落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ桐生 (14) ただいま、放浪中

2012-05-17 10:18:52 | 現代小説
アイラブ桐生・第二部
(14)第1章 ただいま、放浪中


(東京・笹塚の商店街の様子です。)


 新宿駅から京王線に乗り換えて、まもなくの笹塚という駅で降りました。
私に、都内の地理についての理解はまったくありません。
明治神宮や、代々木公園という地名を聞いて、先日のデモ行進の時に
レイコと乗った地下鉄で、確かそんな名前があったことを漠然と思い出すという程度です。

 駅に降り立ち、そこから東口へ出て、中野通りに沿って右へ曲がりました。
笹塚1丁目東という交差点があるから、そこから見える範囲の新聞店を探せ・・・
というのが、慨に上京している同級生からの指示です。
田舎者なんかに、細かく説明したところでどうせ分からないから、あとは目で探せと言う
たいへんにぶっきらぼうな道案内です。



 先に上京している同級生の守は、歌手志望です。
中学を卒業すると同時に上京をして、歌手をめざしたまま早くも5年余りが経ちました。
もらった葉書の住所は、○○新聞販売店内、と、あります。
とりあえずそこまで来れば行き会えるからという、実に大雑把な話です。



 交差点に立ってみて、(田舎者は)すこぶる仰天をしました。
交差点から見回した範囲だけでも、4軒から5軒もの新聞販売店が見えました。
これはまったく、想定外の事態です・・・・
(後から聞いた話では、)トラック便が早朝に新聞を配布していくために、
幹線道路沿いには、立地的にいくつもの新聞店が立ち並らぶようになるそうです。
それにしても、密集しすぎだと思いましたが・・・いずれにしても、
上京したての「田舎者」にしてみれば、信じられない光景でした。




 ・・・・話は、今朝に戻ります。




 桐生祭りの夜に久し振りに行きあって、
思いがけなく3泊4日を過ごしたレイコとのドライブから、はやくも3ヵ月余りが経ちました。
そろそろ世間では師走を迎える時期だという時に至って、ようやくのことで、
私は家を出る決心を固めました。


 昔堅気すぎる親父の性格のことなどを考えると、
承諾をもらうのは、到底無理な話だと思い、全員に黙って出ていくつもりでしたが、
お袋だけには、それとなくやっぱり伝えてしまいました。


 「おやまあ。やっと出て行く気になったかい。
 そうだよねぇ~、お前。
 絵描きはやっぱり放浪の旅が定番だ。
 旅先で苦労して絵を書かなければ、やっぱり一人前にはなれないからね。
 ああ、私は一向にかまわないから、気にしないで
 気が済むまで、行っといで。」


 
(お袋さんは、何かを勘違いをしているようです。
 それはたぶん、裸の大将と呼ばれていた放浪の画家、山下清のことで・・・・
 俺のやりたい仕事は、絵画ではなく、デザインなのですが・・・・)



 お袋に言わせれば、書くものがマンガであれ油絵やデザインでも、
同じ道楽の範囲だと、簡単に一言でかたづけてします。
なにがどう違うのかを説明する方が、余計にやっかな作業になってしまいます。
長男が家出をするというのに、お袋は、さほどにあわてた様子を見せません。
それからの一週間が何事もなく過ぎて、やがてその当日を迎えました。


 予定通りに(家出の)出発の朝をなりました。
早い時間にお袋が私の部屋へ来て、無造作に封筒を突き出します。



 「お父さんからもたっぷりと巻き上げてきたから、遠慮しないで持っていきなさい。
 別に、邪魔にはなるものではないからね。
 ただし、父が言うには、モノになるまでは絶対に帰ってくるなと、
 くれぐれもそう伝えろと、それだけはきつく申しておりました。」



 はい、と笑いながら父の餞別を手渡してくれました。
仕事に出掛ける時のように、そのまま玄関までいつものようについてきます。



 「家出の息子をまさか表へ出てまで、見送るわけにはいかないから、
 私も、ここまでだよ。
 それからこれは、もうひとつ、
 これも別の人からの、大切な預かりものだ。はい」


 ほらと言いながら、もうひとつの封筒を渡してくれます。
心当たりはないけれど、と、つぶやいていると・・・



 「万が一の時のためにと、まえもってあの娘が置いていったものだよ。
 もうこうなることは、分かっていたんだねぇ、あの娘には。
 どうせうちの子は、当分の間は帰ってこないけど、
 いつでもいいから、また遠慮をしないで、遊びにおいでと言っときました。
 唐変木(とうへんぼく)のあんたには、もったいないほど、良く出来た娘さんだねぇ。
 お嫁さんにもらうなら、あんな娘が良いと母さんも絶対に思うけど・・・
 なかなかいないよ、今時に、あんなに気が利いて優しいお嬢さんなんか。
 ・・・・おや、これは門出だというのに余計な話だね。
 それは、何かの時には渡してくださいって、それだけ言って置いてった、
 あの娘からのお守りだ。
 お前がいらないっていうのなら、その辺に捨てて、お行き。」



 レイコだ・・・
悲壮感いっぱいで家を出るよりは、だいぶましかと、
レイコのお守りも受け取って、「じゃぁ」と言いながら靴をはきはじめました。
お袋はもともと、細かいことなどは一切言わずに
「そうですね。まぁ、なんとかなるでしょう。」と笑って日々の暮らしを
きりまわしていく、逞しい性格の持つ主です。
ウジウジしている息子よりも、世間の冷たい風に少しでも余計にさらしたほうが、
いい人生の勉強にもなるだろう、そんな風に考えたのだと思います。



 「あ、それから、わが家に便りはいりません。
 どうせあの娘には書くんだろうから、それだけで十分だ。
 そのうちに届けますって、あの娘もそう私には、約束をしてくれたからね。」



 にっこりと笑って手を振ったお袋が、私が未練を持つ前に、
ピシャリと玄関を閉めてしまいました。
しかし、ここから4年にもわたって、時おり手紙は書いたものの、
一度も自宅には帰りもせずに、ひたすらに放浪の旅をつづけることになるのです。
本土への復帰闘争を続けている沖縄への渡航を皮切りに、九州から京都まで、
自分の夢を探して、あてもなく歩き回る4年間になるのです・・・






 守は、新聞店で休息中でした。
夕刊の配達も終わり、朝刊用のチラシを受け取るために
ただ待機しているだけの状態でした。
席を外すわけにいかないので、裏手にあるアパートで待っていてくれと
部屋の鍵だけを手渡されました。


 アパートの玄関には、大量の運動靴が所狭しと氾濫をしていました。
大半が新聞配達のアルバイトをしながら大学へ通っている、学生たちの物です。
教えられた部屋のかぎを開け、恐る恐る・・・・そ~と室内をのぞいてみて驚きました。
三畳間ですが、まったもっての真っ暗闇の部屋です。


 突き当たりにある窓を開けてみたら、少しは明るくなるかと思い
たてつけの悪いガラス戸を無理やり開けてみて、田舎者はさらに愕然としました。
30センチほど先の目と鼻の先には、すでに隣のアパートの壁があります。
田舎では考えられないほど、あまりにも狭すぎる隣地との境界線ぶりそのものです。
なんとも、暗いはずです・・・・



 日もとっぷりと暮れてから、やっと守が戻ってきました。
久し振りだから、祝杯をあげに行こうという話になり、身支度もそこそこに
案内をされるまま、駅裏にある飲み屋街へ繰り出しました。



 招き入れられたのは、
赤ちょうちんと縄のれんが下げられた、ごく普通の焼鳥屋でした。
狭い入り口をくぐりぬけて、店内へ入ると、中には意外な広さが待っていました。
一列に並んだカウンターのイスをすり抜けていくと、
店の奥まったところに、三畳程度の小上がりが有りました。



 いつも通りという慣れた雰囲気で、守がそこへあがりこむと
ニキビ顔でお下げ髪の女の子が、早くも嬉しそうに、ビールを片手に飛んできました。
何か言おうとして嬉々としているその女の子を、守が手で制しています。


 「こいつは、俺の同級生だ。
 がきのころからの付き合いで、俺が歌手になるって言ったら
 本気で激励をしてくれた、唯一の友達だ。
 よろしく頼むな、こいつのことも。
 まぁ、たぶん、そのうちに有名なデザイナーになる・・だろうと思われる、
 そのヒヨコ。いや、まだまだだから、その卵だな。」



 と、紹介をしてくれました。


 「あんらぁまぁ~、
 あんたも田舎から出てきた、デザイナーのたまごなの。
 『モリちゃん』もそうなのよ。いまだに歌手の卵なの。
 ねぇ、随分と時間がかかっているんだもの、もうそろそろ”ヒョコ”になっても
 いい頃なのにね~。 あらごめん、お友達の前だというのに、
 ほんとのことを言っちゃった、あたしったら。
 駄目だなぁ・・・
 うっかり者の天然で、見るからにアホそのものだもの。
 ごめんねモリちゃん。ごめんごめん。」



 語尾あがりのイントネーションに、
「君は、栃木の出身かい?」と、思わず聞いてしまいました。


 「あ、ばれちゃってます?。
 もう東京に来て、4年にもなるというのに、いまだに、栃木のナマリが抜けないの。
 群馬の人には、一発でバレバレですね、北関東のお隣の県ですもの」





 守ばかりをまじまじと見つめながら、栃木娘がまた嬉しそうに笑っています。
いいから適当につまみを頼むよと、守が言うと、
「じゃあ、また後で。」と、お盆とお尻を嬉しそうに振りながら、軽快に店の
奥へ消えていきました。



 「おどろいたか。」

 「うん・・まあね・・
 もう長い付き合いになるの。」



 「3年目かな。
 理容師の住み込み修業ってことで、一人で上京してきたらしいんだが、
 どうもそこで嫌なことが出来て、飛び出してきたらしい。
 とりあえず、赤ちょうちんでアルバイトをしつつ、次の職を探しているのだが、
 そのまま、三年も経っちまったと言う次第だ。
 ・・・・そんな訳だ。」



 「うまくいっているみたいだな。」

 「うん、たまには、アパートにも泊りに来る。」

 「 ん・・・」




 あの、三畳の真っ暗な部屋にか・・といいかけたが、
先々のこともあるので、その部分の言葉は呑みこんでしまいました。
上京から五年もたてば、ある程度の環境の変化はあるだろうと予測をして
守を訪ねてきたものの、あまりもの想定外の事態続きに、正直、少々面食らいました。


 まあまァ色々あるが、久々の再会を祝してまずは乾杯ということになりました。
ビールのグラスを、勢いよく二人で持ち上げたら、
「わたしも混ぜて。」と、暇を持て余していた栃木娘が、勢いよく割り込んできました。


 いいだろう、君も大歓迎だ・・・
群馬と栃木の北関東の連合で、とりあえずの船出を祝っての祝杯だ。
この先も、きっとなんとかなるだろうと、思いつつ、「かんぱぁ~い」と、
三人で、声を揃えて唱和をしました。





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