落合順平 作品集

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居酒屋日記・オムニバス (80)       第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑪ 

2016-05-30 07:55:59 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (80)
      第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑪ 




 
 「ねぇ。なにを吹き込んだの、いったい、あの男に・・・」
近づいてきた真理子の目が、怒りに燃えている。
「まぁ待て、悪いようにはしないから」
すべてのカギは、お前さんの2人の娘たちが握っていると幸作が目で、
安原と娘たちの動向を見守る。


 安原が、娘たちの目の前に腰をおろした。
娘たちはどうやら、それほど安原を警戒していないようだ。
キラリと光る可愛い目が無警戒のまま、近くに腰をおろした安原を見つめている。
(うまくいくかもしれないぞ。頑張れよ、足かけ4年目のストーカー君・・・)
安原のまるい背中を、幸作がじっと見つめる。



 安原が真剣に、身振り手振りもくわえて2人の娘に語りかけていく。
だが、すこし距離の有るここまでは、何を言っているか聞こえてこない。
しかし。安原を見つめる娘たちの表情は、明るい。
姉の目には微笑みが有る、妹もかすかにだが笑っている。
交渉は、うまくいきそうだ。
そのとき。いきなり下の娘が、東の方角を指さした。



 老舗の焼きまんじゅう屋が有る、東の方角だ。
「ママ。この人が、焼きまんじゅう屋さんが見つからずに、困っています。
道案内をしてきても、いいかしら?」上の娘の声が、ここまではっきり響いてきた。
安原の説得が、無事に成功したようだ。
歩き出そうとする下の子にむかって安原が、指先を伸ばす。
きょとんとした下の子が、一瞬だけ、母親の真理子の顔を振りかえる。
しかし。真理子が承諾するその前に、安原の指にむかって下の娘の小さな手が伸びていく。



 (えっ・・・臆病な下の娘が、はじめて、男の人と手をつないだ・・・)



 真理子の顏に衝撃が走る。はじめて見る下の子のはじめての行動だ。
そのまま初めて行き会った安原と、我が子の2人が、手をつないで立ち去っていく。
どこからどう見ても、まったく信じられない衝撃の光景だ。



 「へぇぇ・・・なかなかやるねぇ、安原君も。
 大したもんだ。当たって砕けたあげく、うまく娘たちを丸め込んだようだ」


 「当たって砕けた?。いったい、どういう意味なのよ?」



 「見た通りだ。
 お前の娘2人は、認めたぜ。あいつが友だちだってことを。
 だから安心してああして手をつないで、俺が頼んだ焼きまんじゅうを買いに行った」



 「焼きまんじゅうを買いに行くことに、どんな意味があるというのさ?」



 「大ありだ。いや、焼きまんじゅうには、なんの意味も無い。
 ああして3人そろって焼きまんじゅう屋へ行くことに、意味があるのさ。
 父親になるための第一歩を、あいつは勇気を出して踏み出した。
 そろそろ認めてやってもいいんじゃないか。
 あいつの気持ちを」



 「どういう意味?。何の話・・・
 わたしには、意味がまったくわかりません・・・」



 「子育て中のシンママの恋愛は、やたらと難しい。
 子供たちのことを第一に考えるあまり、事情が複雑になる。
 働き過ぎているお前さんは、なおさらだ。
 いつでも子どものことばかりを、最優先して考えているからな。
 でも、あいつ。運転手の安原の言う事にも、すこしは耳を傾けたらどうだ。
 あいつ。ああ見えて良い奴だ。
 お前さんの娘2人を必死で手なずけて、焼きまんじゅうを買いにいくために動いた。
 それが毎回うまくいくとは思えない。
 だがあいつは最初のハードルにチャレンジして、見事に乗り越えた。
 やっと、お前さんにつながる架け橋を作ったんだ。
 橋くらい渡らせてやったらどうだ。
 橋をわたらせず、拒否ばかりしないでさ」



 「橋を渡る前からわたしが、彼を拒否していると言いたいの、あなたは?・・・」



 「かたくなに安原のプロポーズを拒否してんだろ。お前さんは?。
 あの2人の娘たちのために。
 そのほうが、あの子たちのためになると思ってさ。
 だけどよ。見た通り、子どもたちのほうが先に、1ッ歩目を踏み出したぜ」


 
 幸作の目が、まっすぐ真理子の目を見つめる。
その目が「肩の力を抜いて、たまには母親を休んで、ひとりの女にもどったらどうだ)
と雄弁に語っている。
また、八瀬川に強い風が吹いてきた。
真理子の髪をなびかせた春の風が、ごうっと、いきおいよく舞いあがっていく。
満開の梢から、サクラの花びらがいっせいに舞い落ちてきた。
いさぎよく散る。だからサクラの花はきれいなんだ・・・と幸作がつぶやく。
「そうよね・・・」と真理子も、こくりとうなづく。



 今日の真理子の笑顔は、満開の八瀬川のサクラよりもはるかに綺麗だ。
と幸作ははじめて、しみじみ思った。


 
 第六話 子育て呑龍(どんりゅう)完


(81)へつづく

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2 コメント

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流石の幸作の工作 (屋根裏人のワイコマです)
2016-05-30 08:36:31
洒落で終わっては、怒られますね聞き流してください。
いいエンディングですね、子供達は
純真ですよね、本当は日本中の子供が
こんなに素直な親子であればいいのに・・
今日の信州は久しぶりの雨、太田市では
悲しい交通事故の・・涙雨・・
事故は悲しいですね。
ともあれお疲れ様でした。
ありがとうございました。
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ワイコマさん。こんにちは (落合順平)
2016-05-31 09:50:53
4名が亡くなりました。
原因は明らかになっていませんが、痛ましい
交通事故です。
無事に出かけて、無事に帰る。
これがなによりですが、出先では何が有るかわかりません。
気を付けたいものです。お互いに・・・
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