居酒屋日記・オムニバス (80)
第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑪
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/be/f0b1cf4cc4eeb2882f200e1e87e24488.jpg)
「ねぇ。なにを吹き込んだの、いったい、あの男に・・・」
近づいてきた真理子の目が、怒りに燃えている。
「まぁ待て、悪いようにはしないから」
すべてのカギは、お前さんの2人の娘たちが握っていると幸作が目で、
安原と娘たちの動向を見守る。
安原が、娘たちの目の前に腰をおろした。
娘たちはどうやら、それほど安原を警戒していないようだ。
キラリと光る可愛い目が無警戒のまま、近くに腰をおろした安原を見つめている。
(うまくいくかもしれないぞ。頑張れよ、足かけ4年目のストーカー君・・・)
安原のまるい背中を、幸作がじっと見つめる。
安原が真剣に、身振り手振りもくわえて2人の娘に語りかけていく。
だが、すこし距離の有るここまでは、何を言っているか聞こえてこない。
しかし。安原を見つめる娘たちの表情は、明るい。
姉の目には微笑みが有る、妹もかすかにだが笑っている。
交渉は、うまくいきそうだ。
そのとき。いきなり下の娘が、東の方角を指さした。
老舗の焼きまんじゅう屋が有る、東の方角だ。
「ママ。この人が、焼きまんじゅう屋さんが見つからずに、困っています。
道案内をしてきても、いいかしら?」上の娘の声が、ここまではっきり響いてきた。
安原の説得が、無事に成功したようだ。
歩き出そうとする下の子にむかって安原が、指先を伸ばす。
きょとんとした下の子が、一瞬だけ、母親の真理子の顔を振りかえる。
しかし。真理子が承諾するその前に、安原の指にむかって下の娘の小さな手が伸びていく。
(えっ・・・臆病な下の娘が、はじめて、男の人と手をつないだ・・・)
真理子の顏に衝撃が走る。はじめて見る下の子のはじめての行動だ。
そのまま初めて行き会った安原と、我が子の2人が、手をつないで立ち去っていく。
どこからどう見ても、まったく信じられない衝撃の光景だ。
「へぇぇ・・・なかなかやるねぇ、安原君も。
大したもんだ。当たって砕けたあげく、うまく娘たちを丸め込んだようだ」
「当たって砕けた?。いったい、どういう意味なのよ?」
「見た通りだ。
お前の娘2人は、認めたぜ。あいつが友だちだってことを。
だから安心してああして手をつないで、俺が頼んだ焼きまんじゅうを買いに行った」
「焼きまんじゅうを買いに行くことに、どんな意味があるというのさ?」
「大ありだ。いや、焼きまんじゅうには、なんの意味も無い。
ああして3人そろって焼きまんじゅう屋へ行くことに、意味があるのさ。
父親になるための第一歩を、あいつは勇気を出して踏み出した。
そろそろ認めてやってもいいんじゃないか。
あいつの気持ちを」
「どういう意味?。何の話・・・
わたしには、意味がまったくわかりません・・・」
「子育て中のシンママの恋愛は、やたらと難しい。
子供たちのことを第一に考えるあまり、事情が複雑になる。
働き過ぎているお前さんは、なおさらだ。
いつでも子どものことばかりを、最優先して考えているからな。
でも、あいつ。運転手の安原の言う事にも、すこしは耳を傾けたらどうだ。
あいつ。ああ見えて良い奴だ。
お前さんの娘2人を必死で手なずけて、焼きまんじゅうを買いにいくために動いた。
それが毎回うまくいくとは思えない。
だがあいつは最初のハードルにチャレンジして、見事に乗り越えた。
やっと、お前さんにつながる架け橋を作ったんだ。
橋くらい渡らせてやったらどうだ。
橋をわたらせず、拒否ばかりしないでさ」
「橋を渡る前からわたしが、彼を拒否していると言いたいの、あなたは?・・・」
「かたくなに安原のプロポーズを拒否してんだろ。お前さんは?。
あの2人の娘たちのために。
そのほうが、あの子たちのためになると思ってさ。
だけどよ。見た通り、子どもたちのほうが先に、1ッ歩目を踏み出したぜ」
幸作の目が、まっすぐ真理子の目を見つめる。
その目が「肩の力を抜いて、たまには母親を休んで、ひとりの女にもどったらどうだ)
と雄弁に語っている。
また、八瀬川に強い風が吹いてきた。
真理子の髪をなびかせた春の風が、ごうっと、いきおいよく舞いあがっていく。
満開の梢から、サクラの花びらがいっせいに舞い落ちてきた。
いさぎよく散る。だからサクラの花はきれいなんだ・・・と幸作がつぶやく。
「そうよね・・・」と真理子も、こくりとうなづく。
今日の真理子の笑顔は、満開の八瀬川のサクラよりもはるかに綺麗だ。
と幸作ははじめて、しみじみ思った。
第六話 子育て呑龍(どんりゅう)完
(81)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑪
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「ねぇ。なにを吹き込んだの、いったい、あの男に・・・」
近づいてきた真理子の目が、怒りに燃えている。
「まぁ待て、悪いようにはしないから」
すべてのカギは、お前さんの2人の娘たちが握っていると幸作が目で、
安原と娘たちの動向を見守る。
安原が、娘たちの目の前に腰をおろした。
娘たちはどうやら、それほど安原を警戒していないようだ。
キラリと光る可愛い目が無警戒のまま、近くに腰をおろした安原を見つめている。
(うまくいくかもしれないぞ。頑張れよ、足かけ4年目のストーカー君・・・)
安原のまるい背中を、幸作がじっと見つめる。
安原が真剣に、身振り手振りもくわえて2人の娘に語りかけていく。
だが、すこし距離の有るここまでは、何を言っているか聞こえてこない。
しかし。安原を見つめる娘たちの表情は、明るい。
姉の目には微笑みが有る、妹もかすかにだが笑っている。
交渉は、うまくいきそうだ。
そのとき。いきなり下の娘が、東の方角を指さした。
老舗の焼きまんじゅう屋が有る、東の方角だ。
「ママ。この人が、焼きまんじゅう屋さんが見つからずに、困っています。
道案内をしてきても、いいかしら?」上の娘の声が、ここまではっきり響いてきた。
安原の説得が、無事に成功したようだ。
歩き出そうとする下の子にむかって安原が、指先を伸ばす。
きょとんとした下の子が、一瞬だけ、母親の真理子の顔を振りかえる。
しかし。真理子が承諾するその前に、安原の指にむかって下の娘の小さな手が伸びていく。
(えっ・・・臆病な下の娘が、はじめて、男の人と手をつないだ・・・)
真理子の顏に衝撃が走る。はじめて見る下の子のはじめての行動だ。
そのまま初めて行き会った安原と、我が子の2人が、手をつないで立ち去っていく。
どこからどう見ても、まったく信じられない衝撃の光景だ。
「へぇぇ・・・なかなかやるねぇ、安原君も。
大したもんだ。当たって砕けたあげく、うまく娘たちを丸め込んだようだ」
「当たって砕けた?。いったい、どういう意味なのよ?」
「見た通りだ。
お前の娘2人は、認めたぜ。あいつが友だちだってことを。
だから安心してああして手をつないで、俺が頼んだ焼きまんじゅうを買いに行った」
「焼きまんじゅうを買いに行くことに、どんな意味があるというのさ?」
「大ありだ。いや、焼きまんじゅうには、なんの意味も無い。
ああして3人そろって焼きまんじゅう屋へ行くことに、意味があるのさ。
父親になるための第一歩を、あいつは勇気を出して踏み出した。
そろそろ認めてやってもいいんじゃないか。
あいつの気持ちを」
「どういう意味?。何の話・・・
わたしには、意味がまったくわかりません・・・」
「子育て中のシンママの恋愛は、やたらと難しい。
子供たちのことを第一に考えるあまり、事情が複雑になる。
働き過ぎているお前さんは、なおさらだ。
いつでも子どものことばかりを、最優先して考えているからな。
でも、あいつ。運転手の安原の言う事にも、すこしは耳を傾けたらどうだ。
あいつ。ああ見えて良い奴だ。
お前さんの娘2人を必死で手なずけて、焼きまんじゅうを買いにいくために動いた。
それが毎回うまくいくとは思えない。
だがあいつは最初のハードルにチャレンジして、見事に乗り越えた。
やっと、お前さんにつながる架け橋を作ったんだ。
橋くらい渡らせてやったらどうだ。
橋をわたらせず、拒否ばかりしないでさ」
「橋を渡る前からわたしが、彼を拒否していると言いたいの、あなたは?・・・」
「かたくなに安原のプロポーズを拒否してんだろ。お前さんは?。
あの2人の娘たちのために。
そのほうが、あの子たちのためになると思ってさ。
だけどよ。見た通り、子どもたちのほうが先に、1ッ歩目を踏み出したぜ」
幸作の目が、まっすぐ真理子の目を見つめる。
その目が「肩の力を抜いて、たまには母親を休んで、ひとりの女にもどったらどうだ)
と雄弁に語っている。
また、八瀬川に強い風が吹いてきた。
真理子の髪をなびかせた春の風が、ごうっと、いきおいよく舞いあがっていく。
満開の梢から、サクラの花びらがいっせいに舞い落ちてきた。
いさぎよく散る。だからサクラの花はきれいなんだ・・・と幸作がつぶやく。
「そうよね・・・」と真理子も、こくりとうなづく。
今日の真理子の笑顔は、満開の八瀬川のサクラよりもはるかに綺麗だ。
と幸作ははじめて、しみじみ思った。
第六話 子育て呑龍(どんりゅう)完
(81)へつづく
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いいエンディングですね、子供達は
純真ですよね、本当は日本中の子供が
こんなに素直な親子であればいいのに・・
今日の信州は久しぶりの雨、太田市では
悲しい交通事故の・・涙雨・・
事故は悲しいですね。
ともあれお疲れ様でした。
ありがとうございました。
原因は明らかになっていませんが、痛ましい
交通事故です。
無事に出かけて、無事に帰る。
これがなによりですが、出先では何が有るかわかりません。
気を付けたいものです。お互いに・・・