7日、ロシア南部のソチで開いた有識者との「ワルダイ会議」に出席したプーチン大統領=ロイター
プーチン・ロシア大統領の誇大妄想、ここに至れり。ツァーリ(皇帝)のおごりと言ってもいいかもしれない。7日に開いた有識者との「ワルダイ会議」での演説は、そう驚かされる内容だった。
「我々は普遍的な権利と自由、絶対的多数の国々の存在と発展のための可能性を守っている。かなりの程度、ここにわが国の使命がある」
プーチン氏は自ら始めたウクライナ侵略を、米国とその同盟国以外の「絶対的多数の国々」の「存在と発展」に向けた戦いだとすり替えた。
世界の支配へ向かう者を「今後も止める」と述べ、米主導の世界秩序を終わらせると主張した。
ウクライナへの侵略戦争では、同国への米欧の支援にもかかわらず力攻めを続け、戦場での優位を固めた。10月下旬には、中印など新興8カ国とつくるBRICSの首脳会議をロシアで盛大に主催し、約20カ国の首脳を招き、外交的に孤立してはいないとアピールした。
国内経済は表面的には好調だ。慢心するのも分からなくはない。
ロシアの独立系メディア「メドゥーザ」によると、演説後、ロシア大統領府は政府系メディアに演説をどう報じるべきか、次のような助言を与えたという。「新しい世界秩序のドクトリン」を提唱する「世界最大の指導者」――。
「皇帝」を持ち上げるプロパガンダだと一笑に付するのは簡単だ。だが、冷戦に敗れたロシアは、多極世界という新しい世界秩序を構築して反撃に転じる計画を、ソ連崩壊直後の30年近く前から練ってきた。それはプーチン氏の宗教的な狂信にも支えられている。
プーチン氏が新世界秩序を唱えたのは、2007年2月にドイツ・ミュンヘンで開かれた安全保障の国際会議だった。
前年には中ロ印とブラジルの4カ国が、英語の国名の頭文字から取ったBRICsの初の外相会議を開いていた。
「世界成長の新しい経済的潜在力が政治的な影響力に転じ、多極性を強化していく」。プーチン氏はミュンヘンでこう述べ、冷戦後の米国一極支配を否定し、地域大国や様々な地域統合が並立して世界秩序を主導する「多極世界」が生まれつつあると主張した。
実は冷戦後のロシアで「多極世界」の構築を、初めて提唱したのはプーチン氏ではない。エリツィン政権下の1996年、当時外相だったプリマコフ氏が雑誌に発表した論文ですでに論じ、21世紀のロシア外交の進路を示した。
衰退したロシアが西欧の超大国への対抗心を捨てられないのは、大国主義への執着だろうか。それだけではない。
西欧のローマ・カトリックや異教と対立や衝突を繰り返す中で正教を守護してきたと自任する民族的な遺伝子に一因がある。
プーチン氏は今月7日の演説で、米国が「自らの例外的優位性やリベラルでグローバル主義的なメシアニズム」を追い求めているとも批判した。メシアニズムは、自らが神につかわされ、世界を救うといった意味の宗教的用語だ。
反西欧で共闘するロシアのプーチン大統領㊨とロシア正教会のキリル総主教
(11月4日、モスクワでのロシア正教会の展示フォーラムで)=AP
現在のロシアやウクライナを中心とする東スラブは10世紀、現ウクライナ南部クリミア半島で正教を受容した。
16世紀前半には、崩壊したビザンチン帝国に代わってロシアが正教を守り、キリスト教世界全体も救うという政治理論「第3のローマ」が生まれた。
ロシアは自国民や異民族に対する「抑圧国家」の歴史で知られる一方、この「第3のローマ」理論で独自のメシアニズムも持つ、複雑な遺伝子を備えた。
これが、領土の大きさだけでは説明しきれないロシアの大国意識の源泉だ。正教会の保守主義に染まるプーチン氏も米欧との対立で危機感を募らせれば、反西欧の「使命」を持ち出す。
「ロシアが立ち上がり、悪の全面的な支配、つまり反キリストの到来を食い止めている」。ロシア正教会のトップ、キリル総主教は侵略や米欧との戦いをこう位置づける。
正教会とプーチン氏が誇大妄想を共有し、米欧に危うい逆襲を仕掛けている。