落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ、桐生 (55)最終章 「放浪の果てに」(2)

2012-07-01 09:52:49 | 現代小説
アイラブ、桐生
(55)最終章 「放浪の果てに」(2)




 日本人が圧倒的に好む天ぷらの種は、エビと言われています。
エビは元来が、高額の材料です。
その代表格がクルマエビで、庶民的なものとしては大正エビがあげられます。
日本人があまりにもエビを好むために、最近では東南アジアなどで大量に養殖されています。
主にブラックタイガーが冷凍品として大量に輸入されるようになりました。



 しかし、順平さんのお店で使うのは、国内産の活けクルマエビと限定されています。
下ごしらえには、繊細な細工と行きとどいた神経を使います。
丁寧に殻を剥くことから下ごしらえが始まります。
傷をつけないように尾がついている最後の部分までをとりのぞき、その先は残します。
エビの背中には、通称「背ワタ」と呼ばれる部分があり、
これは中長管(消化管)と呼ばれ、異臭のもとになるので、
必ず取り除いておきます。




 頭のほうから2節目にあたる背中側に、
横から竹串を入れ、引き上げるようにしてこの中長管を取り除きます。
少しでも残ると、違和感や微妙な異臭の原因になりますので、慎重に取り除くことが大切です



 揚げた時の見た目の大きなポイントが、ぴんと張ったエビの尻尾です。
エビの尾の部分を揃えて尾の先を、端の形に沿って少しだけ切り落とします。
次に尾の部分を包丁の先でしごいて、内部にある水分を綺麗に押し出しておきます。
こうしておくことで形よく、きれいな赤色に仕上がります。




 曲がり具合を調節するために、包丁を入れ、腰を折ります。
ポイントは、尾の付け根ちかくの腹側に2か所、深さが1/3から1/2ほどの切り込みをいれます。
大きさにもよりますが、頭側の近くにも同様の切り込みを入れることもあります
問題はこの先です。
この処理だけでは、揚げた時に曲がりが発生をします。
それを上手に防ぐために、包丁を入れたあたりでエビを、背中側へ折るようなつもりで曲げたおきます。
慣れてくると包丁を入れず腰を折るだけでも、綺麗に揚がるようになります



 ゴボウや、レンコンなども、京都では天ぷらとして良く使われる材料です。
特にゴボウは食物線維が豊富で、よく使われますが、その下処理は野菜の中では、
けっこう面倒な部類にはいるようです。
順平さんのお店では泥つきのゴボウしか使いません。
圧倒的に鮮度が違います。
表面の泥を綺麗に洗い流す必要がありますが、この時に細心の注意が要ります。
表面を覆うごく薄い皮を損なわないように、丹念に洗いあげます。
こすりすぎて、薄皮をむいてしまうとゴボウ独特の風味が損なわれてしまいます。
ゴボウのおいしさは、この薄皮と中身の隙間に詰まっています。
泥は完ぺきに落としながらも、薄皮はしっかりと残なさければなりません・・・
繊細な配慮と、丹念な仕事が必要とされます。



 ゴボウはアクが強く、すぐに変色をするため、
つねに流水にさらしておいて、この変色を防ぐ必要もあります。
ゴボウの下処理は、流水が基本で手早さと変色防止のための時間との戦いです。
揚げる直前まで、きれいな水に漬けこんでおく場合もあります。
レンコンは、包丁をつかって表一枚の皮むきをした後、酢水につけてあく抜きをします。
さらにそのまま酸性の水に漬け置いても、鮮度は保てます。






 「上手いもんやな、」


 下ごしらえ中のところへ順平さんが顔をだしました。
めったにないことで、こうして顔を出すのは、珍しいことです。
「差し入れだよ」と、手には大きな湯のみ茶碗を持っています。



「ほんまに評判通り、口はよう、堅いようやなぁ。」



 いったいなんの話でしょう・・・
湯呑みを受け取りながら、順平さんの顔を見つめなおします。


「鞍馬で会ったろ、このあいだ。」





 あぁと、危うく、湯呑み茶碗を落とす所でした!
遠目に見えた背広姿は青年では無く、実は順平さんだったようです。




 「青年らしく見えたとは、有りがたい話や。
 せやけど背広だけが青年仕様や。そんでお前も勘違いをしたんやろ。
 小春がどうしてもこれを着てくださいと、うるさく言うさかい、
 背広だけは、今でもあんじょう若い。
 もう、そんな歳でも、ないんだがなぁ・・・・」



 驚ろきました。
順平さんと小春さんとでは、親子ほどに年齢が違っています。
しかしもっと驚いたのは、二人が付き合ってきたという、その交際年数の長さです。
小春さんが、中学2年でやってきて、おちょぼ(舞妓の見習い)として、
祇園の学校に通い始めたころからだと、説明をされました。
もっともそれはただ小春を見初めただけだという話だけで、本格的に付き合い始めたのは
小春さんが、舞妓から芸妓になった頃からだといいます。
その時から、すでに二人は将来を誓い合ったと言う説明になりました。



 「おれらの仲を知っとんのは、源平とお千代さんの二人だけや。
 そういえば、小春が笑ってたなぁ。
 私たちがぎょうさん世話になった、あのお千代さんの帽子を、
 今度は、妹の春玉が、当たり前のようにデートの度に、被ってるって。
 私たちのようにならなければええけどと、
 そんな余計なことまでも、心配もしておった」



 幸運になれない帽子かもしれないのに、ね。・・・そんな風にも言ってたなぁ。
と遠い目をしながら、順平さんが一人ごとのように、つぶやいています。
いずれにしても、みんなには黙っていてくれておおきに。この先もあんじょう頼むと
言い残すと、下駄を蹴りながらお店の奥に消えていきました。



 しかしこの日は、それだけでは話が終わりになりません。
珍しいことに遅い時間になってから、今度は、源平さんがお店に顔を出しました。
だいぶ酔っていますが、なにやら順平さんに用事がありそうな気配がします。
私の顔を見るなり、源平さんが呼びとめます。





 「ちょうどええ。お前も残れ。一緒に呑もう」



 順平さんは暖簾をかたずけて、店じまいの支度をはじめています。
カウンターに陣取った源平さんは、眠そうな目をしたまま、かろうじて両肘を突き、、
そんな順平さんの素振りを眼で追っています。




 「例の用件か?」

 「それしかないだろう・・・・こんな時間に、お前に会いにくるのは」



 「せやな・・・それしかないなぁ。
 あ、君もそっちはええから、そのあたりに適当に座ってくれ。
 源平が言うように、一緒に一杯やろうじゃないか。
 俺も君には、世話になった。
 3人で、しみじみやるのもええやろう。」


 「お前たち。この間、鞍馬でばったり行き会ったんだって。
 そやさかい、もっと遠くに出掛けろと、あれほどいつも言っとるんや。
 たまにしか逢えない機会だというのに、周りに神経ばかりを使わせていたのでは、
 小春も、ゆっくりでけへんだろう。
 それじゃあ、小春が、あまりにも不憫で、可哀そうだというもんだ」




 「小春が、それでもええと言いだしたことだ。
 どうしても鞍馬へ行きたいって言い張るから、しょうがなしに出掛けただけの話や。
 そしたら、ばったりとこいつ達と、鉢合わせをしょっただけや」


 小春さんと順平さんの込み入った話が、なにやら熱っぽく展開しそうな気配がします。
ただならない気配が漂う中で、熱燗の用意もできて、やがて、男3人による
深夜の酒盛りが始まりました。






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