落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(113)メロン記念日⑧

2020-06-17 14:47:06 | 現代小説
北へふたり旅(113)


 「締めはやっぱり、ラーメンでっしょ」


 「パフェじゃないのか?」


 「パフェは昨日食べたでしょ。
 すすきのの締めはやっぱりラーメン。それも大衆食堂の!」


 「大衆食堂のラーメン?。やってるか?。もう午前零時だぜ」


 「だから困るっしょ。群馬から来た田舎者は。
 すすきのは眠らない街なの。食堂も午前3時まで営業しているっしょ」


 案内されて驚いた。
入り口に定食と書かれた白い暖簾が揺れている。ホントに食堂が開いていた。
中へ入ってもっと驚いた。
カウンターだけの狭い店。7~8人が座ればもう満席だ。
壁にびっしり定食の名前がならんでいる。


 ラーメンは・・・あった!。しかし、いちばん最後に貼ってある。


 「末席に貼ってあるぞラーメンは・・・。だいじょうぶか?」


 「真打は最後に登場。
 だいじょうぶっしょ。ここのラーメンは絶品ですから」


 「じゃ全員ラーメンにしましょ。大将、ラーメン5つ!」


 いきなりアイルトンがラーメンを頼んでしまう。
だが誰ひとり反論しない。呑んだ後のあがりはやはりラーメン。
これに尽きる。


 「人はなぜ旅に出るのでしょうか?。ねぇ、おじさま」


 「アイルトンに聞いてみな。
 彼は旅行社の人間。しかも凄腕だ。
 日本中にたくさんの中国人観光客を送り込み、爆買いの火をつけた」
 
 「わたしは旅に出させる側の人です。
 なぜ旅に出たいかはそちらのお2人に聞くのが、正解と思います」


 質問が戻ってきた。人は何故旅に出るのだろうか・・・


 たぶん深い意味はない。
漠然と、旅へ行きたいと考えるときがある。
疲れているとき、いき詰まっているとき、そんなとき、
ふと遠くへ行きたいと思うことがある。


 活力に満ちているときは旅に出たいなどと考えない。
ひとは気持ちが下向きになった時、気分転換やあらたな刺激を求めて
旅に出たいと考えるのではないだろうか・・・
 
 「農家の仕事に休みは無いの。そのせいかしら」


 妻がつぶやく。
ナスのシーズンは3月から7月まで。キュウリは9月から12月まで。
12月から3月まではホウレンソウとネギの収穫。
雪の降らない群馬の農家に、休みは無い。


8月。暇に見えるが土壌消毒をはじめ、普段は出来ないハウスの手入れ、
つぎの作物のための堆肥の準備など、やるべきことが山のようにある。


 「機械化がすすんでも、収穫は人の手が頼り。
 ナスもキュウリも規格があるから毎日、収穫しなければなりません。
 小さすぎても駄目。大きすぎても駄目。
 ちょうど良いおおきさを収穫するため、ひたすらハウスへ入ります。
 暑いわよ。6月のビニールハウスは40℃をこえます。
 毎日毎日、汗を流しながら、これが終ったら旅行へ行きたいねって、
 もくもくと頑張るの。
 ご褒美でしょうか。一年間、よく頑張りましたという」


 農作業は重労働ではない。しかし、けして楽な仕事でもない。
第一次産業における最大の課題は、機械化がすすまないこと。
とくに収穫において機械化がすすまない。


 フルオートメーションのハウスもあるが、設備だけで数千万円かかる。
ほとんどの農家が対応できない。
目で見て手で取る。それがほとんどの農家の現状だ。


 「いつまで働くことができるだろうかと考えながら、
 今年も一年、健康に頑張れたことに感謝する。
 いつのまにかそんな歳になった。
 そして旅に出る。
 旅に出ることは、俺たちのこころのボーナスかな・・・」


 「こころのボーナスですか。いい言葉です」


 旅のプロのアイルトンが、なるほどと目を細める。


 
(114)へつづく