落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第23話

2013-03-30 11:11:27 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第23話
「英治の片思い?」




 その翌日、10時を過ぎたころに響の携帯が鳴り始めました。
布団をかぶったままの響が、枕元に有るはずの携帯を手さぐりをしています。
(やっぱり気がついたら、呑みすぎている・・・・これが2日酔いというものかしら)

「・・・・はい。」
電話の相手は、金髪の英治です。


 急用があるので午後から逢ってくれと切り出されました。
(別にとりたてた用事が有る訳ではなし、久々だ、まぁいいか・・・)
1時過ぎなら大丈夫、と答えて響が電話を切ります。
ぼさぼさの頭のまま階下へ降りて行くと、冷めた味噌汁とくわえ煙草の俊彦が
食卓で待ちかまえていました。



 「みそ汁はすっかりと冷めちまった。
 どうもお前さんのための食事は、いつもタイミングを外して、
 作り直さなければならない運命らしい。
 それにしても、すごいことになっているぞ・・・お前の頭。
 うら若き乙女が、まるで草野球のキャッチャー状態だ」


 「どういう意味?」

 「キャッチャーのミットもない。みっともない、と言う意味」


 
 (朝からおやじギャグだ・・・)苦笑しながら、響が洗面所へ向かいます。
そうだ、呑み過ぎたとはいえ、朝からの身だしなみの配慮に欠けている・・・・
背後から俊彦の声が追い掛けてきました。



 「今日は外で約束が有る。
 遅くなるかもしれないから、蕎麦屋は今日は臨時休業だ。
 そんなわけだから、俺はもう出かける。
 もしかしたら朝帰りになるかもしれん、戸締りだけは頼んだぜ」


 「あら、今、これから女に逢いに行くという風に、私には聞こえましたが・・・・」


 「そうとは言っていないが、そういう可能性もある。
 相手が有ることだし、行きがかり上のことだから、その先での展開のことはわからない。
 振られたら帰ってくるが、上手くいったらそのまま泊まる事になる」


 「あら、お母さん以外にも愛人が居るの! トシさんには」


 
 「居たら悪いか? 俺も45歳になる健康な男だ。
 お母さんと縁があったのは、もう25年も前の話さ。
 それから先の今日までは、ただの同級生で、清く正しい関係だけだ。
 あ・・・・うまく騙されて、また口が滑っちまった。
 大人の秘密まで、ついつい上手く乗せられて、しゃべっちまったぜ!
 気にすんな、響、今の話は全部忘れろ。
 じゃ、行ってくる」


 あわただしく俊彦が出掛けて行ってしまいます。
(25年前に、母さんとトシさんとは、絶対に何かが有ったんだ。やっぱり)
廊下を振りかえった響が、俊彦が消えていった玄関先をいつまでも見送っています。

(可能性があるという話で、まだ決まったわけではない・・・
それでもやっぱり、どこかで、ひっかかる話だわ)



 鏡の前に立ちながら、雀の巣のようになってしまっている自分の髪の毛を、
あちこちへと引っ張りながら、響がそんな風につぶやいています。

 指定された喫茶店では、すでに英治が退屈をしながら待っていました。
手元に置かれているコーヒーカップの中が、すでに乾いているところを見ると
随分と前から待ちかまえていた様子がうかがえます。
響が座った瞬間を待ち構えて、英治が周囲を気にしつつ分厚い茶封筒を取り出しました。
手元に隠した茶封筒をすばやく、響の手の内側へと押し込みます。



 「なあに、これ?」


 「100万と少しある。
 とりあえず、何も聞かないでしばらく預かってくれ。
 身内で、頼める人といえば、君くらいしかいない。お願いだ頼む」


 「身内?。・・・・いつから身内なったの。私とあなたは!」


 「まぁまぁ、そう言わずに頼む」


 なにやら理由がありそうです。
店内を一度見回した響が、立ち上がりさっさと英治の隣へ席を移しました。
座った瞬間に、唖然としている英治の手元へその訳ありだという茶封筒を押し戻します。
響は鋭い視線のまま、英治の顔を覗き込みます。


 「なにをやってきたの。 これってどうせ、やばいお金でしょう。
 理由も言わずに、ただ黙って預かってくれなんて、昔の任侠映画の愛人じゃあるまいし、
 私は、まっぴらご免です。
 第一、あんたには就職でお世話にはなったけど、
 恋人どころか、お友達関係にすらまだなっていないでしょう。
 断っても、当然でしょ」


 「じゃあ、訳を話したら、これを預かってくれるのか」


 「まあね・・・・。
 貴方たちがよく使う『一宿一飯の恩義』ということもあるし、
 私も、それなりには対応を考えます。
 危ないお金であることは、おおかたの予想がつくけれど、それにしたって、
 なぜそんな真似をするのか、私が納得できるように説明をしてくれれば、ですが」

 「分かった、話すよ。
 その前に少し俺から離れてくれ。
 お前の色気のせいで、俺の心臓は爆発しそうだ・・・・
 男の目の前に、無防備でおっぱいをチラつかせるとは、
 お前もまったく良い根性をしている。
 おかげで、鼻血は出そうだし、俺の目もクラクラする」


 「あっ」、響が大きく開いている胸元をあわてて押さえます。
「ごめん」と、真っ赤になって立ちあがりました。
そんな響を見上げながら、英治が、反対側の椅子に座ってくれと目で合図を送ります。
ばつの悪そうな響が、小さくなったまま小猫のように座ります。


 「お前、見かけによらず、いい胸してんなぁ。びっくりしたぁ」

 「ばか・・・・」



 「きっかけになったのは、被災地の1つで宮城県の石巻市だ。
 いまだにがれきの山が積み上げられたままだし、
 復旧作業も、ようやく始まったばかりの町さ。
 で、ここの避難所の5カ所に、「西日本小売業協会」や「西日本有志の会」
 などと名乗る集団が現れて、現金3万円入りの茶封筒を被災者に配って回りはじめた。
 もちろん、全員に配る訳じゃない。あくまでも無造作に配るんだ。
 不公平感をうむことも、連中にしてみれば狙い目のひとつだ。
 北隣りの南三陸町でも、町の災害対策本部に3万円ずつ入った茶封筒の束を
 置いていったグループがいる。
 ここで配られた現金の総額は、1千万円以上もあったと言う話だ。
 石巻市とあわせれば、総額で3千万~5千万円に上るとみられる現金が、
 実態不明の団体によって配られた」


 「それって、暴力団によるばらまきなの?。
 狙いはなんなのさ。
 なんのために、わざわざ被災地でそんなことをするの」


 「被災地の復旧や復興事業のためには、巨大な金と利権が動く。
 がれきの除去や建物の建設、道路工事などが、長年にわたって続くことになる。
 被災者に金を配ることで存在感を発揮して、事業に食い込んでいく腹つもりだ。
 最初に仁義に厚いところをみせて、徐々に利権に向かって浸透していくのは
 暴力団がいつも使う典型的な手口だ。
 ゴミ処理施設や、埋め立て地などの情報収集作業もはじまった。
 道路工事だの建物建設のために、リースの需要も高まってきた。
 そのために、暴力団たちによる資金力にものをいわせた重機の買い占めなども始まった。
 がれきの山は、暴力団にしてみれば宝の山だ。
 至る所に金脈が眠っているようなものだ。
 金のばらまきは、こうした一連の手口の地元工作のためのひとつだ」



 「ばっかじゃないの、あんた。
 そんな金をくすねて来て、いったいどうするつもりなの。
 ばらまき自体が反社会的だと言うのに、そのうえにたっている不良の金を
 胡麻化してくるなんて、あんた、一体何を考えてるの。
 小指の一本くらいですむ話じゃないわよ」


 「響。任侠映画じゃあるまいし、今時期は小指なんか切らねえよ。
 まあ冗談を言っている場合じゃねえことは、俺もよく承知している。
 だが、これを機会に俺も、こんな稼業から足を洗いたい。
 これを退職金がわりに頂いて、東北で行方不明になっている
 茂伯父さんを探しに行きたい。そのための
 当座の、活動資金だ」

 「あ。・・・・あの長年仕送りをしてくれたと言う、あんたのあの伯父さん。
 そうか、行方不明のままだったわねぇ、たしか。
 う~ん、それにしても、困ったなぁ・・・・
 それにしたって八方塞がりの展開じゃないの。
 第一、そんなに上手くやくざの世界から足が洗えるの、簡単に・・・・
 入るのは簡単だけど、ぬけるのは大変だって聞いたわよ。
 そのうえ、不良の危ないお金を退職金代わりに、前もって失敬してくるなんて、
 前代未聞の話じゃないの」

 「もう、動き始めてくれている人が居る」



 「え?」


 「俊彦さんだ。
 今朝一番に会いに行ってきた。
 お前は、寝ていたから何も覚えていないだろうが、
 一通りの話を聞いてくれて、すべてまかせろと胸を叩いてくれた。
 簡単にいくとは思わないが、お前のその伯父さんのために、
 なんとかしょうと言ってくれた。
 金の件もそうだ。
 俊彦さんの指示で、響に預けろと言っていた
 だから頼む、持っていてくれ、この通りだ」


 (あの爺ィめ。、私には、女に会いに行くなんて洒落た嘘をついたくせに・・・・)
響があらためて、今朝の俊彦とのやりとりを思い出しています。


 

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