晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

城山三郎 『落日燃ゆ』

2011-06-06 | 日本人作家 さ
毎年、八月十五日近くになると、テレビでは戦争関連の特別番組
が放送され、たまにバラエティなどでも街行く若者に「八月十五日
は何の日か知ってる?」と聞いて、素っ頓狂な答えをしてスタジオ
の人たちが苦笑い、なんていう番組もあったりします。

考えようによっては、戦争を知らないことがどれだけ幸せか、とも
思えるのですが、しかし太平洋戦争が終わった後でも世界のどこか
で戦争は起こり、今でもどこかで行われているので、つまり日本は
ただ“安全”なのであって、地球は“平和”ではないのです。

『落日燃ゆ』は、極東裁判によって死刑宣告された7人のA級戦犯
のなかでただ1人だけの文官、広田弘毅の生涯を描いた作品で、広田
は、福岡県の小さな石屋に生まれます。親から付けてもらった名前は、
ただ丈夫に育ってほしいという願いから「丈太郎」でした。

福岡市の中心部にある水鏡天満宮の南鳥居の掲額にある(天満宮)の
文字は、当時小学生だった丈太郎の筆によるもので、それくらい字が
上手だったとのことで、それだけでなく勉強の才能もあり、親は石屋
を継がせたいと考えていましたが、まわりの説得により、丈太郎を
中学に進学させます。

勉強は学年で常に上位、禅寺へ通い修行もし、町の柔道場で稽古も
休まず続けたという文武両道な少年でした。この柔道場は玄洋社とい
う政治結社の経営で、そこでは柔道だけでなく、論語なども学んだ
のです。

丈太郎が中学4年のときに日清戦争が勃発、しかし衝撃だったのは
翌年の講和会議後の出来事、日本史で習うところの「三国干渉」で
した。ロシア、フランス、ドイツの横やりが入って、日本は講和会議
で獲得した遼東半島を清国に返還しなければならなくなったのです。
たしかに国力は海外の列強に劣るものの、それにしても外交力の無さ
を嘆いた丈太郎は、これからは武力のみではなく優れた外交官が必要
と思い、すでに陸軍士官学校の願書を出していたのを取り下げ、一高、
東大へと進むことを決意します。

中学を卒業した丈太郎は名前を「弘毅」と改名します。これは好きな
論語の一節からとったもので、外交官になると自分自身にいいきかせ
るための改名でした。

東大に進学した広田は、同郷の先輩のつてで、学生でありながら外務省
の現職外交官と交流を持ち、なんと密名で満州、朝鮮、シベリアへ偵察
に行くことになります。この報告書は外務省の内外問わず評価が高く、
その後勃発する日露戦争に関する有益な情報でした。

外務省と太いパイプを持った広田ですが、最初の外交官試験には落ちて
しまいます。仕方なく大学院に進学し、勉強に励みます。
このとき、朝鮮総監府の属官として現地に行く話があり、あれやこれや
で広田は福岡時代の幼なじみだった静子と結婚することに。

朝鮮での勤務の合い間をぬって勉強し、一時帰国して今度は外交官試験
に合格します。これで本省入りして本物の外交官となります。この年の
同期には、吉田茂がいました。

そうして広田は清国公使館に配属、その後、ロンドンの在英大使館に赴任
(北京の広田の後任には松岡洋右)。
それから本省に呼び戻されるのですが、ここから省内の出世街道を進み、
そこで醜い足の引っ張り合いもあってオランダに飛ばされもし、それでも
広田の外交官としての有能ぶりは政府からも注目されていて、省のトップ
に登りつめます。

しかしこの時代の日本は、これからまさに暗黒時代へと足を踏み入れようと
していたのです。その間、広田は外務大臣、そして首相に就任します。

終戦後の裁判で広田が特に重い罪で被告となったことに彼を知る人たちは
驚き嘆きますが、当の広田は、軍の暴走を許して戦争を止められなかった
と、あまんじて受け入れようとします。

連合国側にとって、軍は文民統制ができていて当たり前であり、政府が軍の
なかば言いなりだったことは信じてもらえず、検察側は、外務大臣と首相
経験者の広田を「文官代表」として裁こうと、あらゆるでっち上げを持ち出
して有罪にします。
いよいよ刑場に入るそのシーンは、悲しみ、怒り、なんとも現し様のない
気持ちになります。

ここ数ヶ月、新聞やテレビを目にすると、震災復興のために「挙国一致」
などという言葉が踊り、この本を読み終わったあとだけになんだかうすら
寒くなってしまいます。

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