落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (91)松島海岸、ホテル壮観

2014-09-26 10:53:54 | 現代小説
東京電力集金人 (91)松島海岸、ホテル壮観




 途中で30分ほど休憩をしたが、あとは何処にも止まらず車は5時間あまりで
目的地の松島海岸に到着した。
松島海岸は言わずと知れた日本を代表する、3大景勝地の一つだ。


 震災で他の沿岸市町村より少ないとはいえ、松島海岸も大きな被害を被っている。
260あまりの島々が点在していたことが幸いし、湾内の美しい景観はかろうじて守られた。
だが津波による浸水面積は、2平方㎞に及んだ。
床上浸水の被害は、188戸。床下浸水82戸。家屋の全壊216戸。大規模半壊341戸。
半壊および一部損壊は、2493戸を記録した。
島々を巡る遊覧船も小型船73隻のうち26隻が、係留していた桟橋ごと海に流された。



 津波が去った後、松島海岸は一面の瓦礫と真っ黒い泥に覆われた。
電気と水道が途絶えている中、観光の中心地でもある中央広場や物産店、観光施設などが
真っ黒い泥の中に完全に埋没していた。


 多くの被災地の動きと同じように、3月19日になると多くのボランティア達が
全国から、泥に埋もれた松島海岸に駆けつけた。
地元の人々や瑞巌寺で修行している雲水(うんすい)達と一緒になり、海岸を埋め尽くした
泥の片づけと、清掃作業に汗を流した。
悲報を聞き、遠くカナダからヒッチハイクで駆けつけたという人もいた。
新潟県や長野県、兵庫県を中心に、750人を超える人たちが松島海岸に駆け付けた。

 
 4月上旬、松島海岸地区の黒い泥の撤去がほぼ完了した。
それぞれの観光施設は、いちはやい復旧にむけてさらに急ピッチでの作業をすすめたという。
松島の存在なくして、宮城県の観光の復活はないと信じたからだ。
当然のことながら駆けつけてきたボランティアの中に、俺の先輩の姿も含まれていた。



 あの日の痕跡が全く残っていないと言えば、嘘になる。
それでも目の前にひろがる美しい光景を目にすると、どこかでこころが癒される。
それにしても、時刻はすでに6時を回っている。
北国の日暮れは早い。
すでに日は西の山に落ちて、早くも北国の海岸はうす暗く暮れはじめてきた。



 「そろそろ宿を探そうか。日も落ちたことだし」

 「それならもう、決めてあるの。
 実は、前から一度でいいから泊まってみたいと、心に決めていたお宿があるの。
 壮観というところですけど、そこに向かってもいいですか?」

 「そうかん?。瑞巌寺の坊さんみたいな名前だな」

 
 「お坊さんの名前の宗鑑ではなくて、景色をあらわす壮観です」



 抗議するかのように、るみがぷくっと頬を膨らませる。
お茶目な様子が出てきたのは、こころと気持ちが少しずつ解放されてきた証だろう。
実際、さきほどまで目にしてきた警戒区域内の景色は、胸にずしりと重いものを残した。
ボクシングのボディブローのように、俺の気持ちの中に暗い影を充分すぎるほど落とした。
松島まで行こうと提案したるみの気持ちに、何故か救われた俺が居た。

 
 松島湾に浮かぶ260あまりの島々を一望できる名所が湾の周囲に、4つある。
松島四大観(しだいかん)と呼ばれる絶景地だ。
そのうちのひとつに、標高105.8mの高さを誇る大高森がある。
大高森は松島四大観の筆頭にあげられている景勝地だ。
周囲と比べひときわ小高い山頂からは、そのまま360度の大パノラマが楽しめる。



 西から南にむかってひろがる松島湾の美しい島々を、一望で眺められる。
東には嵯峨渓の島々と広大な太平洋がひろがっている。
北には海水浴場で知られる野蒜(のびる)海岸と、遠くには石巻の市街地を一望できる。
まさに壮観の名にふさわしい、松島で一番ならではの絶景だ。
るみが泊まりたいと言っていたホテル壮観は、海岸から10分ほどの山腹に建っている。



 景勝地に建っている温泉ホテルの割に、料金がリーズナブルなことに疑問が残った。
だがホテルに到着した瞬間、俺の疑問が氷解した。
最近人気が急上昇中の、大江戸温泉物語株式会社が運営しているホテルのひとつだ。
大江戸温泉物語株式会社は2007年から全国で、温泉施設の運営をはじめている。
経営破綻した地方の温泉宿を買収し、個性的な温泉施設としてリニューアルしてから、
薄利多売方式で営業している。


 なるほど高品質の割に安いはずだと納得をしたが、2人で遅めの夕食を終えた頃、
驚きの人物からいきなり呼び出しの電話が、俺のところへかかってきた。



(92)へつづく

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