北へふたり旅(116)

札幌駅のホームは2階。
発車まであと10分。特急・北斗号はすでに入線している。
メロンの箱をかかえた妻が、ホームの中ほどで立ちどまった。
のぼって来たばかりのエスカレーターを振りかえる。
(誰か来るのかな?)
乗客の数は、意外なほどすくない。
エスカレ―ターから人があらわれるが、すぐ車両の中へ消えていく。
(乗車率、3割以下かな・・・)すこし寂しい出発風景だ。
発車まで5分を切った。
(そろそろ乗り込もうか)妻を振りかえったとき。
エスカレータを駆けあがる足音が聞こえてきた。
妻の顔がやわらぐ。
まちびとがようやく来たようだ。
(妻がメロンを欲しがったわけは、そういうことか)
メロンが欲しいと言った妻を、ようやく理解することができた。
ユキちゃんがエスカレータを駆けあがって来た。
両手におおきな風呂敷包をかかえている。
「よかったぁっしょ。間に合ったぁ・・・ああ、よかった!」
おおきな風呂敷包を私の前へ差し出す。
「お約束の品です。本日のお弁当です。お2人の2食分。
お店の厨房を借りて、いっしょうけんめい作りました。
生まれてはじめてつくったお弁当です。
ハッキリ言って、味の保障はできません」
妻が駅弁売り場で弁当を買わなかった理由がようやくわかった。
「ありがとう。うまれてはじめてつくったお弁当か。
いいのか。おれたちが先に食っちまって。
君の両親に申し訳ない」
「両親には内緒にしておいてください。
熱意だけでお弁当を作ってどうすんのと、母から怒られるっしょ」
「はい。これ。お弁当のおかえし。
遠慮しないで受け取って」
妻が富良野メロンの箱を差し出す。
「とんでもない。こんな高価なもの。バチがあたるっしょ!」
「大好きでしょ。メロン。
わたしも大好き。北海道のメロンが。
わたしたちはカップに入ったこのメロンと、あなたのお弁当で充分。
あなたはわたしたちのことを思い出しながら、食べてくださいこのメロン。
ただし食べごろは4日後ですから。あわてないでね」
「いいんですか本当に。ホントにもらっても」
「ぼくたちこそ最高のお土産を君からもらった。たったいま」
「また来てください。北海道へ」
「今度は君の牧場へ、ばん馬を見にいくよ」
「ぜったいっしょ。約束っしょ!」
「君も群馬へきてくれ。大歓迎するから」
「行きます。草津温泉のあんない、お願いします」
「まかせてよ。隅から隅まで案内してあげるから」
「それから・・・」
「それから?」
それから先の言葉は、ユキちゃんの口から出てこなかった。
北斗の発車の時間がちかづいてきた。
ユキちゃんに背中を押されて、わたしたちは車上のひとになる。
ドアが閉まった。
扉の向こうでユキちゃんが手を振りはじめた。
妻も手を振り返す。
ユキちゃんの口がちいさく動いた。
言葉は聞こえない。
わたしにはユキちゃんが「ありがとう」と言っているように見えた。
(117)へつづく

札幌駅のホームは2階。
発車まであと10分。特急・北斗号はすでに入線している。
メロンの箱をかかえた妻が、ホームの中ほどで立ちどまった。
のぼって来たばかりのエスカレーターを振りかえる。
(誰か来るのかな?)
乗客の数は、意外なほどすくない。
エスカレ―ターから人があらわれるが、すぐ車両の中へ消えていく。
(乗車率、3割以下かな・・・)すこし寂しい出発風景だ。
発車まで5分を切った。
(そろそろ乗り込もうか)妻を振りかえったとき。
エスカレータを駆けあがる足音が聞こえてきた。
妻の顔がやわらぐ。
まちびとがようやく来たようだ。
(妻がメロンを欲しがったわけは、そういうことか)
メロンが欲しいと言った妻を、ようやく理解することができた。
ユキちゃんがエスカレータを駆けあがって来た。
両手におおきな風呂敷包をかかえている。
「よかったぁっしょ。間に合ったぁ・・・ああ、よかった!」
おおきな風呂敷包を私の前へ差し出す。
「お約束の品です。本日のお弁当です。お2人の2食分。
お店の厨房を借りて、いっしょうけんめい作りました。
生まれてはじめてつくったお弁当です。
ハッキリ言って、味の保障はできません」
妻が駅弁売り場で弁当を買わなかった理由がようやくわかった。
「ありがとう。うまれてはじめてつくったお弁当か。
いいのか。おれたちが先に食っちまって。
君の両親に申し訳ない」
「両親には内緒にしておいてください。
熱意だけでお弁当を作ってどうすんのと、母から怒られるっしょ」
「はい。これ。お弁当のおかえし。
遠慮しないで受け取って」
妻が富良野メロンの箱を差し出す。
「とんでもない。こんな高価なもの。バチがあたるっしょ!」
「大好きでしょ。メロン。
わたしも大好き。北海道のメロンが。
わたしたちはカップに入ったこのメロンと、あなたのお弁当で充分。
あなたはわたしたちのことを思い出しながら、食べてくださいこのメロン。
ただし食べごろは4日後ですから。あわてないでね」
「いいんですか本当に。ホントにもらっても」
「ぼくたちこそ最高のお土産を君からもらった。たったいま」
「また来てください。北海道へ」
「今度は君の牧場へ、ばん馬を見にいくよ」
「ぜったいっしょ。約束っしょ!」
「君も群馬へきてくれ。大歓迎するから」
「行きます。草津温泉のあんない、お願いします」
「まかせてよ。隅から隅まで案内してあげるから」
「それから・・・」
「それから?」
それから先の言葉は、ユキちゃんの口から出てこなかった。
北斗の発車の時間がちかづいてきた。
ユキちゃんに背中を押されて、わたしたちは車上のひとになる。
ドアが閉まった。
扉の向こうでユキちゃんが手を振りはじめた。
妻も手を振り返す。
ユキちゃんの口がちいさく動いた。
言葉は聞こえない。
わたしにはユキちゃんが「ありがとう」と言っているように見えた。
(117)へつづく