落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第26話

2013-04-02 10:13:54 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第26話
「執念深い男の暴力沙汰」



 その日の深夜。
まもなく12時を過ぎようという繁華街・仲町の一角で、
響の仕事が終わるのを待っている、金髪の英治の姿が有りました。
一日の営業を終えた「クラブ・雅」の裏手口から、数人の女の子が出てきます。
先頭の一人がいち早く街灯の下に立っている英治に気がつき、
急ぎ足で駆け寄ってきます。


 「あら誰かと思ったら、珍しい。英治じゃないの。
 でも・・どうやらその反応から見るとお目当ては、私では無くて、
 別にちゃんと居そうだわねぇ・・・・あははは。
 でもさあ、この寒いのにそんなに薄着でどうするの。風邪をひいちゃうわよ。
 どうする、そこで温まっていこうか?
 響もおいで。みんなも着いておいで。
 そこでラーメンでも食べてから帰ろう。ほら行くよ、英治も」


 逃げる暇もなく英治が、女に腕をつかまれてしまいます。
女はあっというまに回れ右をすると、露地を一つ曲がった先にあるラーメンの
屋台に向かって大股で歩き始めてしまいます。


 「岡本はどうしてる?
 ご無沙汰ばかりで、ちっとも顔を出さないわ。
 福島で、いい女でも見つけたのかしら・・・・
 いい加減にしないと、私も本気で浮気をしますからと、伝えておいて頂戴」



 英治の腕をとり元気に先頭を歩くこの女性は、巷では、
任侠道の岡本氏の愛人とも2号とも称されている、きわめつきの美人ホステスです。
響の就職話を二つ返事での快諾を決めたのも、実はこの女でした。
お店では雇われママ以上に権限を持っていて、ホステスたちのまとめ役も
自らかってでるほどのいたって世話好きで、実に快活な姐ご肌の持ち主です。

 「玄さん。今夜は団体さんだよ」


 姐ご肌は、風に揺れている赤提灯を器用にヒョイと避けます。
のれんをかき分けて覗きこんだ姐ご肌が、屋台の向こう側で煙草をふかしている
のんき顔の玄さんに向かって、明るく声をかけています。
玄さんが仲町通りで屋台を出すようになってから早いもので、まもなく50年目を迎えます。
鶏ダシの利いた透明なスープで造る、昔ながらの中華そばの細麺は
ここの屋台の一番人気のメニューです。
もうひとつの名物が、常時蒸し上げている手製の『シュウマイ』です。
トロリと溶けるような舌触りは実に絶妙で、仲町の手土産として持ちかえる人も多く、
玄さんの手製のシュウマイは、50年以上にもわたって売れ続けている、
もう一つの隠れた人気商品です。



 「毎度ッあり。」と、皺だらけの顔が振り返ります。
眼を細めて笑っている屋台の玄さんは、この歓楽街の仲町通りでは、
すでに半世紀を越えて歴史を見つめてきた、生き証人の一人です。
「玄さん。本当の歳はいくつになるの?」と尋ねても
いつものように、嬉しそうに目をほそめてニコニコと笑うだけです。
『50は、とっくに過ぎました。60も過ぎた気はしますが、
生まれつき頭が悪いもので、その先の勘定が私には出来ません』
と、歳の話に一切触れません。
最初のうちは移動式で、チャルメラをならしながら夜の街を流していましたが、
歳と共にいつの間にか、歩道のひろいここの路肩で常駐をするようになりました。



 屋台での営業をするためには、食品衛生法に基づく保健所の営業許可と
道路交通法に基づく警察署の道路使用許可などが必要です。
場所によっては水道や排水、電気、トイレの確保やゴミ処理などが難しく、
深夜の騒音問題や衛生面での問題、道路を占拠し交通を妨害するなどの問題等があり、
最近では、この種の屋台は減り続けているようです。
この繁華街の界隈でも、数年前までは何台か屋台は有りましたが、
呑み屋街の衰退と共に、ついに玄さんのラーメン屋台の一台きりになってしまいました。


 「寂しいやねぇ~]とこぼしつつ、いまだに頑張り続けている玄さんです。
湯気の上がる自慢のアツアツのシュウマイは、からしとソースが良く合います。
『熱い、熱い』と、女の子たちが大はしゃぎで、賑やかに食べている背後へ、
一人の酔っ払いが、ふらりとやってきました。


 「なんでぇ。賑やかだと思ったら、女ばっかりかよ・・・・
 3人寄ればかしましいと言うのに、これだけいると『雲雀』の合唱団そのものだぁ。
 おい、おやじ。おれにも一杯ラ―メーンを作ってくれや。
 なんだか・・・・今日は一日中ついてねぇや。
 昼間は、やたらと向こうっ気の強い、変テコリンな女には出くわすし、
 呑み屋の女にはすっぽかされちまうし、まったくもって踏んだり蹴ったりの一日だ。
 ああ、何をやっても面白かねぇ・・・・んん・・」


 愚痴をこぼしながら、煙草を口に咥えかけたこの酔っ払いが、
ふと横を向いた瞬間に、女の子の一団の中に居る響の姿に気がつきます。
その指先から、火がついたままの煙草が落ちます。
蛇のようなそのしつこい目付きが、もう一度、響の顔をねっとりと舐めまわしています。
(おう、間違いねぇ。あん時の女だ!)男の目が確信に変わります。


 妙な気配に気づいた英治が、玄さんとの会話を中断して背後を振り返ります。
背丈の低い酔っ払いが、内ポケットから何やらつかみだそうとしているのが見えました。
なんだぁ、こいつ・・・・
いぶかる英治の視線が、おぼつかない男の手元に集中をします。
ようやく胸元から引き出されてきた男のその手元には、鈍く光るナイフが握られていました。
(あ、こいつは・・・・昼間の家電量販店で行き会った、あん時のあの野郎だ、)
だが英治がそれに気付いたときは、すでにもう遅すぎました。


 腹の底から絞り出すような怒声を、ひと声あげたこの酔っ払いは、
酔っ払った赤い目を見開き、顔を歪め、一気に凶暴な形相に変わり始めます。
ナイフを腰に構えると、響を見据えたまま、女たちに向かってじりじりと前へすすみます。
わあっ、と四散する女たちの間で、シューマイが盛られた皿は空中へ放り出され、
テーブルの上のグラスは横になぎ倒されて、椅子は激しく音を立てて歩道の上を転げ回ります。
「この野郎。」充分に距離を詰めてきた酔っ払いが、ひと声あげて響へ襲いかかります。
辛うじて響が、酔っ払い男の一撃目を交わしました。
一撃目で獲物を仕留めそこなった酔っ払いが、舌打ちとともに再び体勢を
整え、さらに低い位置にナイフを構えなおします。
かろうじてナイフを避けたものの、すでにフェンスに張り付いている響には、
もう後ろへ逃げるスペースなどは残っていません。
フェンスに張りつけたまま固まっている響へ、男がナイフの狙いを慎重に定めています。



 「たかが女の分際で、男に向かって、小生意気な口を利くんじゃねぇ。
 おもい知りやがれ。このでしゃばり女」


 「もう、逃がさないぞ」とばかりに、
男がじりじりと、フェンスを背負う響との間合いを詰めていきます。
じりっと迫ってくる男のナイフと気迫を前に、響の頭も思考を停めて真っ白に変わります。
(いやだっ・・・・この男ったら。目が狂ってる。もうまともじゃないわ!)
思わず響が、顔をそむけました。

 「二度と、余計な口をきくんじゃねぇぞ。覚悟しやがれ、この女(あま)」


 うめくように呟いた後、男が響をめがけて猛然とナイフを突き出します。
声も出せずに固まりきっている響の前へ、英治が気合もろとも横から飛び込んできました。
男のナイフが身体に届く前に、歩道の茂みに向かって響を激しく突き飛ばします。
英治の身体を掠めて飛び去った酔っ払いのナイフが、もう一度空中を素早く翻ります。
「邪魔をするんじゃねぇ」茂みに倒れ込んだ響に向かって、
酔っ払い男が、さらに三度目の狙いを定めています。


 英治が男の前に、真正面から立ちはだかりました。
深夜の歩道に女たちの大きな悲鳴が響く中、男と英治が真正面からぶつかり合ってしまいます。
ひと声だけ呻(うめ)いた英治が、ひと呼吸をしっかりとおいたあと、
唇をかみしめてから、渾身の右フックを放ちました。
鋭い一撃が、男の左顔面をまともにとらえます。


 男の右手に握られていた鮮血のナイフが、鋭い金属音を響かせて、
カラカラと歩道を転げ回ります。
強烈な右フックをまともに食らった酔っ払いは、もんどりうちながら
歩道の茂みをはるかに越えて、勢いのままに車道の真ん中まで転がってしまいます。
一方、左手で押さえた金髪の英治の腹部からは、見る間に、鮮血がしたたりはじめます。
茂みに深く倒れこんだままの響は、驚きのあまり言葉も出せません。


「救急車だ・・・救急車!」
我に返った玄さんが、一番最初に、ようやく大きな声を出しました。

(27)へつづく




 
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