日曜礼拝は私の当番でした。
お話の要点は
聖徳太子と親鸞聖人…残された言葉は違えども、お二人の意味するとことは同じ。
★聖徳太子…「我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ」(十七条憲法10条)
★親鸞聖人…「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、
そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、
きえず、たえずと…(一念多念文意)
★聖徳太子…「世間は虚仮なり。唯仏のみ是れ真なり」(天寿国繍帳面)
★親鸞聖人…「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもってそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」(歎異抄)
★聖徳太子… 「和らかなるをもつて貴しとなし、忤ふる こと なきを宗となす」(十七条憲法1条)
★親鸞聖人…和とは柔軟信=信心
…「それ衆生ありて、この光に遇ふものは、三垢消滅し、身意柔軟なり。歓喜踊躍して善心生ず。もし三塗勤苦の処にありて、この光明を見たてまつれば、みな休息を得てまた苦悩なし」(仏説無量寿経)