落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(69)バレンタインデーの朝

2018-04-22 18:21:36 | 現代小説
オヤジ達の白球(69)バレンタインデーの朝




 午前7時。バレンタインの朝があけていく。
10時間以上ふりつづいた雪は、ようやく小やみになった。
途中。激しくふった雨もやんだ。

 しかし。夜明けとともに、北から強い風がふいてきた。
雨あがりの強い風だ。
午前8時。風はいっこうにおさまらない。

 積もった雪が強風に冷される。さらに締まり、固まっていく。
内部に雨をふくんでいる。
風は時間とともにさらに強くなる。雪の表面温度が下がっていく。
悪条件がかさなったことで積もった雪が、時間とともに重みを増していく。

 ついに・・・ビニールハウスの被害が生まれる。
午前8時15分。最初のビニールハウスが、重みに負けて倒壊する。
ここからわずか15分のあいだに、つぎつぎビニールハウスが倒壊していく。

 ほとんどの農家が、不意打ちをくらった。

 ある農家は、徹夜での雪下ろしを終えたばかり。
あかるくなったため、休息のために家へもどった。
ある農家はハウス内の暖房を炊いた。これで屋根の安全は保たれると判断した。
徹夜でハウスを守った男たちが、朝食をとるため自宅へもどった。

 雪は峠を越えたと、誰もが考えた。
大丈夫だろう。もう安心だと、誰もが胸をなでおろした。
ほとんどの農家が、そんな風に考えた。

 しかし。わずか15分のあいだに想像を絶する被害が、群馬県内をはしりぬけた。
ナスをつくっていた農家は、昨年、補助金を受けてつくったばかりの
ビニールハウスのすべてが倒壊した。
1ヘクタールのハウスが倒壊。
再建に必要な費用はおよそ8000万円。茄子の被害は3500万円。

 キュウリをつくっていた農家は、5500平方メートルのハウスが倒壊した。
再建のための費用は3500万円。出荷できないキュウリは、1000万円相当にのぼった。
農家は年に2回、作付けをする。
通常なら秋にも作付けする。
再建できなければ秋の作付けが不可能になる。
そうなるとキュウリの被害は、2000万円にはねあがる。

 被害はビニールハウスだけにとどまらない。
トンネルでごぼうをつくっていた農家は、15000平方メートルのうち
9割のハウスでポールが折れた。おおっていたビニールが破れた。

 ポールは1本130円。トンネルの再建に16200本のポールが必要。
ポール代だけで、200万円をこえる。
さらに破れたビニールも取り替える必要がある。

 しかし。折れたポールを替えようとしても、ポールの生産が追い付かない。
再建はままならない。ハウスが破れたままでは中のごぼうが寒さで全滅してしまう。
雪の大津波がおそったようだ・・・ある農家はこの朝の出来事を思い出して
そんな風につぶやいた・・・

 祐介が、雪かき用のスコップを手に自宅の裏へ出る。
すぐ裏手を渡良瀬川が流れている。
足尾から流れてくるこの河は、このあたりから川幅をひろげ市内を二分する。

 かつては川漁師が生計を立てられるほど、多くの魚がいた。
しかし。足尾銅山を源流とするこの川は、明治時代から苦い歴史を刻んできた。
戦後の高度経済成長期には、異臭を放つほどの水質になった。
今はすっかりよみがえり、毎年10月下旬から12月にかけて鮭の遡上を見ることができる。

 鮭を見るには、岸からよりも橋の上からがいい。
メスが川底に尾びれを当て、産卵のための床をくりかえし掘っていく。
60~70cmほどのおおきさのオスが数匹、これに寄り添う。

 祐介は堤防から見る赤城山の山容が大好きだ。
今朝の赤城は、麓まで雪におおわれている。
堤防に立ってから数分後。祐介が歴史的被害を目の当たりにすることになる。
時刻は、最初の倒壊がはじまった8時15分。
悪夢のような出来事が、祐介の目の前でつぎつぎ連鎖していく・・・



(70)へつづく

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ビニールハウスの倒壊 (屋根裏人のワイコマです)
2018-04-23 09:00:15
悲しいことですが、古いハウスから
順番に倒壊していきます。信州では
めったに雪で倒壊はありませんが
普段雪の少ない土地では耐雪構造に
なっていないのでしょう。
可愛そうですが、自然の脅威の前に
人間の力は、限界があります。
群馬県産の茄子・・まだこの辺りには
来ていません、私の近くのスーパー
3軒を見ていますが・・残念ながら
信州には届いていません。
群馬からでは都会の方が近いから
首都圏に出回っているのでしょう
大活躍で・・頑張って下さい。
返信する
ワイコマさん。こんにちは (落合順平)
2018-04-26 17:05:36
世間は間もなくGWに突入。
しかし。農家に休みはありません。
ナスが毎日育つからです。
週末に成長が止まれば収穫を休むことができますが、
お天道様が出る限り、ナスは毎日育ちます。
つまり。晴天がつづけばつづくほどナスは育ちます。
GWの前半は晴天がつづきます。
ということは、世間は大型の連休でも
ナス農家は朝から大忙しということになります・・・
返信する

コメントを投稿