中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

落とし穴

2011-08-30 10:44:13 | 身辺雑記

 石川県金沢市の23歳になる若い夫婦が海水浴場の浜辺に掘った落とし穴に落ちて2人とも死亡した。この落とし穴はその日の午後に妻が友人達と掘ったものだった。夫婦はこの4月に結婚したばかりで、妻が誕生日を迎える夫を驚かそうとして友人達と掘ったのだそうだ。

 

 落とし穴は2.4メートル四方、深さ2.5メートルの大きなもので、よくもこのような大きな穴を掘ったものだと思うが、穴の底にはマットレスが敷かれ、上にはブルーシートをかけて砂で覆ってあったという。午後10時過ぎに2人は連れ立って海岸の砂丘に入り落とし穴に落ちた。2人とも上半身が砂に埋まっていて、およそ1時間後に消防署員に救出されたが意識がなく、搬送された病院で死亡が確認された。胸部圧迫による窒息死だった。おそらく頭から落ちてその上に砂が崩れ落ちたのではないか。ブルーシートを支えるために周囲に相当量の砂が積んであったらしい。

 

石川県の河川課によると、海岸法の規定で、海岸の土地で深さ1・5メートルを超える穴を掘る場合には県知事の強化が必要なのだそうだが、妻や友人達からは許可申請は出ていなかったし、仮に申請されても落とし穴を掘る目的では許可は出さないということだが、当然だろう。

 

 どうも理解できない事故だ。妻は穴を掘った後で家に戻り、夫を連れ出したが、暗いので誤って一緒に落ちたようだ。それにしても深さが2.5メートルもある穴に落ちたら周囲の砂が崩れ落ちることがあることには、妻も友人達も考えが及ばなかったのだろうか。十数人の友人達はクラッカーなどを持ってその辺りにいて様子を見守っていたらしいが、穴が深かったために救出が遅れたのだろう。まさに墓穴を掘ったようなものだ。妻は誕生日に夫を驚かそうとしたと言うが、落とし穴に落ちれば誰でもびっくりする。それがどうして誕生日のプレゼント(と考えたのだろうが)になるのか。プレゼントなら何かを砂浜に埋めておいて、それを夫に掘り出させて驚かせたほうがよかっただろうにと思う。そのあたりは今時の若い人と感覚が違うのか。それに一緒に掘った友人達も何人いたかは分からないが、ふざけ心なのだろうが、若い人達の考えることには理解できないものがある。

 

 気の毒としか言いようがない夫は、何が起こったのか分からないままに死んだのだろうが、まさか自分まで落ちるとは思わなかっただろう妻は、どんな思いで死んだのか。かわいそうだが、23歳にもなれば、その年齢相応の思慮、分別もあってもよいのに、本当に愚かしく浅はかなことだと思う。そのようなことを思いついたこと自体が、落とし穴に嵌ったようなものだろう。

 

 

 


江戸時代のことば

2011-08-29 10:36:54 | 身辺雑記

 よく若者ことばと言われるが、若者ことばには何を言っているのか分からないものがあるようで、このあたりではあまりないが、東京あたりに行くと女子高校生同士が話しているのを聞いても、年配者にはさっぱり判らないと聞いたことがある。僅かな歳月の間にもことばは変化するものだから、ましてや百年、千年たてばどれほど変わるものか。ずいぶん前に古代のことばを復元したのを聞いたことがあるが、「パピプペポ」という音が多く、まったく日本語とは思えなかった。映画やドラマなどでは現代から過去の時代にタイムスリップする話があるが、それが江戸時代であってもことばがほとんど通じないだろう。

 

 私は時代小説が好きで、藤沢周平、山本周五郎や、北原亞以子、宇江佐真理その他いろいろな作家のものを読むが、作中の人物が話すことばが気になることも少なくない。もちろん例えば江戸時代のことばそのままではなくても、そこは現代風にアレンジされていることは当然で、とくに違和感がないことは多いが、中にはどうかと思うようなものがあって、白けてしまうこともある。あるよく売れているらしい男性作家のものを買ったのだが、その作品の冒頭に、稲荷神社に安産祈願に来た若い夫婦の次のような会話が出てくる。地の文は省略する。

 

 「男と女とどっちが欲しいの? もちろん男の子でしょ?」

 「そんなことはない」

 「ただなあ」

 「なあに?」

 「女だったらおいらに似ないで欲しい。雪乃に似てもらわないと困る」

 「馬鹿ねえ。そんなの平気よ」 

(中略)

「ああ、あいつはいつでもそうだ。でも、表情がきれいな女がいいとか、わけのわからねえことは言ってるぜ」

「全然わからなくないわよ。(以下略)」

 

 まるで現代小説の中の会話で、江戸時代の普通の庶民の男女の会話にしてもおかしいのに、これが奉行所の同心と妻女の会話という設定なので呆れてしまった。それで、その後はこの本は読む気が起こらず放っておいてある。

 

 その点では藤沢周平の作品は違和感を覚えることもが少なく読める。もちろん当時の言葉遣いそのままでないことは当然だが、そこが作家としての力量だろう。『龍を見た男』(新潮文庫)に作家の小松重男氏が解説しているが、同じようなことを言っている。氏によれば、江戸時代の人達が実際に使っていた話し言葉のあらましは当時の小説家(戯作者)の為永春水や式亭三馬などの小説で知ることができると言い、一つの例を挙げている

 

 「おらあ、てめえに“ほの字”だったわな。それをてめえに奥山くらわせられてさ。へん、おきゃがれ」

 

ずいぶん荒っぽい物言いだが、小松氏はこれを「ごくふつうの町娘が、たいそう羞じらいながら、こんなふうに恋心を告白していたのである」と言っている。もちろん今の時代小説にこのようなことば遣いをそのまま書くわけにはいかない。かと言って氏も言っているように、これを

 

「あたし、あんたが好きだったわ。でも、あんたは気づいてくれなかったのよ。ふん、よしてよ」

 

と直訳したら、テレビドラマのせりふになってしまう。そこに作家の力量が問われることになる。当時は  庶民は女でも「おれ」、「てめえ」を使っていたと聞いたことがあるが、今の時代小説に使うなら、せいぜい長屋住まいの中年女か老婆に言わせるくらいがいいのではないか。

 

「・・・・だわ」とか「・・・・なのよ」などと言うのは、色町あたりの女性のことば遣いだと読んだことがあるが、このようなことば遣いは、時代小説にはよく出てきて、ちょっと気になることがある。先に挙げた、奉行所の同心の妻に「全然わからなくないわよ」などと言わせるのは、羽目外しもいいところだと思う、

 

江戸ことばに興味を惹かれて、為永春水作・古川久校訂『梅暦(上)』(岩波文庫)を読んでいる。現代語訳は付いていないから、仮名遣いは何とか読めても、さすがにすらすらとは読めないが、深川の花柳界の男と女の会話が結構おもしろい。この『梅暦(春色梅暦)』は、男女の恋を描く恋愛小説である「人情本」というジャンルに入れられるもので、当時の女性の心をつかんで大ベストセラーとなったと言う。江戸も中期以後になると、手習い所(寺子屋)で学ぶ庶民は多くなっていて、当時の識字率は、イギリス(1837年、大工業都市部) 2025%、フランス(1793) 1.4%、日本(1850年、江戸) 75%と言う数字もあるから、ヨーロッパに比べるとかなり高いもので、多くの庶民が貸し本屋から人情本などを借りて楽しんだのだろう

 

『梅暦』はこれからゆっくり読んでいこうと思う。併せて、野火迅『使ってみねえ 本場の江戸語』(文春文庫)も読んでいるが、これは肩を凝らさずに読める。私が読んでいる新聞の日曜版では「夏の読書特集」として江戸時代を取り上げていたが、最近は江戸時代、江戸物への関心が高いようだし、書店に行くといろいろな作家達の時代小説(江戸時代物が多い)がたくさん並んでいる。 

 

 

 

 


長寿国                  

2011-08-27 12:02:55 | 身辺雑記

 厚生労働省によると、去年の日本人の日本人の平均寿命は、女性が86.39歳で26年連続で世界一、男性は79.64歳で香港、スイス、イスラエルに次いで世界4位だったそうだ。世界でもトップクラスの長寿国だと言う。

 

 女性の平均寿命は前の年を0.05歳下回った。去年の夏の猛暑で、熱中症で死亡した高齢者がこれまでで最も多くなったことが影響しているのではないかと分析されている。男性は0.05歳延び、これまでで最も長くなったそうだ。女性と男性の平均寿命の差は前の年よりも0.1歳縮まった。0.05歳とか0.1歳などの数字は統計上のもので現実的にはごく僅かなものだ。要するに女性は86歳、男性は80歳ということだ。この数字を見ると私はまだ平均寿命に達していないことになる。喜寿を過ぎた後の目標はとりあえず傘寿の80歳だから、せめて平均寿命までは行きたいものだが,あと2年、さてどうなるか。

 

 別の統計、世界保健機構(WHO)のものによると、2009年時点でWHO加盟193カ国のうち、日本の男女は83歳で第1位、男性は80歳で2位、女性は86歳で1位となっている。世界平均は男女平均が68  、男性は66歳、女性は71歳だ。最低はアフリカの小国マラウイの47歳、男性もマラウイで44歳、女性は同じくアフリカのチャドの48歳(マラウイは51歳)。平均寿命が低いのはアフリカの国に多いが、貧困、飢餓、疾病が多いことによるのではないか。それに子どもの死亡率も平均寿命に影響する。出産1000人あたりの新生児(生後1ヶ月未満)の死亡率はアフガニスタンが最高で53人(日本は1人)、生後1年未満の乳児では同じくアフガニスタンの134人(日本は2人)となっている。

 

 専門家によると、日本は食生活や住環境の改善によって急速に長寿国になったが、今後の医療のさらなる進歩も予想され長寿の傾向はこのまま続く可能性が高いと予想されている。

 

 長生きすることは結構なことではあるが、どのような状態で生きるかが問題だ。最近、100歳直前に亡くなった母と双子の伯母は寝たきりで意識もはっきりしていなかったし、時々わけの分からないことを言っていたようだ。先だって連れ合いを亡くした母の末の妹である叔母は、認知症で入院していたが、葬儀の最後の別れのときに、夫をずいぶん前に亡くなった兄と間違えたらしい。母の家系は長寿で、私もいろいろな点で母に似ているから長寿なのかもしれない。現に予想もしなかったことだが、こうやって80歳近くまで生きている。しかしいくら長生きしても寝たきりでボケてしまうのは嫌だ。ボケれば煩わしいことは考えなくなるからいいという人もいるが、やはり元気で年をとりたい。PPK(ピンピンコロリ)といきたいものだ。

 

 能面の「翁」

 

 能面の「老女」(老いた小野小町)

 


袁毅の娘

2011-08-25 10:06:23 | 中国のこと

 西安の李真の大学の同期生で、一緒に西安中国国際旅行社に勤め、今は父親が経営していた会社を引き継いでいる袁毅(ユエン・イィ)が女の子を出産した。李真が出産した後も、夫婦で雲南省麗江に子づくりの旅(?)に出かけたりして努力したらしいが、なかなか妊娠の兆しがなかった。その努力が稔ってめでたく出産となった。女の子だった。女の子をほしがっていたからさぞ嬉しかったことだろう。

 

 中国の友人で母親になったのは、西安の李真はじめ謝俊麗、王暁玲、上海の唐怡荷、孫璇 などだが、皆男の子だったから、初めての女の子だ。

 

 名前は難しい字で「格ユングォ」。は日の光の意味。中国には名前を作ってくれる会社があって、そこに頼んだらしい。生年月日と時刻で八画の字を決めるようだ。は八画。愛称は淘淘(タオタオ)。  

 

 袁毅は目がきれいな可愛い顔立ちをしているから袁毅に似たら可愛いだろうと思っていたが、父親似だと言う。それでも夫君も好男子だから、これからの成長が楽しみだ。

 

 

 

                            生後1ヶ月

                        


「ガスパン遊び」の果て

2011-08-23 20:58:40 | 身辺雑記

 今年の1月のことだが、ガスボンベを吸引することで室内にガスを充満させたうえ、たばこに火を付け爆発を引き起こしたとして、17歳の通信高校生ら2人が今月になって逮捕された。

 

 少年達は1月25日午後3時ごろから同日午後3時50分ごろまでの間にマンションの少年の部屋で、ライター用ガスボンベのガスを吸引して酸欠状態になることで気分が高揚するとされる「ガスパン遊び」をしていた。1本40グラムのガスボンベを計23本吸引し、少年が一服しようとたばこに火を付けたところ、室内に充満したガスに引火して爆発し、火災を引き起こした。この火災で、少年の住む約9平方メートルの部屋が焼失。2人は全身やけどの重傷を負った。

 

 以前はシンナーを吸うことが一部の青少年の間で行なわれたことがあって、廃人状態になったり、時には死亡することがあったが、“ガスパン遊び”の語源は、そのシンナーを吸う俗称「アンパン遊び」の「アン」を「ガス」に置き換えたものだそうだ。このことばを私は初めて聞いたが、「毒物及び劇物取締法」による取締りが強化されて、シンナー吸引が下火になった1990年代から10代の若年層を中心に見られるようになったということだ。

 

 使われるガスはライター充填用のブタンガスや各種のスプレーに使われているプロパンガスなどいろいろらしい。吸引自体は「麻薬及び向精神薬取締法や覚せい剤取締法で禁じられていないが、将来的には麻薬常習者に移行しかねないと考えられているようだ。覚せい剤やシンナーと違って習慣性はないが酸欠状態による脳や身体への影響があり、死者も出ている。度重なる酸欠状態で脳の働きに長期的な影響が出る可能性もあると考えられているようだ。それにしても、そのことで気分が高揚するというのはどういう状態になるのか。

 

 この少年達はおそらく日常、通信高校生として目的を持ってまじめに生活をすることなく「閑居して不善を」なしていたのではないか。ガスパン遊びは以前からやっていたとのことだ。喫煙も常習だったのだろう。マンション住まいをしていたということだが、親はどうしていたのだろうか。放任状態だったのか。

 

 前途のある若者に対して冷淡な態度だと謗られるだろうが、どうもこの少年達には同情ができない。自業自得だと突き放したくもなる。全身火傷を負ったのに命が助かっただけでも幸いだった、バカなことをしたと反省して、まともな生活に立ち戻ればよいのだが、さてどんなものだろう。

 

 

 

 


為人民服務

2011-08-21 15:56:05 | 中国のこと

 最近、中国で住民と警察の衝突がよく起こっているようだ。

 

山東省済南で、警官の横暴な振る舞いに怒った住民数千人が警察車両を壊したり、道路を封鎖したりする騒ぎが起きた。女性警官が、自分の車を優先して修理するよう業者に頼んだが断られたため、夫にこの業者を殴らせた。これに激怒した住民らが警官らを取り囲み、駆けつけた警官隊の車両を壊すなどしたということだ。また同じ山東省済南で、女性看守と夫が街中でお年寄りの女性に暴力を振るい、怒った市民数千人が抗議、出動した警察車両を破壊するなどしたというニュースもあった。女性看守はささいなトラブルから夫に女性を殴らせ、女性に土下座を強要したという不愉快なもので、2人の横暴に怒った市民が集まり、数時間にわたって暴れまわったという。

 

 どちらの騒ぎも同じ日に起こっているし、似ているところがあり、香港にある中国人権民主化運動ニュースセンターが発表したものなので、あるいは一つの事件が別のルートで変形して伝わったのかもしれないが、中国では強い権限を握る治安関係者に対して多くの住民が不満を抱いているために、小さなトラブルがきっかけになって、大規模な抗議行動と衝突に拡大することが多いようだ。広東省広州では6月に治安要員が女性露天商を殴ったことをきっかけに数千人規模の暴動が起きた。貴州省畢節では、これも治安要員が女性露天商に暴力を振るったために怒った住民と警官隊が衝突したという、広州とそっくりな騒ぎも起こっている。

 

 私も何年か前に上海の豫園商場の外の路上で夜、警官が路上で女性が売っていた花火を取り上げて、それを足で踏みにじっているのを見たことがある。その中年の女性は大声で泣き叫びながら大男の警官の脚にしがみついて花火を取り戻そうとするが、警官は意に介せずどすどすと花火を踏み潰し続けた。路上で花火を売ることは禁止されているらしいから、女性は違法行為をしていたので摘発されても仕方がないのだろうが、その大男の警官のやり方は職権を傘に着た横暴なもので、いかにも貧しい庶民を見下しているように見えて腹が立った。こういうのを権力の手先、イヌと言うのだろう。日本の刑法にある「特別公務員暴行陵虐罪」などは、中国ではないのだろうか。

 

 中国には「為人民服務 weirenminfuwu」ということばがある。市政府など公共の場でよく見かける標語で「人民のために奉仕する」ということだ。もともとは毛沢東が言った言葉だが、現在の胡錦濤政権のスローガンでもあるようだ。しかし、このことばを今の中国の人達が聞いても、多くは鼻白んだり、冷笑したりするのではないか。中国の公務員(役人、官僚)は根深い汚職体質と、庶民を見下したような振る舞いで信頼を失っている。日本に留学したある中国人の体験を読んだことがあるが、ビザの申請などでも袖の下が必要だし、木で鼻をくくったような横柄な態度が不愉快で、日本に来て空港で通関するときに係員が笑顔だったことに驚いたと言っていた。こういう中国の役人の態度が、中国に帰りたくないと思わせることもあったようだ。今は少なくなったが、かつては国営企業が多く、そこの従業員の接客態度もひどく悪くて、西安の李真は幼い頃に店の女性従業員に怒鳴りつけられたことがあったそうだ。人民への奉仕も何もあったものではない。

 

 さすがに最近は中国での接客態度は良くなっている。10年ほど前に上海の空港で係員の横柄な態度に腹が立ち、これが外国からの客に接する態度かと思ったものだが、最近はとても良くなった。しかし、公務員の庶民に対する態度には相変わらずのものがあるようで、だから、最初に書いたような警官の横暴とそれに対する庶民の反発もあるのだろう。庶民の反発、反感は権力の末端である警官だけに留まらず、権力そのもののあり方に向かうものだ。

 

 「為人民服務」は「為人民・服務(人民のために奉仕する)」と読むのではなく、「為人・民服務」と読み、「人(=共産党のお役人)のために民は奉仕する」意味だというパロディーがあるそうだ。中国人はスローガン好きだが、実態と乖離した美辞麗句を掲げていても、人民の心の離反を招くだけだろう。このあたりを政府や党の指導者は自覚しているのだろうかと疑問に思う。

 


稔り

2011-08-20 21:57:16 | 身辺雑記

 我が家のすぐそばにある田で、稲が稔りの時を迎えている。今年は田植えをして以来台風にも見舞われず順調に生育していた。素人目には例年よりもしっかりと育っていたように思う。 

 

 穂を出して花が咲くと、あたりにはかすかに爽やかな芳香が漂い、やがて実を着けたかと思うとどんどん膨らんで、穂が首を垂れだした。まだ田には水があるが、これが抜けると穂は熟して刈り入れになるのだろう。穂の様子を見ると今年は豊作のような気がする。

 

 

 

 

 

 このあたりの土地は古い。近くにある稲荷神社の森の外れには、今は取り払われたが江戸時代の古い墓がいくつもあった。中には「○○童子」とか「○○童女」と記された墓が多かったから飢饉でもあったのかと思ったが、いつの頃のものなのかは分からなかった。いずれにしてもこのあたりには古くから農民が集落をつくり、米を作っていたのだろうから、私が目にしている田も、多少は変わったかもしれないが、古い時代からずっと続いて来ているのだろう。その頃はどのような風景だったのか、タイムスリップしてみたい気にもなる。

 

 

 

 しかし、目の前にある稲は当時の稲の直系のものではあるまい。特に最近はいろいろと改良された品種が使われているだろうから昔のものに比べるとずいぶん丈夫で、稔りの良いものになっているはずだ。だがこの稲でも今ここにあるということは、変化しながらも遠い古代からずっと続いて来たものだ。それをたどっていけば弥生時代にも行き着くだろう。このあたりには弥生時代にも集落はあって稲が栽培されていたのだろうか。さらにはもっともっと古く、原始時代の中国にも遡れるだろう。その頃の稲はどのようなもので、人間はどのようにしてそれを採っていたのだろう。田の傍でそんなことをぼんやり考えた。

 

 

 

 

 

 

 


かわいそうだが

2011-08-19 10:03:59 | 身辺雑記

  

カナダのトロントの語学校に短期留学していた20歳の女子学生が、誤ってナイヤガラの大瀑布に転落して行方不明になった。

 

 語学校の友人達と滝を見物していて、防護柵に上がって手すりにまたがり、記念撮影をしていたらしい。傘をさしたままで、内側に戻ろうとして足を柵にかけたところでバランスを崩し滝の約25メートル手前の川に落下し、そのまま滝にのまれたという。目撃者達は「彼女はリラックスした様子で柵にまたがっていました」「その時、見て見て!と皆が叫んで、見ると彼女が滝つぼに落ちるところでした」と言っている。悲惨な痛ましい事故で、落ちた瞬間の恐怖はいかほどのものだったかと思う。

 

 しかしかわいそうだが、危険な場所で柵にまたがり撮影するなど思慮が乏しかったと思う。柵には「DANGER」「乗り越え禁止」の表示もあったようだ。死者に鞭打つようだが、他の多くの観光客もいる中で軽はずみな行動だった。第一行儀が悪い。「旅の恥はかき捨て」という気持ちはなかっただろうが、日本人はこんなものかと思われるのは悲しい。ふつうに柵に凭れて撮影すればよかったのに、20歳にもなってなぜそのようなオテンバとも取れるような行動をしたのか。公園の関係者によると、観光客が滝に落ちる事故は異例だということだ。

 

 外務省によると、海外で死亡する日本人(居住者も含む)は増えているようで、去年1年間に647人、けがをした人は815人で、いずれも過去10年間で最悪となった。原因別に見ると病気が336人で最も多く、次いで自殺が59人、交通事故が35人、事件が20人などとなっている。病気は高齢者が少なくないようで、今度の転落事故は希なケースだろう、いずれにしても外に出るといわゆる「水が変わる」で、体調に変調をきたすこともあるだろうから、十分に注意することだ。それに若い人達にとかくある、海外に出ると開放的になり、羽目を外すことも気をつけなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 


盆、彼岸

2011-08-17 09:45:35 | 身辺雑記

 

Hg君やHr君と食事をした日、待ち合わせ場所に先に来ていたHg君の奥さんとの会話。

 

 「暑いねえ。いつになったら涼しくなるのかな」

 「お彼岸過ぎてからでしょう」

 「暑さ寒さも彼岸までと言うな。彼岸っていつだったかな」

 「9月23日ごろ」

 「今頃ではなかったかな」

 「今はお盆」

 「ああ、そうだった」

 

 いい年をして物知らず丸出しのようだったが、我が家は神道で、子どもの頃から盆にはまったく無縁だったから、毎年のことながら盆になると、「盆の帰省ラッシュ」などとよく聞いているのに彼岸と混同して混乱する。迎え火、送り火などという行事は知っているが、我が家ではもちろんしたことがない。中学生の頃滋賀県に住んでいたが、このときには町の地蔵の前に盆提灯を下げ、花を飾り、供え物をする地蔵盆(8月2324日)というのがあって、その前で近所の子ども達と一緒に徹夜で過ごすのが楽しかったくらいだ。

 

 秋の彼岸は秋分の日を中日にしてその前後の7日間。秋分の日は9月23日頃で、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨とした国民の祝日で、何となく仏教的な感じだが、かつては秋季皇霊祭という歴代の天皇、皇后、皇親の霊を祀る日とされていた旧制の祭日の一つで、神道的なものだった。

 

本当に信心しているかどうかは別にして、仏教徒が多く、その行事が多い日本では神道の徒は少数派だ。だから盆には関係がないから、帰省ラッシュのニュースなどを見ると、大変だなあ、神道でよかったと思う。寺から僧侶が来ることもないから楽だが、何となく日本らしい情緒に欠けていると思わないでもない。

 

私はどうもいい加減なところがあるのか、自分に関係がないと、何の日か分からないことがよくある。例えばクリスマスイブなどは、毎年その日になって確かめる。それに今は祝祭日にかかわらず、年中休日のようなものだから、今日は祝日と言われても、それが何の日か分からないことが多く、メリハリの乏しい生活をしていると言われそうだ。

 

 

 

 

 


哀れな男の子

2011-08-15 08:56:13 | 身辺雑記

 どうして何度もこういう事件が起こるのか、溜息が出る思いだ。千葉県柏市で今年5月、2歳10カ月の男の子が両親からに十分な食事を与えられず餓死し、39歳の無職の父親と、27歳の飲食店アルバイトの母親が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。父親は「何もしていなかったわけではない」、「食べ物を与えても受け付けなかった」と否認し、母親は「餓死させたことは間違いない」と話しているという。

 

 この両親は長期にわたって、長男のSちゃんに十分な食事を与えなかったうえ、衰弱しても医師の診察を受けさせずに放置し、栄養失調により死亡させた疑いをもたれている。司法解剖の結果、Sちゃんの体に殴られた形跡はなかったが、相当量のプラスチック製の生活雑貨や紙などで腸がふさがった状態だったという。ネコ用のトイレやおむつに使われる吸水性の繊維が見つかったことも判明した。空腹のあまり、周囲にあった物を口に入れたと見られている。保護された6歳の小学生の長女が事件発覚当時、「Sちゃんはごみを食べちゃう」と話していたことが分かったと言う。

 

 Sちゃんは生後6カ月~7カ月に行う健診を最後に病院を受診しておらず、市職員が家庭を訪れた際、父親が「うちには独自の教育方針がある」などと子どもとの面会を拒否し続けていたという。わが子を飢えさせておいて、何が「独自の教育方針がある」だと、その盗人猛々しい言い分には、程度の低い奴ほど利いた風な口をきくと心底怒りを覚える。母親は病院へ連れて行かなかった理由について、「やせ細った長男を連れていくと、育児放棄が発覚すると思った」と話したそうだ。Sちゃんの死亡時の体重は6キロたらずで標準の2歳児(13キロ)の半分以下だった。

 

 両親から食事を与えられず空腹のあまりゴミを口にしているこの男の子の姿を想像すると何とかわいそうな子だろうと涙を催した。2歳10ヶ月と言うと西安の謝俊麗の息子で、私がとても可愛く思っていて、毎日パソコンに入れた写真を見ている撓撓(ナオナオ)とほとんど同じくらいの年齢だから、Sちゃんに撓撓の面影が重なって、なおさら堪らない気持ちになった。

 

 それに加えて強い憤りを覚えたのは、逮捕後の父親のことばだ。この家にはSちゃんの姉2人がいて、猫も飼っていた。父親は「猫のほうを先に飼っていたので、子どもより猫の方がかわいいと思っていた。猫が一番かわいい。自分たちが逮捕され、自宅に誰もいない今、餌は誰がやるんだと言ったそうだ。私も猫を飼っているし可愛いと思っているが、この男は異常だ。猫にも劣る畜生男と言うと猫が怒るのではないかと思うくらいの最低の人だ。厳罰を与えなくてはならない。

 

謝俊麗は「死刑になる?」と尋ねたが、私は「10年くらいの刑だろう」と言うと「子どもを殺したのに」と驚いていた。殺人には死刑がふつうの中国だからそのように思うのだろうが、幼い男の子の母親としての怒りは理解できる。日本では死刑にはならないが、余計な情状酌量など無用だ。法の許す限りの最高刑を与えたらいいと思う。