃で戦没。
2代目 ドイツ潜水艦ⅩⅩⅠ型をモデルの米海軍最初の水中高速攻撃潜水艦。水上1,821t、全長82m、水上速力15.5kt、水中速力18.3kt、53.3㎝魚雷発射管艦首6門、艦尾2門、安全潜航深度213m、乗員83名、1952年8月竣工、1974年2月イタリアに譲渡
SS555「ドルフィン」
深深度潜航実験潜水艦 2018年1月エリス中尉見学当ブログ掲載、要目等省略
SSBN64「ベンジャミン・フランクリン」
SSBN640 ポラリス原潜ラファイエット級31隻の1艦 1965年10月竣工、1993年11月退役
水上排水量7,325t、全長129.5m、加圧水型原子炉1基、蒸気タービン2基、1軸、15,000馬力、水上速力16kt、水中21kt、SLBM16基、53,3㎝魚雷発射管4門、安全潜航深度396m、乗員140名
SSN615「ガトー」
Ⅱ代目 米海軍最初の攻撃型原潜「スレッシャー級」14隻の1艦 1968年」1月竣工、1996年4月除籍
水上排水量3,930t、全長89.1m、加圧水型原子炉1基、蒸気タービン2基、1軸、15,000馬力、水上速力15kt、水中28kt、53.3㎝魚雷発射管4門、安全潜航深度396m、乗員94名
SS34「クラマゴア」(Clamagore)
SS-343 ガトー級195隻の1艦 1945年6月竣工、1975年6月除籍
SSN720「ピッツバーグ」
攻撃型原潜「ロスアンゼルス級」62隻の1艦、1985年11月竣工、2019年8月退役
水上排水量6,080t、全長110.3m、加圧水型原子炉1基、蒸気タービン2基、1軸、35,000馬力、水中速力32kt、53.3㎝魚雷発射管4門、安全潜航深度推定300m、乗員133名
SS41「バップ・ドス・デ・マヨ」
ペルー海軍との事で探しましたが戦後であれば 米ガトー級潜水艦SS-403「アテュール」とSS-406「シー・ポーチャー」が1974年7月売却されています。
SS-403のSS-48「パコーチャ」が1988年8月カヤオ沖で日本漁船と衝突、沈没しました。
その他の潜水艦はドイツ209型6隻を1974年から1983年輸入、就役させて近代化等を施工して現在も現役ですがSS-31「アンガモス」、32「アントファガス」、33「ピサグア」、34「チパナ」、35「イスライ」、36「アリカ」の艦名です。
該当しませんでした。
参照海人社「世界の艦船」No567、970、988
ヘイワースの顔には見覚えがあったので、「誰だっけ?誰だっけ?」と悩みながら結局思い出せないので特定を諦めました。
リタ・ヘイワースは映画「ショーシャンクの空に」で囚人たちが「ギルダ」を鑑賞し、例の「グローブストリップ」でエキサイトしまくるシーンがありましたよね。