前の阿部内閣の外相や首相だったときから幾度かの暴言、不適切な発言で物議を醸していた現副総理の麻生氏がまた問題発言をしました。憲法改正の論議は喧噪のなかでするのでなく、きちんと改正するべきだと言っておおよそ次のように論じました。
「ヒトラーは民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って出てきた。いかにも軍事力で取ったように思われるが全然違う。ワイマール憲法という当時ヨーロッパで最も進んだ憲法下にあってヒトラーが出てきた。常に憲法が良くても、そういったことはあり得る。ワイマール憲法もいつの間にか変わっていて、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね。本当に、みんな、いい憲法と、みんな納得して、あの憲法が変わっているからね。」
ヒットラーはワイマール憲法下で合法的に政権を握りましたが、その後彼は国会放火事件をでっち上げ、「全権委任法」を成立させ、憲法の機能を停止させました。麻生氏は事実誤認をしていて,「ナチス憲法」などというものはありません。ヒットラーが独裁者になる過程は、確かに「合法的」な装いをとっていましたが、およそ民主主義的なものではありませんでした。このようなヒットラーの「手口に学んだらどうかね」という麻生氏の歴史感覚を疑います。当然のことながら麻生氏の発言は日本の野党や識者から批判され与党内からも批判の声がありましたが、国際的にも反響を呼びました。中でも米国の代表的なユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は批判声明を発表し、「真意を明確に説明せよ」と求めました。
これらの批判に対して麻生氏は発言撤回のコメントを出しましたが、概略「憲法改正については、落ち着いて議論することが極めて重要であると考えている。この点を強調する趣旨で、喧噪に紛れて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげたところである。私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。ただし、この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい」というものですが、問題になった発言を読み直しても「ナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである」とは、到底読み取れません。上記のユダヤ人人権団体のクーパー副所長は『毎日』紙の電話インタビューに対して、「民主主義のプロセスの重要性を話すなら、なぜナチスを例示したのか不可思議だ」と述べたようです。これについては麻生氏は「誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい」とあっさりしたものです。しばしば見られる日本の政治家の言葉の軽さをここでも感じました。
言葉の軽さと言えば、今回の麻生発言を日本維新の会の橋下共同代表は、「ナチスドイツを正当化したような趣旨では全くない」と理解を示し、「行き過ぎたブラックジョーク」として「政治家でこうした言動をやろうと思ったら、こういう批判は出るんだろう。エンターテイメントの世界とかならいくらでもあると、これまた軽率な発言をしています。例えエンターテイメントの世界ではあっても、ヒトラーやナチスドイツのことを軽々しく出すことは自粛されているはずです。この発言に対しても前述のクーパー副所長は「広島、長崎、ナチス、大虐殺でジョークが入り込む余地はない」と批判しています。麻生氏にしても橋下氏にしても問題発言をしても批判されると撤回はするが謝罪しないというところは共通しています。
なお麻生氏は問題発言の冒頭で「単なる護憲、護憲と叫んでいれば、平和が来るなんて思っていたら大間違いだ。改憲は単なる手段だ。目的は国家の安寧と繁栄と国土、我々の生命、財産の保全、国家の誇り。従って狂騒、狂乱の中で決めてほしくない」とも言っています。「護憲」と言えば、狂騒、喧噪と捉える、彼の憲法改正論議に関する考えをよく示しています。