中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

イモリ

2010-05-31 08:54:42 | 身辺雑記
 自然観察している弟が、自分の観察記録のサイトを持っていることは前に紹介した。その5月26日の記録に「群れるイモリ」というのがあった。



 この弟の記録写真には、中央あたりに3匹のオスがかたまっていて、はじめはその中にいたが抜け出して移動しているメスが左下に見える。自分を取り合いするオスどもの争いはごめんというところか。オスは顎が張っていて、尾は扁平である。写真でははっきりしないが尾には鮮やかな色(繁殖時期に見られる婚姻色)が出ている。メスの頭部はなだらかで、尾は剣のように細長く尖っている。

 イモリは私の大好きな動物で、また想い出もある。私は学生や院生の頃には両生類の研究をしている教授についていた。よく知られているように両生類は魚類と爬虫類の中間に位置する動物で、水中に生活する有尾類(イモリの仲間)と、陸上でも生活できる無尾類(カエルの仲間)とがある。私は学生の頃はカエルを実験材料にしていたが、卒業して就職すると教授からイモリで研究するようにと言われた。就職してからしばらくは張り切って毎日イモリを相手にしていたが、日々の授業の準備とクラブの顧問としての指導に追われ、何よりも私の才能のなさもあって、腰砕けになってしまった。しかしそれ以来イモリはカエルに劣らない好きな動物になった。

 
 繁殖期になると婚姻色が鮮やかになったオスは、メスに近づく。そしてメスの左側に寄り添う場合は、右の前足をメスの首のあたりに置き、尾をぐっと曲げてメスの目の前に持っていき、ひらひらと波動させる。自分の婚姻色を誇示するディスプレイと言う行動だ。短い前足をメスの首に置くオスの様子は何とも愛らしいものだ。

 しばらくするとオスはメスから離れて何事もなかったように歩き出す。もしその後をメスがついていくとめでたく合意成立である。やがてオスは水中にぽとりと白い精子の入った袋(精子嚢)を落とす。メスはその上に来ると総排泄腔に精子嚢を吸い込む。この間オスは一度もメスのほうを振り返ったり、待つようなこともしない、まことに呆気なくそっけない婚姻だ。メスも精子嚢を探したりしないで通過するだけなのに、どうやってうまくそれを体内に取り込めるのだろう。そのあたりの仕組みは知らない。

 メスは精子を体内に蓄えておき、産卵のたびに受精させる。イモリはカエルのように一度に大量の卵を産むことはしないで、卵を1個ずつ水草の葉に柏餅のように包む。

 イモリはよくヤモリと混同されるがイモリは両生類、ヤモリは爬虫類だ。よく生徒に、水の中にいるから井守、家に住むから屋守などと教えたものだ。

 日本のイモリは腹部が赤く「アカハラ」と言う。日本には奄美や沖縄のシリケンイモリやイボイモリを除きアカハラ1種だけだ。だから人為的には違う地域のイモリ同士でも受精は可能だが、自然界では住む地域によってディスプレイのタイプが違っていて、交配が成立しないこともあるようだ。先輩の1人がそんなことを研究していて、毎日のようにコンクリートの水槽に放した各地の雌雄のイモリの婚姻行動と睨めっこしていたので、イモリの仲人などと冷やかしたりした。

おじいさん

2010-05-29 09:16:01 | 身辺雑記
 麗江の旅に同行してくれた広州中国青年旅行社の伍海珠は、旅行中に私を「おじいさん」と呼んでくれるようになった。

 西安やウルムチ、上海の友人達は前から私を「爺爺イエイエ」とか「おじいちゃん」、「おじいさん」などと呼んでくれているし、東京の旅行社に勤めている施路敏は「じいちゃん」と言う。私は中国の友人達にこのように呼ばれるのがとても好きだ。皆、孫と言うにはだいぶ大きいが、それでもたとえば、西安の謝俊麗に電話するといつもまず、「爺爺嗎イエイエマ?(おじいちゃん?)」と言うので、本当に孫娘と話しているような気持ちになる。

 日本の知人達は皆もう若くないから、私を「おじいさん」と呼ぶことなどはないし、街などでそのように呼びかけられることも少ない。記憶しているだけでこの10年間に3、4回あったくらいだ。と言って、若く見られているということでは勿論ない。一度だけ5年ほど前に中国の農村部のある学校を訪れた時に、階段ですれ違った女生徒に「叔叔好シュウシュウハオ(小父さんこんにちは)」と挨拶されて「叔叔か・・・・」とまんざらでもない気持ちになったことはあった。日本では「おじさん」と呼ばれることなどは期待もしないし、もし呼ばれたら、むしろくすぐったいような落ち着かない感じを覚えるだろう。やはり「おじいさん」、「おじいちゃん」がいい。

 もっとも日本では「おじいさん」とか「おばあさん」と呼ばれると不機嫌になる年寄りはあるらしい。そう呼ばれて「私はあんたのおじいさんではない」とか「あなたにおばあさんと呼ばれることはありません」などと決め付けたということを聞いたことがある。そういう応対は何か可愛げがない。

http://blog.goo.ne.jp/ryoyokota200608/e/ae4933674d52d55855a1aa546545fcf5

 麗江の少数民族の納西(ナシ)族は老人のことをオーローと呼ぶようだが、これは60歳や70歳の人に使ってはいけないと、現地ガイドの張金娥さんが教えてくれた。ナシ族では80歳以上になると老人なのだそうだ。そうすると私もまだ老人ではないことになる。日本では老人、年寄りと言うのを憚って高齢者と言うことが多いが、何か堅苦しい感じがするし、行政用語の「後期高齢者」などは感じが悪く、「後期」があるのなら、その後は「末期」かと突っ込みを入れたくなる。

 私の父は76歳で膵臓癌で死んだが、入院中に若いナースから「おじいちゃん、・・・・しようか」と言われて機嫌を悪くし、「キミは言葉遣いが悪い」と叱ったそうだ。父は気難しい性格ではなかったが、少々堅苦しいところがあったからこのような物言いをしたのだろうが、今その父の年齢になっている私がそのように言われたら、その若いナースを孫娘のように可愛く思うのではないだろうか。もっとも病院では患者を「おじいちゃん」などと呼ぶことは禁じているかも知れない。

 年寄りは年寄りらしく・・・・と言っても、何も卑屈になったり、引っ込み思案したりすることはない。長い年月、それなりの人生を生きてきた気概と誇りをもって、「おじいちゃん」、「おばあちゃん」という呼びかけを鷹揚に受け止めればいいと思う。

     
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行列

2010-05-28 09:33:34 | 身辺雑記
 私は行列に付くことが苦手だ。止むを得ない場合には仕方がないが、好んで行列の後に並ぼうとは思わない。よく「行列のできるラーメン屋」などというのがある。どれほど旨いのかは知らないが、しょせんラーメンだ。ラーメンは好きだが、行列してまで食べようとは思わない。それにそのような店だとたとえ座れて食べ始めても、後から並んでいる客が気になってゆっくりできないだろう。しかし、行列が苦にならない人もいる。中には行列があると、先には何があるのか確かめもしないで並んでしまう人もいるらしい。行列ができるくらいだからいいものがあるに違いないとでも思うのか。どうも理解できない。

 バカバカしい記事を読んだ。米国のあるドーナツメーカーのドーナツが人気だそうで、行列が絶えないことで知られているようだが、3年前に東京の有楽町で2号店が開店したときには400人が行列を作り、一番乗りを果たした30代の女性会社員は前日から22時間待ち、12個を購入したそうだ。記事には「やっと手に入れたドーナツを笑顔で見つめた」とあったが、正直言って言葉は悪いが「たかがドーナツで22時間。バカみたい」と思った。今年の3月にこの店は名古屋でも開店したが、初日は900人の行列ができて待ち時間は9時間に及んだそうだ。5月には大阪でも開店し、前夜からの徹夜組もあったらしい。どうせ開店後はいつでも買えるのに、なぜ徹夜までして開店を待つのか。販売店が雇ったサクラだという説もあるようだが、平和と言うか、能天気というか、何と言うか、まったく理解に苦しむ現象だ。単なるドーナツがどうしてここまで人を駆り立てるのか、群集心理を利用した販促の効果なのかも知れない。

 ちなみにこのドーナツ、高カロリーということで、本家の米国の特にニューヨークやロスなどの大都会では敬遠されて売れ行きは芳しくないそうだ。このメーカーを日本に誘致したのはLという菓子メーカーのようで、商売上は目論見は図に当たったのだろうが、本家であまり評判がよくないものを大々的に前宣伝しながら、わざわざ日本に持ち込まなくてもいいのにとも思った。

 私は人ごみと行列は敬遠する。だから中国の友人からよく、上海万博には行かないのかと尋ねられるが、これこそ人ごみと行列の極致のようなものだ。それにそもそも万博というものにまったく興味がないので、1970年に大阪であった万博にも行かなかった。私は好奇心は強いほうだと思っているが、万博はその対象外だ。まして行列を目にして好奇心をそそられることなどはまったくない。ドーナツのための行列などは論外だ。


尺貫法

2010-05-27 09:47:34 | 身辺雑記
 今回の改訂では196字が常用漢字表に追加されたが、削除されたものもある。勺、錘、銑、脹、匁の5文字で、どれも今ではその役割を終えたような漢字だ。

 この中で勺と匁は、かつては日常生活に深く関わっていた「尺貫法」で使われていた漢字で、勺は量の、匁は重さの単位だった。長さや面積などの単位は現在はメートル法が使われてそれに慣れてしまっているが、これは1959年1月1日から施行されたもので、それ以前は長さの単位には丈、尺、寸、分、重さは貫、斤、匁、容積は石、斗、升、勺、距離は里、町、間、尺、面積は町、反(段)、畝、坪(歩)、尺平方などが使われた。中でも日常の買い物では重さや容積の単位がよく使われたから、今回常用漢字表から削除された匁や勺は、子どもにもなじみのものだった。

 1959年は昭和34年で、もう50年以上も前のことになるが、私は昭和33年の12月の初めに結婚したから、新婚早々の妻はひと月足らずの間は匁で、翌年からはグラムで買い物をしたことになる。今でこそグラムは当たり前のことになっているが、当時は匁(もんめ、め)とグラムの切り替えで主婦達は大いに頭を悩ませた。それまでは精肉などの買い物には100匁単位ですることが多かったから、それがグラムになると、100グラムというのは1匁は3.75グラムだから約27匁、それでは少ないから400グラムをなどと混乱した。それに買い物には100匁単位ですることが多かったからどうしても100という数字が頭にあって、それが100グラムになると何だか少なくて損をしたような気分にもなることはあったらしい。店先に換算表を掲げる商店があったかどうかは知らない。とにかくちょっとした混乱だったが、しだいに100グラムはこんなものかと分かってきて落ち着いた。

 升や合も日常生活では酒や醤油などで使われる馴染みが深い単位で、今でも「一升瓶」などという言葉は残っていて、これを「1.8リットル瓶」と言うのは何か味気ないように思うのは懐古趣味だろうか。

 米を計るのに枡を使った。木製の一升枡とか一合枡があって、米を山盛りに掬ってから細長い棒などを使って余分を落とす。家で飯を炊くときにそうやって米を計っていた母の姿が懐かしい。飯を大食いすることを「一升飯を食う」などと表現した。今でも炊飯器には「3合炊き」とか「5合炊き」とかいう表示が残っている。米1升はおよそ1.8㎏あるが、その量を搗いてつくって丸めた餅を一升餅と言った。

 シャクトリムシ(尺取虫)という蛾の幼虫がいる。移動する時には細長い体の頭部を前方に伸ばし、次に後部を頭の後ろに引き寄せることを繰り返す。その様子が「いっしゃあく、にしゃあく・・・」と尺を取る(測る)ように見えることから付けられた名だが、今の子どもには尺から説明が要るだろう。

 「寸分違わぬ」とか「寸が詰まる」などという言葉は今でもあるが、死語に近いのかも知れない。

 尺貫法の単位は商取引や証明の際に使用することは禁止され罰則規定もあるようだが、民間では慣習的に使われることは、例えば何反の畑とか、何坪の敷地などと言うことはあるし、伝統的な業種、例えば和服業界などで使用することは黙認されているそうだ。

 尺貫法は中国起源の単位系で、東アジアでは広く使用されてきたが、現在では公式にはすべて国際単位系に移行している。しかし中国や韓国では今も民間レベルでは尺貫法が使われているようだ。これに関したことは前にも書いた。もっとも尺貫法と言うのは日本固有のもので、本家の中国では貫ではなく斤を使うから尺斤法と言う。
  http://blog.goo.ne.jp/ryoyokota200608/e/3e255e95ac656e3c54f646325717e0cf

 サンドイッチをつくろうと思って、パン屋でその厚さに切ってもらおうとしたら「1斤ですね」と確認され、ああ、パンは斤だったなと、最近パンを買うときには特に意識はしていないので改めて思った。今日本で重量の単位で斤を使うのはパンだけだそうだ。中国とは違って尺貫法の斤は600グラムだが、パンの場合は英斤(听 ポンド)に由来し、本来は1ポンドは約450グラムなのだが、包装食パンの表示に関する公正競争規約により、1斤は340グラム以上とされているということだ。。

 常用漢字表から削除された勺や匁からいろいろと思いついたことを記した。





常用漢字

2010-05-26 09:05:15 | 身辺雑記
 常用漢字が改定される。1981年に決まった現行の1945字に196字が追加されたり、5字が削除されたりする。その結果、改定常用漢字表は2136字になる。

 追加される漢字の中には憂鬱の鬱や、語彙の彙、傲慢の傲、毀損の毀など、長らく手書きしていないので頭の中には何となく形は出てくるが、いざ書くとなるとちょっと自信がないものがある。やはり私も最近はパソコンのワードで「書く」ならぬ「打つ」ことが多く、手書きすることは手紙以外には少なくなっていることが原因しているのだろう。今回の文化審議会国語分科会の答申案では「漢字表のすべての漢字を手書きできる必要はない」と言っているのだが。

 常用漢字は日常の使用に必要なものとして選定されたもので、漢字使用の目安であって制限ではないから、強制力はない。実際定められた常用漢字表だけしか使えないとなると新聞などでは作成上不便が出てくるからマスメディアのほとんどは、常用漢字のほかに使用可能な漢字を独自または任意に選定して常用漢字に準用している。一般的な新聞は、日本新聞協会用語懇談会が示す新聞漢字表に基づき、それに各社で多少手を加えて、漢字使用を運用しているそうだ。

 それにしても、今回追加された漢字を見ると、へえ、こんな漢字もこれまでは入っていなかったのかと、改めて思った。例えば私が住む近畿地方の畿、その近畿地方にある大阪の阪、奈良の奈などがある。県名に関するものとしては他にも岐阜の阜、茨城の茨、岡山、福岡の岡、埼玉の埼、山梨の梨、鹿児島の鹿などが今回追加されたものだ。鹿と言えば。熊や虎、鶴、などもこれまではなかった。蜂蜜の蜂も蜜も今回追加。日常なじみの麺も追加された。もっとも麺は手書きするとなると左側の偏はどうだったかなと少し迷うこともあるかも知れない。

 漢字と言えば本家は中国だが、その中国では漢字の書体はすべて簡体字になってしまった。例えば麺は「面」、葉は「叶」。喫は「吃」だ。このようは字は日本にもあり、意味が違うから紛らわしい。日本で使われていた旧体漢字が使用されているのは、今では台湾と香港と在外中国人社会だけになった。台湾の「臺灣」などは懐かしいが、昔は小学生でも上級生になると、このような難しい文字を覚えなくてはならなかったから大変だった。漢字文化圏だった韓国やベトナムでは今では漢字は使われていないが、日本ではこれからも日本の文化として漢字は使われていくだろう。今回の改訂の答申案では「今後、情報機器がさらに日常化・一般化しても漢字の手書きは重要で、漢字の習得と運用能力の形成のために不可欠だ。手書き自体が大切な文化と言える」と言っている。私にはちょっと耳が痛いことだ。


むずむず脚症候群

2010-05-25 09:19:02 | 身辺雑記
 病気というものは俗に万病と言われるくらいさまざまなものがあり、難病、奇病の類も数知れない。幸い私はこれまでは難病、奇病とはもちろん、ごく普通の病気ともほとんど縁がなかった。強いて言えば脊椎間狭窄症で少々鬱陶しいこともあったが、それも最近は気のせいか、症状は緩和してきているようだ。

 そんなことだから、「むずむず脚症候群」という病気があることを知った時には、こんな病気もあるのかと驚いた。病名は聞き慣れないものだが、話を聞いてみると奇病のようなものではなく患者もかなり多いようだし、患者自身に及ぼす影響の深刻さからすると難病と言ってもよいものらしい。

 むずむず脚症候群は専門的には下肢静止不能症候群とも呼ばれ、慢性的に体の末端に不快感や痛みのある病態のようだ。フリー百科事典Wikipediaによると、

 自覚症状としてはじっとした姿勢や横になったりしていると主に下肢の部分に「むずむずする」、「じっとしていられない」、「痒い」だけでなく、「ピンでなぞられているような」、「針で刺すような」、「火照るような」、「蟻やミミズなどの虫が這っているような」などの異様な感覚が現われ、時には「振動」のような感覚まで感じたりする場合もある。また「激しい痛み」を感じるなどさまざま。この苦しさは「脚の中に手を突っ込んでかき回したいぐらい苦しい」と表現する患者もいて、この症状の辛さを表している。

 これはたまらない辛さだろうと思う。この症状は主に夕方から夜にかけて現われ、夜就寝しようとすると出てくるから眠れない。やっと寝付いても、脚は無意識に何度も痒みなどの症状を抑えようとする動きをするから眠りは浅くなる。当然のことながら昼間には眠たくなる。我慢ができないほどの睡魔にとらわれて、車の事故を起こした例もあるとのことだ。医師に相談に行っても、ほとんどが原因不明とされ、睡眠薬をもらうだけらしい。しかし睡眠薬を飲んでも症状は改善されないから、時には心因的なもの、ウツなどと診断されてしまうこともあるようだ。中には10数年間も原因不明で放置されていた例もあるとのことだ。

 患者の苦しさは、脚がなくなってもいいから眠りたいと思うほどのものらしい。私などは、夜ベッドに入ってちょっと足などに痒みがあると何度も掻かなくては我慢できないくらいだから、上のような症状が毎晩のように出て長く続いては、ノイローゼ状態になっても当然だろう。

 患者は意外に多く、欧米では、1200万人、日本でもある医師の調査では推定およそ130万人、症状の軽い人も含めると200万人近くいるらしい。さらに認知度が低いことから見て潜在患者も想定すると約500万人近く存在するとも推測されている。患者は各年代にわたっているが、40歳以上の中高年に多く、特に40~60歳の女性に多く見られると言う。不眠症患者の10人に1人の割合でこの病気の人がいると考えられているようだ。

 病因については未詳のこともあるようだが、しだいにこの病気は医師の中でも理解されるようになり、治療薬も見つかっていて健康保険対象にもなっているらしい。とにかく、疑わしい症状が出たら「不眠」という言葉がつく専門の科(例えば不眠症外来)や医師に診てもらうことだそうだ。私には今のところ無縁のことではあるが、心得ておこうと思っている。

   http://www.muzumuzu.org/overview/secretariat.html


淡路島に花を観に(5)

2010-05-24 09:06:19 | 身辺雑記
 行きは明石大橋を渡ったが、帰りはフェリーを利用した。明石市と淡路の北端、岩屋の間の明石海峡を20分で結ぶフェリーは、明石淡路フェリー株式会社が運営するもので、航路の愛称を明石らしく「たこフェリー」と言う。あさしお丸とあさかぜ丸の2隻が運行しているが、私達が乗ったのはあさかぜ丸だった。高速道路のETC利用者の1,000円割引の影響で利用者が減少し、フェリーの経営はなかなか苦しいらしい。

 岩屋港


 途中ですれ違ったあさしお丸。船腹にタコが描かれている。


 岩屋港を出たフェリーはしばらくすると明石大橋をくぐり抜ける。








 明石大橋は、神戸市垂水区東舞子町と淡路市岩屋とを結ぶ、長さ3911m、最大支間長1991m、高さ(主塔)298.3mの世界最長の吊り橋である。1998年(平成10年)から供用が開始された。

 神戸市側。


 淡路側。


 主塔。


 明石海峡。


 明石港に停泊する海上保安庁の船。

淡路島に花を観に(4)

2010-05-22 10:02:30 | 身辺雑記
 明石海峡公園に隣接して、やはり10年前の淡路花博の会場だった淡路夢舞台がある。ここに大温室があり、今は「奇跡の星の植物館」となっている。この大温室の内部はいくつかの展示区画に分けられていて、それぞれ「プランツギャラリー」「トロピカルガーデン」「花と緑のある暮らし」などと名付けられている。

 奇跡の星の植物館遠景


 乾燥地帯の植物










 熱帯地方の植物










 シダ植物






 ニホンサクラソウの展示








 万年青(オモト)の展示






 大盆栽


 フラワーショー









 (日曜日はブログを休みます)


淡路島に花を観に(3)

2010-05-21 09:20:40 | 身辺雑記
 今回のバスツアーの主目的地は、10年前に開催された淡路花博(正式名称は「国際園芸・造園博 ジャパンフローラ2000」)の跡地に造られた、淡路島国営明石海峡公園と淡路夢舞台で、「淡路花博2010 花とみどりフェア」が開催されていた。平日なので会場は空いていた。

明石海峡公園
 広い敷地内には低い丘陵のような起伏があり、さまざまな花が遊歩道のそばに咲いている。
 
 ゲートと案内板。




 園内に入ると「タコトピアリー」というユーモラスな花の作り物がある。明石はやはり蛸である。


 明石のもう一つの名物、鯛か。


 滝のテラス。


 新緑。




 道端の花。














 ポプラの丘。


 密植された草花が描く図が美しい。








 ヒナゲシの群生。




 花火鳥。震災からの再生と復活の祈りを込めたもの。高さ4m、長さ30m。


 園内をめぐる電気列車。






              

 

淡路島に花を観に(2)

2010-05-20 09:22:38 | 身辺雑記
 淡路の南にある南あわじ市の南端まで行った。ここは花とは関係ないが、淡路島と四国を結ぶ大鳴門橋があり、その下の鳴門海峡に渦潮ができるので有名になっている。

大鳴門橋
 兵庫県南あわじ市と徳島県鳴門市の間の鳴門海峡両端を結ぶ吊り橋。1985年6月8日に開通した。橋長は1,629m、幅は25m、主塔の高さは144.3m。向こうが徳島側。





 
鳴門の渦潮
 鳴門海峡は瀬戸内海と太平洋を結ぶ幅が約1.3kmの海峡で、1日に2回大量の海水が瀬戸内海に流れ込み、また1日に2回瀬戸内海から流れ出す。そのときに複雑な海底地形の影響も受けて、時速13~15km(大潮の時には20km)で流れる潮流は、両岸に近い穏やかな流れの境目に大きな渦をつくる。
 訪れた時はちょうど大潮の日だったが、最高潮に達するという正午にはまだ時間があったので、渦は巻きはじめだった。