東京電力集金人 (15)筋金入りの極悪人
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/95/564fe1e19fa9c47fe2012a5d8d4d88e6.jpg)
「ねぇ太一。どこの何者なの、あの人相の悪いおじさんは?」
るみの態度がいやに馴れ馴れしい。
いつのまにか俺の名前も、いきなりの呼び捨てに変わっている。
ベンチコートの中で少しだけお互いの体温を感じあっただけで、この有様だ。
もう一歩踏み込んでいったら一体今頃はどうなっていたことやらと・・・
それを考えただけでも、ぞっとする。
「お袋の同級生で、このあたりを仕切っている、こわもてのおじさんだ」
「ふぅ~ん。お袋さんの初恋のお相手か。
ということは、いまだに、高嶺の花のままということになる訳だわね。
道理であんたに特別、優しいわけだ。
いつの日か、あんたはあのこわもてを、『お父さん』と呼ぶ日がくるのかしら。
そうなるとお先真っ暗ですね太一は。万が一そんな事態の日が来たら」
『誰がお先真っ暗になるって?。それはどういう意味だ、このお節介小猫!』
いきなり背後に現れた岡本が、顔を真っ赤にして大きな声で怒鳴る。
去ったとばかり思っていた岡本がふたたび現れたため、るみがまた慌てて俺の背後へ隠れる。
「いまいましい小娘だな。チョロチョロと逃げ回りやがって。
誰が見たってそれじゃあ、俺が、お前さんをいじめている悪党のように見えるだろうが。
取って食うわけじゃねぇから、安心をしろ。
お前さんみたいな小便臭い小娘は俺の趣味じゃねぇ。絶対に手は出さねえから安心しろ。
戻ってきたのは、まったく別の用事だ。
此処のシュウマイは醤油じゃなくて、辛子を溶いたソースで食うんだぜ。
屋台のシュウマイは大昔から、辛子ソースで食うと相場が決まっている。
いいか。醤油を使うような野暮な真似だけは、間違ってもするんじゃねぇぞ。
俺が言いたいのはそれだけだ。邪魔をしたな。
おい、親父。若い2人に熱燗を2、3本出しておけ。俺のおごりでな。
悪かったなネエチャン。たまがせちまってよう(※)。
じゃな太一、また会おうぜ。あばよ」
(※『たまがせちまって』は由緒正しい上州弁で → 脅す・驚かすの意味)
おう、と踵を返し今度こそ極道の岡本が後ろを振り向かずに立ち去っていく。
屋台の店主は、ぶっきらぼうが売り物だ。
しかし常連客との会話で時々見せる笑顔が何ともいえず、良いキャラクターを醸し出す。
中学を卒業後、工場勤務、パチプロなど10数種の職業を転々としたあげく、
20代半ばでラーメン店に就職し、31歳で独立したという筋金入りのラーメン職人だ。
チャーシュー、メンマ、刻みネギ、海苔が入っているだけのシンプルな中華そばだ。
スープは透き通っており、地元の人たちは”黄金スープ”などと呼んでいる。
クセは無く、あっさりとしている。
麺はちょっと固めだが、ほどよい歯ごたえがある。
チャーシューの味は丁度良い塩加減。脂っこさが無いので箸がどんどん進む。
近年パンチの効いた脂だらけの独特なラーメンが流行る中、屋台の中華そばを食べると
舌と心が、なんだか落ち着いてくるから不思議だ。
ちなみにスープを飲むためのレンゲは付いてこない。
客は、どんぶりに口を付けて直接スープを飲む。これもまた屋台における定番だ。
『え~え。レンゲが無いの?。直にどんぶりから飲むなんて、野蛮ねぇ!』
と言いながら当の本人が一番熱心にずるずると音を立て、どんぶりからスープを飲んでいる。
「なんで群馬は、シュウマイにソースなの?」
「栃木と群馬の県境にある『肉なしシュウマイ』の成分は、
北海道産男爵じゃがいもと、タマネギだけだ。
このあたりで作られている『コロリンシュウマイ』は、男爵いもを使っている。
これだけだと精進料理になっちまうので、豚脂を練りこんで肉っぽい味を加味する。
隣の足利市の場合、肉入りシュウマイ同様に薄皮で包まれているが、
こっちのコロリンシュウマイに、皮はない。
出来立てのアツアツを、15分以内に食べることが鉄則だ。
15分以上経つと固くなりすぎて、温め直しても、カチンカチンでまったく歯が立たねぇ」
「いわれは分かったけど、ソースを使う答えになっていないわよ!」
「ソース使ういわれは、俺も知らん。
生まれた時からこのあたりでは、シュウマイに使うのはソースだ。
桐生市はソースかつ丼で有名だから、おおかたそのあたりから来ているんだろう。
天ぷらに、ソースをかけるやつも居るくらいだからな」
『天ぷらにもソースを使うの?。コロッケやメンチならわかるけど・・・・ん、ん』と、
るみが可愛い唇に割り箸を加えた瞬間、空から綿毛のような雪がひらひらと舞い落ちてきた。
北関東を襲った、2週にわたる2度の大雪。
そのうちの第一弾。2月7日深夜からの大雪が、ついに繁華街の夜空を舞いはじめた。
(16)へつづく
落合順平 全作品は、こちらでどうぞ
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「ねぇ太一。どこの何者なの、あの人相の悪いおじさんは?」
るみの態度がいやに馴れ馴れしい。
いつのまにか俺の名前も、いきなりの呼び捨てに変わっている。
ベンチコートの中で少しだけお互いの体温を感じあっただけで、この有様だ。
もう一歩踏み込んでいったら一体今頃はどうなっていたことやらと・・・
それを考えただけでも、ぞっとする。
「お袋の同級生で、このあたりを仕切っている、こわもてのおじさんだ」
「ふぅ~ん。お袋さんの初恋のお相手か。
ということは、いまだに、高嶺の花のままということになる訳だわね。
道理であんたに特別、優しいわけだ。
いつの日か、あんたはあのこわもてを、『お父さん』と呼ぶ日がくるのかしら。
そうなるとお先真っ暗ですね太一は。万が一そんな事態の日が来たら」
『誰がお先真っ暗になるって?。それはどういう意味だ、このお節介小猫!』
いきなり背後に現れた岡本が、顔を真っ赤にして大きな声で怒鳴る。
去ったとばかり思っていた岡本がふたたび現れたため、るみがまた慌てて俺の背後へ隠れる。
「いまいましい小娘だな。チョロチョロと逃げ回りやがって。
誰が見たってそれじゃあ、俺が、お前さんをいじめている悪党のように見えるだろうが。
取って食うわけじゃねぇから、安心をしろ。
お前さんみたいな小便臭い小娘は俺の趣味じゃねぇ。絶対に手は出さねえから安心しろ。
戻ってきたのは、まったく別の用事だ。
此処のシュウマイは醤油じゃなくて、辛子を溶いたソースで食うんだぜ。
屋台のシュウマイは大昔から、辛子ソースで食うと相場が決まっている。
いいか。醤油を使うような野暮な真似だけは、間違ってもするんじゃねぇぞ。
俺が言いたいのはそれだけだ。邪魔をしたな。
おい、親父。若い2人に熱燗を2、3本出しておけ。俺のおごりでな。
悪かったなネエチャン。たまがせちまってよう(※)。
じゃな太一、また会おうぜ。あばよ」
(※『たまがせちまって』は由緒正しい上州弁で → 脅す・驚かすの意味)
おう、と踵を返し今度こそ極道の岡本が後ろを振り向かずに立ち去っていく。
屋台の店主は、ぶっきらぼうが売り物だ。
しかし常連客との会話で時々見せる笑顔が何ともいえず、良いキャラクターを醸し出す。
中学を卒業後、工場勤務、パチプロなど10数種の職業を転々としたあげく、
20代半ばでラーメン店に就職し、31歳で独立したという筋金入りのラーメン職人だ。
チャーシュー、メンマ、刻みネギ、海苔が入っているだけのシンプルな中華そばだ。
スープは透き通っており、地元の人たちは”黄金スープ”などと呼んでいる。
クセは無く、あっさりとしている。
麺はちょっと固めだが、ほどよい歯ごたえがある。
チャーシューの味は丁度良い塩加減。脂っこさが無いので箸がどんどん進む。
近年パンチの効いた脂だらけの独特なラーメンが流行る中、屋台の中華そばを食べると
舌と心が、なんだか落ち着いてくるから不思議だ。
ちなみにスープを飲むためのレンゲは付いてこない。
客は、どんぶりに口を付けて直接スープを飲む。これもまた屋台における定番だ。
『え~え。レンゲが無いの?。直にどんぶりから飲むなんて、野蛮ねぇ!』
と言いながら当の本人が一番熱心にずるずると音を立て、どんぶりからスープを飲んでいる。
「なんで群馬は、シュウマイにソースなの?」
「栃木と群馬の県境にある『肉なしシュウマイ』の成分は、
北海道産男爵じゃがいもと、タマネギだけだ。
このあたりで作られている『コロリンシュウマイ』は、男爵いもを使っている。
これだけだと精進料理になっちまうので、豚脂を練りこんで肉っぽい味を加味する。
隣の足利市の場合、肉入りシュウマイ同様に薄皮で包まれているが、
こっちのコロリンシュウマイに、皮はない。
出来立てのアツアツを、15分以内に食べることが鉄則だ。
15分以上経つと固くなりすぎて、温め直しても、カチンカチンでまったく歯が立たねぇ」
「いわれは分かったけど、ソースを使う答えになっていないわよ!」
「ソース使ういわれは、俺も知らん。
生まれた時からこのあたりでは、シュウマイに使うのはソースだ。
桐生市はソースかつ丼で有名だから、おおかたそのあたりから来ているんだろう。
天ぷらに、ソースをかけるやつも居るくらいだからな」
『天ぷらにもソースを使うの?。コロッケやメンチならわかるけど・・・・ん、ん』と、
るみが可愛い唇に割り箸を加えた瞬間、空から綿毛のような雪がひらひらと舞い落ちてきた。
北関東を襲った、2週にわたる2度の大雪。
そのうちの第一弾。2月7日深夜からの大雪が、ついに繁華街の夜空を舞いはじめた。
(16)へつづく
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