中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

1年ははやく巡り

2009-02-28 11:34:57 | 身辺雑記
 今日は妻の命日。11年過ぎた。光陰矢の如しを改めて実感する。それもあるが、日が速くたつたと思うのはこの1年だ。去年は10年祭をしたが、あれから1年はあっという間に過ぎた。それなりにいろいろなことはあったが、過ぎてしまうと何だか1年はだんだん短くなっているような気さえする。年を取ったせいなのだろうか。

 今年も卒業生からは供花が届けられた。Hg君やHr君と同級生だったS君の姉からだ。S君も私が顧問をしていたクラブの卒業生だが、卒業後ほどなく腎臓炎を悪化させて亡くなった。その姉も同じ高校の卒業生だが、あまり会ったことがないのに妻には親しみを持ってくれていた。妻が逝った年から毎年欠かさず花を贈ってくれる。弟が生きていればきっとしたでしょうからと言ってくれる。有難いことだと感謝している。

 Hg君の奥さんは桃と菜の花をくれた。彼女もHg君と同じクラブの卒業生で、妻は彼女を愛称で呼び、とても親しんでいた。花が大好きだった妻に卒業生達からの心づくしの花を供えてやると、卒業生は有難いものだとしみじみ思い、教師をしたことの幸せを思う。

 11年前のあの日も今日のように晴れた日だった。その明るさが無性に悲しかったことを思い出す。病の苦しみから解放され、安堵して静かに眠っているような穏やかな顔が忘れられない。記憶の最後にある妻の顔が、穏やかで優しいのは心が休まることだ。

略奪者の言い分

2009-02-27 10:40:04 | 中国のこと
 1860年の第2次アヘン戦争のときに、北京に乱入した英仏連合軍が、清朝の離宮だった円明園から略奪した「十二支動物像」のうちの2体がパリでの競売にかけられたことが論議を呼んでいる。

 競売にかけられたのは、西欧建築群のある円明園にあった噴水時計の一部だった銅製のネズミとウサギの頭部像で、高名なデザイナーの故イブ・サンローラン氏が所有していたものを遺産相続者が出品した。中国はかねてから清朝末のアヘン戦争などの歴史は欧米帝国主義諸国の中国蹂躙の国辱としていたが、この円明園の十二支像はその象徴としていて、この競売には反発して競売中止を求める訴訟をパリの裁判所に起こしたが却下され、競売は予定通り行われた。落札価格は予想を上回り、それぞれ1570万ユーロ(約19億5000万円)、計約39億円で競り落とされた。
          

 中国側は、中国にこの像の所有権があるのは疑いの余地がなく、海外に流出した文化財は中国に返還されるのが当然だと主張したが、オークション会社は「像は合法的に取引されたもの」と言い、所有者も「像を中国へ返還するつもりはない。中国政府はこのような問題にかかわるより、自国の人権問題に関心を寄せた方がよい」とか「亡命しているダライ・ラマをチベットに戻すならば返還してもよい」とコメントしたそうだ。

 19世紀末の英仏などの列強の帝国主義的横暴は目に余るもので、中国での自国の権益を拡大維持するために清朝に圧力を加え、果ては軍隊を送って威圧した。アジア諸国を植民地化してきたからアジアとその民族に対する蔑視もあったのだろうが、このイギリスやフランスなどの帝国主義国家の軍隊の品性はきわめて低く野蛮だったようで、貴重な美術品などの略奪を伴った破壊を行った。そのため中国の貴重な文化財が世界各地に流出した。円明園も徹底的に破壊、焼き尽くされ、それは屈辱の歴史を思い起こさせるために、今も廃墟のままで残されている。




 2体の像は「合法的に」取引されたものと言っても、本をただせば非合法な略奪品だ。最初はさほど高価なものとはみなされなかったかも知れないが、金持ちのマニアの間でやり取りされている間に高価なものとされるようになったのだろう。合法的とか何とか言っても、しょせんは故買の類としか思えない。

 まして現在の所有者の、「返還するつもりはない、中国はこのような問題にかかわるより、自国の人権問題に関心を寄せた方がよい」などという言い草は非常に驕慢なものだ。確かに中国には人権問題が存在していることは事実だし、その改善を求めていくことは必要だろう。しかし己の国の過去の、それもたかだか150年ほどの前の、近い過去の悪行には口を拭い、単なる金持ちが人権云々を言うのは笑止だし、盗人猛々しいと言いたくなる。個人が小荷物にして持ち帰れるようなものではないから、当時の英仏軍の、すなわちイギリスやフランスという国家の犯罪の証の品なのだ。彼らの中には今も抜きがたいアジア蔑視があるのだろう。

 西安の李真は中国の近代史は屈辱の歴史だから好きではないと言った。好き嫌いは別にして、清朝末の自国の歴史には屈辱を覚える中国人は少なくないと思う。そのような中国人の鬱積した感情は忖度しなければならないだろう。

 行ったことはないが、大英博物館など欧米の博物館には、貴重な世界の文化財が展示されているようだが、その中には帝国主義の時代に各地から持ち帰ったものもあるのだろうし、中には略奪品に等しいものもあるかも知れない。それでも現地にあれば破壊されたり盗まれたりする危険が多かった時代に、持ち帰って博物館に収納してこれまで安全に保管し、多くの人たちの目に触れることになったことは評価できる。だが、今回の清朝時代の像については、単なる個人の収蔵品で、しかも投機の対象になっているから、何か納得できないものがある。

 略奪された十二支像のうち、過去にも競売に出され在外の中国人富豪に落札され中国に寄贈されたものも5体あるようだが、いまだに5体は所在が分からないようだ。消滅してしまったのか、今も誰かが密かに個人所蔵し、1人で悦に入っているのかも知れない。



  


老老介護

2009-02-26 10:39:50 | 身辺雑記
 東京都大田区で、87歳の無職の男性が死亡しているのが発見されたという記事を読んだ。

 老人は年金生活者で、80歳の認知症の妻と知的障害を持つ51歳の息子と3人暮らしで、買い物や食事の準備、施設の送迎など、妻と息子の介護をしていたという。先月の半ばに妻が近所の知人女性に、最近お父さんが食事しないと話し、その女性が家を訪れて、布団の中で亡くなっている男性を見つけた。死後1週間以上が経過していたという。妻も息子も老人が亡くなったことが分からなかったようだ。警察の調べでは、死因は脳出血とのことだ。

 妻は1年以上前から認知症を患っていたようだが、それまでは息子を中にして、楽しそうに歩く姿が見かけられ、近所でも仲の良さが評判だったらしい。昨年4月に大田区の職員が息子のことで家庭訪問したときに妻が認知症であることを知り、介護保険の申請を勧めたが、男性は「私はまだ元気だから面倒は見られる。当分は死なないよ」と笑って断ったという。家事一切をしていた男性は、妻には「座っていればいいから」と言っていたようだ。妻は「本当に優しくしてもらっている」と感謝していたと言い、夫が亡くなったことを知らされて、これからが心配、何よりも寂しいと漏らしているそうで、胸が詰まるような思いがする。

 近所の知的障害者援護施設に通う息子の送り迎えも欠かさず、息子の手を引き、絶えず気配りしていたという。介護は大変だったらしいが、それでも施設の職員にも愚痴をこぼすことなく、辛さを感じさせない明るさがあったとのことだ。妻に対しても息子に対しても本当に優しく愛情を注いでいた姿が想像され、尊く思う。残された妻と息子は、大きな支えを失ってこれからどうしていくのだろう。隣近所の親切にも限界があるだろうし、行政はどれほどのことができるのか。他人事ならず気にかかる。

 市井の片隅で起きたこの出来事は、高齢化社会の問題、福祉の問題が複合していて、決して例外的な悲しい物語ではないだろう。もし自分だったらどうするだろうと考える。妻が今も在世していたら、認知症になっていることもあるかも知れない。私も妻にはそれなりに愛情を持ってはいたが、いかに愛情が深くても、毎日の厳しく辛い生活に耐えられるものか。心は揺らぐ。亡くなった男性は明るく振舞っていたそうだが、一日の生活を終え、眠りに就く前には、いったいどのようなことを思っていたのだろう。若いときから50年以上も障害を持つ息子を抱え、齢90を迎えようとする頃に妻が認知症になるとは、辛く思い人生だ。生きる望みを失ってしまっても不思議ではない。現に老老介護に疲れ果てて、配偶者を手にかけてしまうようなことも起こっている。87歳にもなるこの男性の心根と気力にはただただ言葉もないが、わが身に置き換えてみるとはなはだ心もとなくなってしまう。


大坂城(大阪城)

2009-02-25 09:25:11 | 身辺雑記
 Hg君、Hr君、邵利明(明明)と大阪城公園に行った。戦後関西に住みつき、大阪市内には何度も行っているが、大阪城には行ったことがなかった。Hg君もHr君も30年ぶりとかでもちろん明明は初めてである。

 現在の大阪城の天守閣は3代目で、豊臣秀吉が1583年(天正11年)に築城を開始したのが、最初のものである。1615年(慶長20年)、大坂夏の陣で大坂城は落城し、豊臣氏は滅亡した。その後、1620年(元和5年)から2代将軍徳川秀忠によって大坂城の再建が始められ、1629年(寛永6年)に完成した。これが2代目大坂城である。江戸時代にはたびたび火災に遭い、天守も焼失した。昭和に入って天守の再建が計画され、1931年(昭和6年に完成した。太平洋戦争では米軍の空爆を受け、櫓など多くの遺構は焼失したが、天主は被災を免れた。

 南外堀と六番櫓(国の重要文化財)




 大手門(右)と千貫櫓(いずれも国の重要文化財)


 明明が乗りたいと言ったので、ロードトレインという乗り物に乗り、外堀周辺を回って天守のある区域まで行った。


 桜門(国の重要文化財)


 城壁遺構


 現在の天守は鉄金鉄骨コンクリート造りで、5層8階。天守の土台も含めて54.8m、2~7階は展示室、最上層は展望台になっている。初層から4層までは徳川時代風の白漆喰壁だが、5層目は豊臣時代風に黒漆に金箔で虎や鶴の絵を描く。1997年(平成9年)に国の登録有形文化財に登録されている。











号泣

2009-02-24 09:26:58 | 身辺雑記
 前にも書いたのだが、新聞、テレビ、週刊誌などでよく見る「号泣」という言葉にはいつも引っかかって、何かしら違和感のようなものを感じる。

 最近インタネットで見たのは、「○○号泣!!」という出だしの記事で、○○というのはあるテレビ局の女性アナウンサーの愛称のようだが、このアナウンサーがこれまで出ていた番組を3月下旬で降板することを報告したイベントで、「大粒の涙を流した」と言うものだ。

 私などは「号泣した」と聞くと、文字通り大声で泣いたと思ってしまうから、このような記事を見ると、ちょっと大げさな表現だ、使い方が間違っているのではないかと思ってしまう。この記事に限らず、新聞や週刊誌などでは本当に号泣したような例はほとんどない。だいたい近頃は中国や韓国の葬儀の時の泣き女のように、人前をはばからず大声で泣くことなどはほとんどあるまいから、今では目を潤ませたくらいではなく、涙を流せば「号泣」と表現することが定着してしまっているようだ。その方がインパクトがあると思っているのか、言葉の意味が分かっていないのか。案外、後者かも知れないと思ってみたりする。

 号泣したのはいつごろだっただろうか。恥ずかしながら小学校2年生くらいのときに母に駄々をこねて大泣きしたことを覚えているが、多分それが最後だったろう。妻の臨終の時にはさすがに忍び泣いたが、あれを今では号泣と言うのだろう。時々、号泣したらきっとさっぱりした気持ちになるのかも知れないと思ったりして、子どもが大声で泣いていると羨ましいような気持ちになることもあるが、如何せん、この年になるとそのような機会はない。

常識の欠如

2009-02-23 10:12:37 | 身辺雑記
 辞任した前財務・金融相が世界中に醜態を晒した記者会見の後で、バチカン博物館を「視察」し、またもや物議をかもす所業をしたことが伝えられた。いい加減にしてくれと言いたくなる。

 前財務・金融相の出発前からの希望でこの博物館の見学が行われたようだが、博物館側では、特別のコースを設定して迎えたらしい。新聞などによると、博物館に到着した時から足取りはおぼつかなくふらふらし、言葉もはっきりしなかった。案内役の説明を聞かずに歩き回り、特に有名で重要な石像の前に設けてある高さ30センチほどの柵を跨いで入り込み、台座に触ったり、触ってはいけない展示品を何回か手で触ったりして、そのために警報が少なくとも1回鳴ったという。

 このような所業には博物館側では呆れたことだろうが、同行のバチカン大使や、財務省の官僚が、制止したりたしなめたりしなかったのはどういうことか。日ごろ「扱いにくい大臣」ということでもあったらしいが、やはり同行者として毅然とした態度を示すべきではなかったか。朦朧記者会見でもなぜ記者たちは、あのような状態を咎めなかったのか。せめて体調が悪いのかくらいは尋ねるべきだろう。官僚も記者も何を遠慮しているのか。まるで髭の塵を払うような卑屈な態度が品性の低い者をつけ上がらせ、結果として日本の恥を世界に晒すことに加担したのも同然のことになるのだ。

 博物館や美術館、あるいは神社仏閣などの展示物などには、断り書きがない場合でも手を触れたりしないのが常識というものだろう。現実には、何かというとすぐに手を触れようとする者が少なくないようだ。風邪薬の飲み過ぎのせいなのか、アルコールが入っていたのかは知らないが、やはり普通の状態ではないときには、本性が現われるものだ。前財務・金融相の行動は、その育ちの悪さを露呈したものだと言われても仕方がないものだろう。
 

猫の名前

2009-02-22 10:29:38 | 身辺雑記
 10年間猫を飼っていても寡聞にして知らなかったが、2月22日は「猫の日」なのだそうだ。222でニャンニャンニャンと語呂合わせしたという。この日に合わせて「どうぶつ保険」という商品を出しているある損害保険会社が、この保険に加入した0歳の猫、約8千頭を対象にして名前を調査、集計して「第5回猫の名前ランキング」を発表したそうだ。

 それによると、総合ランキングの1位はモモで、5年連続。以下、ソラ、サクラ、ココ、レオ、ヒメ、ミルク、メイ、コタロウ、マロンと続く。オスのランキングの1位はレオで、コタロウ、ソラ、コテツ、マロンがベスト5、メスはモモが1位で、以下サクラ、ヒメ、メイ、ミルクとなっている。

 我が家のメスのミーシャは総合で何位くらいになるのだろうか。もっともこの名前、拾った中学生の女の子がつけたもので、もらってから途中で変えてもと思ってそのまま使ったもので、本来は男の名前、マイケルやミシェルのロシア語だ。Hg君夫妻はメスを2匹飼っているが、そのうちの1匹はモモで、総合ランキングとメスのランキング1位の仲間入りをしている。もう1匹はノンと言う。
 ミーシャ

  モモ(Hg君撮影)

  ノン(Hg君撮影)

 同社が合わせて行った「人気品種ランキング」では、これまで人気があったアメリカン・ショートヘアを抑えて、スコティッシュ・フォールドがトップだったそうだ。アメリカン・ショートヘア、通称アメショーは知っているし、その雑種ではないかと思われるようなノラも見かけたことがあるが、スコティッシュ・フォールドはテレビで一度見ただけだ。飼い主によく懐くそうで、写真を見ると、特に子猫はなかなか愛らしく、欲しくなりそうなものだが、きっと高いのだろう。我が家のミーシャの出自はノラで美形ではないが、性格も良く可愛い。モモもノンも元はノラだが可愛がられている。

 それにしても「どうぶつ保険」というのがあることも知らなかった。以前室内犬を飼っていたときは、よく病気し、治療費は結構高いので、保険があればと思ったこともあったが、今のミーシャは丈夫で家に来て以来まったく病気をしたことがない。雑種の強みなのだろうか。この損保会社の保険に加入しているのが、0歳の猫だけで8千頭というから、かなりの数が加入しているのだろう。それだけペットというよりも家族の一員になってきているのだろう。もっとも私は犬や猫は好きで、やはり家族のような親近感は持ったが、過剰な感情移入も扱いもしなかった。テレビのペット番組を見ると、服を何枚も作ったり、誕生日に豪華なケーキを買ったりと、いささか行き過ぎではないかと思うこともある。やはり飼い主とペットの間には一線を画した方がいいと思う。




富裕層

2009-02-21 10:47:31 | 身辺雑記
 東京銀座に日本で初めてのフィンランドの高級携帯電話ブランドの直営店がオープンしたそうだ。最低で1台67万円、最高価格は貴金属などを使ったもので、ホテル予約などの要望に24時間対応するサービス、アカデミー賞作曲家による着信音付きなど、毎月の基本料は5万2500円で、価格は600万円(!)という。オープン前に数百件の問い合わせがあったそうだ。当然のことだろうが富裕層向けのものだ。

 阪神間の高級住宅地と知られる芦屋市で、全戸2億円以上(約2億1千万~約3億6千万円)のマンションが売りに出されるそうだ。大理石や、高級木材をふんだんに使った内装で、間取りはすべて3LDKで、全12戸の内9戸には、強盗などが侵入したときの緊急避難用に、広さ6~8畳のシェルターが別に設けられているようだ。ターゲットは「阪神間の山の手に住む富裕層で、高齢になったために交通の便がいい場所に引っ越したいと考える人」だそうで、すでに問い合わせは数件あるという。

 こんなことよりもかなり小さい話になるが、白いイチゴが話題になっていて、人気が高まっているという。ばら売りの場合は1個あたり約25グラム~約40グラムのもので840~1050円、お祝いの贈答品として赤と白、各6個ずつの組み合わせになると8400円になるらしい。イチゴの小売価格は昨年の12月で、5個前後で100グラム当たり154円というからかなり高いものだが、あればあるだけ、すぐに売り切れてしまうそうだ。

 「億」ションや高級携帯電話はもちろんのこと、1粒1000円くらいもするイチゴも、私にとっては、はるかに高いところにある「すっぱいブドウ」のようなもので、はなから興味の対象にもならないし、大部分の庶民にとってもそうだろう。高級携帯電話の基本料月額の5万2500円などは、独り身の年金生活者の私の1ヶ月の食費よりもはるかに高い。

 それにしても所得格差の広がりが言われて久しいが、このようなニュースに接すると改めて思い知らされる気持ちになる。悪辣な手段を使わない限り、いくらでも金持ちになることには文句をつけるほうがおかしいだろう。富裕層に属していてもつましい生活を送っている人もあるだろうし、社会事業に私財を使っている篤志家もいるだろう。しかし、600万円もする携帯電話に問い合わせが殺到したり、超高級な住宅が売り出されることには、どうしても違和感を覚えてしまう。それに金持ちが税制の面で優遇されたり、ましてや話題の定額給付金も「公平」に富裕層にも交付され、ホームレスで住民票が取得できなければ受け取れないなどということを聞くと、不公平がまかり通っているように思う。

 2世、3世のお坊ちゃま、お嬢様の政治家や、退職後も天下り先を渡り歩く高級官僚などには、この不況の中で喘いでいる庶民の生活などは、しょせんは理解の外なのだろう。

市長逮捕

2009-02-20 10:30:10 | 身辺雑記
 私の住む市の市長が収賄容疑で逮捕された。市営霊園の造成工事受注を目指す業者から100万円を受け取ったという容疑だ。

 ニュースを聞き、「またか」と思った。実は前代市長も収賄容疑で在任中に逮捕されて辞職、その出直し選挙で当選したのが現市長だ。「清く正しく美しく」と訴えて当選したが、今回の容疑の収賄があったのは当選後間もない頃らしいというから呆れる。市民はコケにされたようなものだし、政治家は口先だけではどうとでも言うところがあることを示したようなものだ。

 この市長はかねてから金銭についてはだらしがないようで、就任早々に上下水道料金や住民税など約178万円を滞納していたことが分かったが、このときには妻に任せていたと弁明、市長選で報告義務がある「運動費用収支報告書」では、支出を「0円」と記載していたことが判明し、「会計責任者の娘が多忙だったため」と釈明した。国会議員が疑惑が出ると「秘書が」と言い逃れすることがよくあったが、この市長は「妻が」、「娘が」で、何とも潔くない。自民党の衆議院議員だった時にも、政治資金収支報告書に寄付金の記載をしていなかったことなどがあったようだ。

 前市長は神戸地裁で懲役3年執行猶予5年の判決が言い渡された。確定したが、警察、検察の権力にやられたという、引かれ者の小唄のような内容の著書を出し市内の書店にも平積みされていたことがある。今回の事件の決着はどのようになるのかはこれからの経緯で分かるだろう。

  2代続けて市長が在任中に収賄容疑で捜査、逮捕されるとは何とも情けない話だ。おそらく現市長も辞職し、またまた出直し選挙が行われるのだろうが、つまらないことで余分な税金を使わなければならないことになる。今度はどんな候補者が出てくるのだろう。また口当たりのよい言葉が選挙戦では飛び交うのだろうが、今度こそは市民は2度あることは3度あるというようなことにならないように、冷静に審判を下さなければならない。


議論下手

2009-02-19 10:28:05 | 身辺雑記
 新聞の投書欄にある大学生が政治を論ずることについて意見を述べていた。前半ではこう言っている。

  私は最近、政治についての議論のあり方そのものに限界を感じている。テレビやインターネットのやりとりを見ていると、延々と自分の意見を押し付ける。意見を受け入れてもらえなければ「あなたの意見なんて説得力がない」。
 相手が事実関係を間違えたり、納得できない発言があると、バッシングして相手を傷つけ悪者にしようとする。
 こんな「議論」はただの批判合戦である。若い世代には「そういうややこしいものに巻き込まれたくない」という政治へのアレルギーが生まれてしまうのだ。

 この意見はよく分かる。私もテレビの討論番組を見ると、つくづく議論が下手だなあと思うことがよくある。政治討論だけでなく、何かの問題で賛否両論を述べ合うときには、議論が高まってくると、相手の発言中なのにさえぎって自分の意見を声高に述べる。相手もすぐには引っ込まないから、まるで調子外れのデユエットのような状態になり、まことに聞き苦しい。この投書を見たすぐ後で、たまたまある討論番組を見たが、ちょうど政府紙幣発行の賛否について意見を闘わせていたようで議論も終わりに近かったが、まるで怒鳴り合いのような状態だった。深刻な議論の場ではなく、むしろバラエティー番組仕立てのようなものだったが、対立する相手に向かってがなりたてている発言者達が阿呆のように思えた。

 今でもやっているかどうか知らないが、以前徹夜で議論するテレビ番組があったようで、それを見た知人が、出演者の老人が議論が錯綜して興奮し、相手に向かって「黙れ、若造」と怒鳴っていたと嗤っていた。これは極端だろうが、とかく討論番組にはありがちなようで好きではない。ワイドショーでもそういう傾向があり、なぜ相手の意見を最後まで聴いてから自分の意見を言わないかと思う。「オレは、オレは」というような態度は見苦しい。それにとかくとんがったトーンの口調になることもあり、これは国会の委員会の質問者にもある。穏やかに相手に切り込むほうが効果的だろうと思うのだが、何かしら余裕がないのだ。

 日本人は議論が苦手なのだろうか。米国では小学生くらいの時から学校でディベートを教育するそうで、日本でも最近はその必要性が言われているようだが、まだまだの状態だろう。特にオトナの世界では、みっともないことが多いようだ。