連載小説「六連星(むつらぼし)」第25話
「小競り合い」
「おい!今、何て言った?」
紙袋を下げた男が鋭く目を光らせ、ゆっくりと言い放ちます。
「お前。今、紙袋を俺の膝に当てただろう。
何が入っているか知らないが、妙に固くて重い物体の衝撃だ。
こっちがわざわざ進路をあけて、階段を譲ってやったのに
碌に確認もせずに急いで降りてくるから、こうしてぶつかる羽目になる。
痛いから痛いと言ったんだ。それがどうした」
開き直りにも聞こえる男の言葉に、軽い憤りを覚えながらも
英治は、静かな口調で事情を説明します。
しかしその反面、うずくまった体勢からゆっくりと起きあがりった英治は、
相手をぞくりとさせるような冷たく鋭い視線を、一瞬だけ走らせました。
ずしりと重量の詰まった紙袋を床面に置いた男が、階段を一歩詰め寄ってきます。
短身の男は金髪の英治の気迫に負けじとばかりにさらにじりじりと距離を縮めながら、
やがて、その鼻先にまで詰め寄ろうとしています。
「そうじゃねぇだろう。
その前の、最初のひと言の言い方に大いに問題がある。
まるで、他人に喧嘩を売ってくる時のような口ぶりと、ものの言い方だ。
俺をチビだと思ってなめんじゃねぇぞ、おい。
少しくらい物が当たったくらいで、大の男がガタガタ言うんじゃねぇ!」
「口のききかたが悪いのはそっちのほうだろう。
人に紙袋をぶつけておきながら、反省のそぶりもみせないどころか、
逆に食ってかかってくるとは、いい度胸だ。
なんならここで、俺が大人の正しい口のきき方っていうやつを、
たっぷりと伝授してやろうか」
「やめなさいよ英治。大人げない」
響が、険悪な空気になってきた英治と男の間に割って入ります。
背の低い男の連れの女性も、背後から男の手を引いて、押しとどめようと必死です。
「元はと言えば、あんたのせいよ。先にぶつけたのはあんただもの。
あんたも素直に謝りなさいって。よしなさいよ・・・・これ以上こじらせてどうすんの」
と、止めに入って男の耳にささやき続けます。
しかしこれがまったくの逆効果となり、ついに火に油を注いでしまいます。
「馬鹿野郎!。女なんぞが出る幕じゃねぇ。引っ込んでろ!」
連れの女に哀願をされ制止されかけた男は、顔色を一遍に変えるとさらにいきり立ちます。
引き留めようとする女の手を、激しく乱暴に振り解きました。
支えを失った女の子は悲鳴を上げたまま、体勢を崩して階段の手すりまで飛ばされます。
さらに男が、二人の間に身体を滑り込ませた響も横へ押しのけると、
最後に残った階段の一段を勢いよく登り、一気に金髪の英治との間合いを詰めました。
反射的に英治がもろ手を突き出し、男の胸を抑えてしまいます。
金髪の英治の、鍛え抜かれた逞しい二本の腕は、男の怒りに狂った前進を、
至近距離寸前のところで食い止めてしまいます。
『もう、やめなさいってば。あんた!』勢いを殺され押し止められた男の背後では、
先ほどの連れの女が立て膝の体勢のままで、その腰へ抱きついてくるのが
英治には見えました。
「いや・・・・俺の口のきき方も、悪かったようだ。
別にいやがらせでも、喧嘩を売るつもリでもなかったが、
突然ぶつけられたもので、見境なく少し頭にきちまったのも、また事実だ。
これだけの混雑の中だ。やむをえない部分もある。
ここでこれ以上、無用にいざこざを続けても仕方がないだろう。
俺も引きさがるから、そっちもいい加減で手を引いてくれ。
お互いに痛み分けということで、いいだろう」
英治が、突き飛ばされた響を、背後へ庇いこみます。
「別にあんたを、チビだと思って馬鹿にしたつもりはない。
ただ、ひと言だけ『ぶつけて、悪かった』と言ってくれれば、それだけで済んだ話だ。
こんなことくらいで血相を変えて、逆切れをしているようでは、
あんたも苦労するが、あんたの女はもっと苦労することにもなる。
いい加減にしょうぜ。こっちが100歩譲って、謝っているんだ。
もう、終わりにしょうや」
「・・・・そうよ。
ぶつけられて痛い思いをした方が、あえて下手に出て謝っているんじゃないの。
あんたも男なら、すんなりとこの場の空気を読んで、
このあたりで、素直に謝ったらどうなのよ。
訳もなく虚勢をはって、威張るばかりが男じゃないでしょう」
「よせ、響。 火に油を注ぐことになる」
女に背後から腰に抱きつかれ、身動きもままにならない状態になった
この背の低い男は、なぜか、英治の後ろへ庇われている響を冷たい視線で見つめています。
やがて、ようやくのことで女の手を振りほどいた男が、響の顔から目を離さずに、
意外な言葉を口にしはじめます。
「へぇぇ・・・・生意気な口をきくあんたは、響っていう名前かい。
あんたのその顔は、もうすっかりと記憶して、充分に覚えた。
何があっても忘れないくらい、この俺の頭へ中へしっかりと焼き付けた。
今日はもう、このくらいで勘弁をしてやるが、お前さんと二度目に会った時には、
なにが起こっても知らないぜ。
二度と、俺の前になんか顔をだすんじゃねぇぞ。
この小生意気な、おせっかい女が!」
背の低い男はそう言い捨てると、ぺっと階段につばを吐き、
床に置いた紙袋を手にすると、くるりと背を向け、女を置き去りにしたまま
ドカドカと階段を大股で下り始めてしまいました。
連れの女が、響に向かって頭を下げています。
「気にしないでね。ああいうけど本当は根性なしの奴だから。あなたにもご免なさい」と、
それぞれに頭を下げてから、大急ぎで男の後を追いはじめます。
何事かとしばらくの間、階段で足を停めていた野次馬達も、やがて
めいめいに散りはじめます。
「お前も、まったく無鉄砲で恐いものしらずだな。響」
そのまま背後で固まっている響を、英治が苦笑いしながら振り返ります。
「だって悔しいでしょう。あんなチビ助に好き勝手を言われっぱなしで・・・・」と、
響きが、悔しさを滲ませたままの潤んだ瞳で、英治を見返します。
「あれくらいの事でテンションを上げて、いちいち揉めて喧嘩をしていたら、
俺たちは、いくつ生命があっても足りないさ。
それよりも必死で制止をしていた、あの女の子のことだが、
気がつかなかったか、響?
厚めの化粧で隠していたけど、顔にはかすかにだが、
青いあざのようなものが見えたぜ」
「それって・・・・もしかして・・」
「弱いと見たものには、
むやみに暴力をふるう、きわめて短気なタイプの男かもしれないな。
短身だが以外に筋肉がついていたし、がっしりとした上半身をしていた。
つまらかい事で、自己顕示欲を爆発させそうなそんな気配もムンムンとしていた。
それにしても、蛇のような執念深さを感じさせる、
冷たい目をした薄気味の悪い男だ。
・・・万一のこともある。
気をつけた方がいいぞ響。念のために」
「たしかに気持ちの悪い目をしていたわねぇ、あいつったら。
その通りだわね、英治が言うとおりだ。
私も充分に気をつけます。
それにしても、あなたって・・・」
と、そこまで語りかけた響が、その先の言葉を呑みこんでしまいました。
階段の最上部へ達した英治が、途中で途切れてしまった響の言葉に
すこしばかり、怪訝そうな顔をして見降ろしています。
(危ない、あぶない。 ここで『冷静ですね、あなたは』なんて、
ひと言余計に、英治を褒めてしまうと、こいつは単細胞だから、また調子にのって
あとで私にすり寄ってくる口実をつくってしまうことにもなる。用心、用心。
第一、不良なんかに、絶対に惚れたりなんかするもんか、私は。
母が言うように、男気を売るような連中と付き合っていたら、
命がいくつあっても足りないもの・・・ああ、それにしても、恐かったぁ。)
俯いたままの響が、階段の最上段で待つ英治には気づかれないように、
お腹の中で、そっと、チロリと、赤い可愛い舌などを出しています。
英治に心中を察知されないようにと、少しばかり可愛く見えるように、
おどけた仕草も、ついでに見せています。
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
・更新中の新作は、こちらです
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (58)稜線は、百名山の花園
http://novelist.jp/62909_p1.html
(1)は、こちらからどうぞ
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「小競り合い」
「おい!今、何て言った?」
紙袋を下げた男が鋭く目を光らせ、ゆっくりと言い放ちます。
「お前。今、紙袋を俺の膝に当てただろう。
何が入っているか知らないが、妙に固くて重い物体の衝撃だ。
こっちがわざわざ進路をあけて、階段を譲ってやったのに
碌に確認もせずに急いで降りてくるから、こうしてぶつかる羽目になる。
痛いから痛いと言ったんだ。それがどうした」
開き直りにも聞こえる男の言葉に、軽い憤りを覚えながらも
英治は、静かな口調で事情を説明します。
しかしその反面、うずくまった体勢からゆっくりと起きあがりった英治は、
相手をぞくりとさせるような冷たく鋭い視線を、一瞬だけ走らせました。
ずしりと重量の詰まった紙袋を床面に置いた男が、階段を一歩詰め寄ってきます。
短身の男は金髪の英治の気迫に負けじとばかりにさらにじりじりと距離を縮めながら、
やがて、その鼻先にまで詰め寄ろうとしています。
「そうじゃねぇだろう。
その前の、最初のひと言の言い方に大いに問題がある。
まるで、他人に喧嘩を売ってくる時のような口ぶりと、ものの言い方だ。
俺をチビだと思ってなめんじゃねぇぞ、おい。
少しくらい物が当たったくらいで、大の男がガタガタ言うんじゃねぇ!」
「口のききかたが悪いのはそっちのほうだろう。
人に紙袋をぶつけておきながら、反省のそぶりもみせないどころか、
逆に食ってかかってくるとは、いい度胸だ。
なんならここで、俺が大人の正しい口のきき方っていうやつを、
たっぷりと伝授してやろうか」
「やめなさいよ英治。大人げない」
響が、険悪な空気になってきた英治と男の間に割って入ります。
背の低い男の連れの女性も、背後から男の手を引いて、押しとどめようと必死です。
「元はと言えば、あんたのせいよ。先にぶつけたのはあんただもの。
あんたも素直に謝りなさいって。よしなさいよ・・・・これ以上こじらせてどうすんの」
と、止めに入って男の耳にささやき続けます。
しかしこれがまったくの逆効果となり、ついに火に油を注いでしまいます。
「馬鹿野郎!。女なんぞが出る幕じゃねぇ。引っ込んでろ!」
連れの女に哀願をされ制止されかけた男は、顔色を一遍に変えるとさらにいきり立ちます。
引き留めようとする女の手を、激しく乱暴に振り解きました。
支えを失った女の子は悲鳴を上げたまま、体勢を崩して階段の手すりまで飛ばされます。
さらに男が、二人の間に身体を滑り込ませた響も横へ押しのけると、
最後に残った階段の一段を勢いよく登り、一気に金髪の英治との間合いを詰めました。
反射的に英治がもろ手を突き出し、男の胸を抑えてしまいます。
金髪の英治の、鍛え抜かれた逞しい二本の腕は、男の怒りに狂った前進を、
至近距離寸前のところで食い止めてしまいます。
『もう、やめなさいってば。あんた!』勢いを殺され押し止められた男の背後では、
先ほどの連れの女が立て膝の体勢のままで、その腰へ抱きついてくるのが
英治には見えました。
「いや・・・・俺の口のきき方も、悪かったようだ。
別にいやがらせでも、喧嘩を売るつもリでもなかったが、
突然ぶつけられたもので、見境なく少し頭にきちまったのも、また事実だ。
これだけの混雑の中だ。やむをえない部分もある。
ここでこれ以上、無用にいざこざを続けても仕方がないだろう。
俺も引きさがるから、そっちもいい加減で手を引いてくれ。
お互いに痛み分けということで、いいだろう」
英治が、突き飛ばされた響を、背後へ庇いこみます。
「別にあんたを、チビだと思って馬鹿にしたつもりはない。
ただ、ひと言だけ『ぶつけて、悪かった』と言ってくれれば、それだけで済んだ話だ。
こんなことくらいで血相を変えて、逆切れをしているようでは、
あんたも苦労するが、あんたの女はもっと苦労することにもなる。
いい加減にしょうぜ。こっちが100歩譲って、謝っているんだ。
もう、終わりにしょうや」
「・・・・そうよ。
ぶつけられて痛い思いをした方が、あえて下手に出て謝っているんじゃないの。
あんたも男なら、すんなりとこの場の空気を読んで、
このあたりで、素直に謝ったらどうなのよ。
訳もなく虚勢をはって、威張るばかりが男じゃないでしょう」
「よせ、響。 火に油を注ぐことになる」
女に背後から腰に抱きつかれ、身動きもままにならない状態になった
この背の低い男は、なぜか、英治の後ろへ庇われている響を冷たい視線で見つめています。
やがて、ようやくのことで女の手を振りほどいた男が、響の顔から目を離さずに、
意外な言葉を口にしはじめます。
「へぇぇ・・・・生意気な口をきくあんたは、響っていう名前かい。
あんたのその顔は、もうすっかりと記憶して、充分に覚えた。
何があっても忘れないくらい、この俺の頭へ中へしっかりと焼き付けた。
今日はもう、このくらいで勘弁をしてやるが、お前さんと二度目に会った時には、
なにが起こっても知らないぜ。
二度と、俺の前になんか顔をだすんじゃねぇぞ。
この小生意気な、おせっかい女が!」
背の低い男はそう言い捨てると、ぺっと階段につばを吐き、
床に置いた紙袋を手にすると、くるりと背を向け、女を置き去りにしたまま
ドカドカと階段を大股で下り始めてしまいました。
連れの女が、響に向かって頭を下げています。
「気にしないでね。ああいうけど本当は根性なしの奴だから。あなたにもご免なさい」と、
それぞれに頭を下げてから、大急ぎで男の後を追いはじめます。
何事かとしばらくの間、階段で足を停めていた野次馬達も、やがて
めいめいに散りはじめます。
「お前も、まったく無鉄砲で恐いものしらずだな。響」
そのまま背後で固まっている響を、英治が苦笑いしながら振り返ります。
「だって悔しいでしょう。あんなチビ助に好き勝手を言われっぱなしで・・・・」と、
響きが、悔しさを滲ませたままの潤んだ瞳で、英治を見返します。
「あれくらいの事でテンションを上げて、いちいち揉めて喧嘩をしていたら、
俺たちは、いくつ生命があっても足りないさ。
それよりも必死で制止をしていた、あの女の子のことだが、
気がつかなかったか、響?
厚めの化粧で隠していたけど、顔にはかすかにだが、
青いあざのようなものが見えたぜ」
「それって・・・・もしかして・・」
「弱いと見たものには、
むやみに暴力をふるう、きわめて短気なタイプの男かもしれないな。
短身だが以外に筋肉がついていたし、がっしりとした上半身をしていた。
つまらかい事で、自己顕示欲を爆発させそうなそんな気配もムンムンとしていた。
それにしても、蛇のような執念深さを感じさせる、
冷たい目をした薄気味の悪い男だ。
・・・万一のこともある。
気をつけた方がいいぞ響。念のために」
「たしかに気持ちの悪い目をしていたわねぇ、あいつったら。
その通りだわね、英治が言うとおりだ。
私も充分に気をつけます。
それにしても、あなたって・・・」
と、そこまで語りかけた響が、その先の言葉を呑みこんでしまいました。
階段の最上部へ達した英治が、途中で途切れてしまった響の言葉に
すこしばかり、怪訝そうな顔をして見降ろしています。
(危ない、あぶない。 ここで『冷静ですね、あなたは』なんて、
ひと言余計に、英治を褒めてしまうと、こいつは単細胞だから、また調子にのって
あとで私にすり寄ってくる口実をつくってしまうことにもなる。用心、用心。
第一、不良なんかに、絶対に惚れたりなんかするもんか、私は。
母が言うように、男気を売るような連中と付き合っていたら、
命がいくつあっても足りないもの・・・ああ、それにしても、恐かったぁ。)
俯いたままの響が、階段の最上段で待つ英治には気づかれないように、
お腹の中で、そっと、チロリと、赤い可愛い舌などを出しています。
英治に心中を察知されないようにと、少しばかり可愛く見えるように、
おどけた仕草も、ついでに見せています。
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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (58)稜線は、百名山の花園
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