落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(83)胸が苦しい・・・

2018-11-01 18:02:58 | 現代小説
オヤジ達の白球(83)胸が苦しい・・・





 「熊。念のために聞く。
 もしもだ。まんいちの場合、おまえ、投げられるか?」

 「野暮は言いっこなしだ、監督。
 この包帯を見ろ。この状態だ。投げられるはずはねぇだろう」

 「わかった。じゃ今夜は坂上と心中だ」

 審判、タイムにしてくれと声をかけ、祐介がベンチから立ち上がる。
しかし。ゲームがはじまるまえのタイムなど、聞いたことがない。
(仕方ないですねぇ、この状態ですもの。うふふ)球審の千佳がほほえむ。 
祐介がマウンドへ歩み寄る。

 「どうした、坂上?」

 「監督。胸が苦しい。いやに鼓動も速い。
 身体がどうかなっちまったようだ。熱まで出てきたような気もする・・・」

 「風邪でもひいたか?」

 「風邪なんかひいてねぇさ・・・」

 「じゃ、どうした。プレイボールの声はかかったぜ。
 おまえさんが投げてくれなきゃ、ゲームははじまらねぇ。
 みんなお前さんの投球を待ってるぜ」

 「わかってるさ、それくらい。でもよ・・・なんだか、身体が動き出さねぇ」

 「緊張のし過ぎか?。それともプレッシャーに負けているのか?」

 「みんなには、ずいぶん迷惑をかけた。
 こんな風にマウンドへ戻ってこられる立場じゃねぇが、またチャンスをもらった。
 そんなことを考え始めたら、なんだか、体が動かなくなってきた」

 「よく言うぜ。敵前逃亡した卑怯者が、一人前のことをいうじゃねぇか。
 この程度のお膳立てで感動してどうする。
 グランドの中での失敗は、グランドの中でしか取り返せねぇ。
 そのくらいは、おまえさんでもわかるだろう」

 「わかっているさ、そのくらいは。だからこそ・・・」

 「いいからもう、なにも考えるな。
 慎吾のミットをめがけて、思い切り投げろ。
 せっかくみんなが用意してくれたマウンドだ。
 感動するのは、試合に勝ってからにしろ!」

 思い切り投げろよ。
耳元へそうささやいた祐介が尻をポンと叩き、ベンチへひきあげていく。
熊が心配そうに祐介をみあげる。
 
 「監督。何か言ってましたか?。坂上のやろう」

「安心しろ、熊。おまえさんの出番はなさそうだ。
 あのやろう。リベンジの重さを今ごろになって、ようやく実感したんだろう。
 胸が苦しいそうだ」

 「へっ?。一人前に胸が苦しい?。
 前科一犯のくせに、みょうに感傷的だな、あのやろう・・・」

 ふたたびプレィボールの声がかかる。
坂上が前傾姿勢をとる。
慎吾がサインを送る。坂上が、首を横に振る。
もういちど慎吾がサインを出す。サインが合わないのか坂上がまた、首を横に振る。
3度目のサインをだす。

 今度は坂上がサインにこたえない。そのままプレートをはずす。
またピッチャサークルの中で棒立ちになっていく。

 (あれれ、どうしたんだ、あの野郎。また別の病気でも発生したのかな?)


 投球のために溜めていたエネルギーが、坂上の全身から消えていく。
顔がうつむいていく。
帽子のつばに顔が完全に隠れてしまう。

 「ああ・・・また固まっちまったぜ。あのやろう。
 わざわざ監督が激励に行ったというのに、あのやろうときたら、なにひとつまったく
 理解していないようだな」

 熊が(まったくもって面倒なやろうだぜ)チッと、舌を鳴らす。

 (84)へつづく

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2 コメント

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こんばんはワイコマさん (落合順平)
2018-11-04 18:13:32
群馬も、めっきり寒くなってきました。
10℃を下回る朝も増えてきました。
露地にうえたホウレンソウが、だいぶ大きくなりました。
あと3週間ほどで収穫になるでしょう。
ホウレンソウは、タネ播きから40日前後で収穫。
月末にゴルフコンペの誘いがやってきました。
もちろん、カミさんと2人で出席の即答。
ひさびさのゴルフです。
体調を万全に整え、楽しんできたいと
思います。
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暖房の時期 (屋根裏人のワイコマです)
2018-11-02 09:43:52
信州ではこの所毎日朝は辺り一面
真っ白くなるほどの霜の日が続き
家の中は暖房が唸っています。
なので・・暖房は当たり前かと・・
でも上州ではこれからですか??
ビニールシートも十二単じゃないが
厚着にして、中に暖房の煙突のような
ものを設置して・・冬の準備なんですね
農地は休む暇なく働いているんですね
お体に気をつけながら、頑張ってください

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