落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第20話

2013-03-27 10:31:56 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第20話
「平塚らいてう(雷鳥)」




 「明治の時代に、女性の主体性について
 熱く説いた人がいたなんて、たいへん驚きです。
 でも雄作さんは、随分と、なんに関しても詳しく良く知ってらっしゃいます。
 まるで学校の先生のようです」


 「響。この人の、無精ひげの外観に騙されてはいけないよ。
 この人は、原発労働者に『転落』する前は、実はれっきとした大学の准教授だ。
 訳ありでねぇこれが。 あまり大きな声ではいえないが・・・・」


 厨房から俊彦が響きに向かって、笑いながらそんな言葉を掛けます。
その俊彦の言葉を受けて、当の勇作が、あははと大きな声を上げ、
腹をゆすって笑い始めてしまいます。



 「その通りです!お嬢さん。
 私は、これ(女)で、実は、仕事をしくじりました ! 」



 目を細めた雄作が、右手の小指を響の前で立てて見せます。
作り直した蕎麦を片手に、俊彦が響のテーブルへ戻ってきました。
唖然としている響の目の前へ、美味しそうに湯気をあげている蕎麦の器が置かれます。



 「男なんかもろいものです。
 家庭が有り、妻子持ちで、将来も嘱望されていたというのに、
 一人の小悪魔に、あっというまにしてやられました。
 見境もなく、小娘の誘惑にいとも簡単に落とされたと言う次第です。
 いや、よくある話のひとつです。
 色仕掛といいますが可愛い顔をして、女性に妖艶に迫られてしまうと、
 世の男どもなんか、みんなイチコロです。
 男の性は、攻める時にはすこぶる強いのですが、
 あの手この手で、女性の方から攻められてしまうと、案外簡単に陥落をしてしまいます。
 お、いやいや、全員がそうだと言う訳ではありません、
 私がただ、すこぶる誘惑に弱かった、というだけの話です」


 「そちらのお話も、(できれば)後ほどゆっくりとお聞きしたいと思います。
 でも先ほどの、らいてうの青鞜(せいたふ)という雑誌のお話は、もっと面白そうです。
 よかったら、もう少し教えていただけますか」


 「おっ。ようやく、私の講義に食いついてきましたね。お譲さん。
 知的誘惑に即反応をするところをみると、あなたも、
 もしかしたら、『らいてう』と同じタイプかもしれません。
 久々に、懐かしい大学の講義のようになってきましたねぇ。
 なんだか、熱い血が、騒いできました」



 『へぇ面白そうだ、俺にも聞かせろ」俊彦が冷蔵庫から
あたらしいビール瓶を取り出し、2本3本とテーブルの真ん中へドンと置きます。
先に授業料を払うからと、グラスを片手に勇作へ笑いかけます。
雄作のグラスになみなみと注がれ、響のグラスもビールで満たされました。
その瓶を受け取った響が、俊彦のグラスへビールをそそいでいます。


 「それでは、深夜の女性解放史の講義を記念して、まずは乾杯。
 さて、平塚らいてうは、
 明治19年に東京で生まれいます。
 父は会計検査院に務めており、母は田安家の専門医の娘です。
 この時代においては、きわめて裕福な家庭に生まれました。
 日本女子大に入学しましたが、「良妻賢母」の教えに嫌気が差してきたらいてうは、
 卒業後に、津田塾や英語学校などに通うようになります。
 この時期に、生田長江(いくたちょうこう)が主催している
 閨秀文学会にも顔を出し、ここで与謝野晶子と出会います。
 晶子からは、短歌の書き方などを教授されています。


  青鞜(せいとう)は、1911年(明治44年)9月から
 1916年(大正5年)2月までに、合計52冊が発行された、女性による
 女性のための月刊誌です。
 主に平塚らいてうが担当をして、最後の方だけ伊藤野枝が中心になりました。
 『文学史的にはさほどの役割は果たさなかったが、
 婦人問題を世に印象づけた意義はたいへんに大きい』という評価があります。
 この青鞜(せいとう)のきっかけは、生田長江が作りました。
 生田長江がらいてうに「女性だけの手で文芸誌を発行してみないか?」
 と持ちかけてきたのが、その始まりです。


  当初、らいてうはおおいに悩み、姉の友人である
 保持研子(やすもちよしこ)に、相談を持ちかけます。
 すると研子のほうが大乗り気にとなり、同級生の中野初子らを集めてきて
 この結果、女性だけの手で文芸誌を作ることになりました。
 この時に、多くの費用を出してくれたのが、らいてうの母親です。
 「この子は普通の道は歩きそうにない」と、らいてうの結婚費用として
 貯めておいたお金を、すべて出してくれたそうです。
 準備が整ってからは、大忙しとなります。
 社員の募集や原稿書き、編集などで、めまぐるしい毎日が始まります。



  その文芸誌の名前は「青鞜」ということになりましたが、
 これにも当時らしい逸話が残っています。 
 生田長江が
 「18世紀、ロンドンで文学や芸術論議に花を咲かせていた新しいタイプの女性達は、
 みんな青色の靴下(ブルー・ストッキング)をはいていた。」
 ということで、それにちなんで「青鞜」という名前に決まりました。
 創刊第一号は千部が発行されました。
 その表紙を、高村智恵子(高村光太郎の妻)が書いています。


  そして明治44年。有名な、
 「原始 女性は実に太陽であった 真正の人であった 今、女性は月である。
 他に依って生き 他の光によって輝く 病人のような蒼白い顔の月である」
 という有名な一文から始まる「青鞜」がスタートをしました。
 「女性は今、青白い月と化している。原始、女性は太陽だったのだ。
 女性は主体性を取り戻して、再び輝かねばならないのである」という意味です。
 与謝野晶子は、この青鞜の創刊を知ると、高なる気持ちとともに、
 「山が動く日がくる」と、たからかに宣言をしています。
 その予言は当たり、青鞜は発売した瞬間に売り切れて、
 全国から、多くの激励の手紙が、らいてうのもとへ舞い込んできました。
  やがて、青鞜には多くの女性が集まりはじめます。
 長谷川時雨・岡田八千代・加藤かずこ・国木田治子(国木田独歩の妻)
 森しげ(森鴎外の妻)小金井喜美子(森鴎外の妹)・与謝野晶子などです。
 社員には、後に有名となる尾竹紅吉・伊藤野枝・岡本かの子などもいました。
 そして、この中心でいつも静かに微笑んでいたのが、らいてうです。

 この青鞜は、日本に一大センセーションを巻き起こしました。
「新しい女」が良妻賢母の時代へ躍り出てきたためです。
 しかし、男がすべての中心であった男性社会のこの時代は、痛烈に
 らいてうと「新しい女」たちを、批判しました。
 青鞜の教えは、今までの日本の女性のあり方を覆すものだったからです。
 ある教師は、自分の学生が青鞜の講演会に行ったと知ると
 「おお、哀れな彼女を、悪魔から救いたまえ」とまで言いのけました。
 それほどまでに、この時代の「女性解放」は、
 実に衝撃的な出来後になりました。


 そのらいてうに、年下の彼氏ができます。
 名前は、奥村博史といいます。
 らいてうは博史とは結婚をせずに、共同生活(同棲)をはじめます。
 またしても「新しい女」は、スキャンダラスな話題になりました。
 この後にらいてうは、「青鞜」を後輩の伊藤野枝にまかせ、評論家として
 活躍するようになり、後に、市川房枝とも知り合いになります。
 らいてうは一貫して女性解放のための活動を続け、
 昭和46年に85歳で亡くなるまで、一生を女性運動に捧げます。
 まあ大急ぎで解説をすると、そんな話ですが、時代が変わる前には
 かならず、こういう先進的な人物が歴史上、例外なく、かならず登場をします。
 幕末から明治維新期の坂本竜馬、女性解放の、平塚らいてう。
 東日本大震災の復興のために献身的にがんばる、ジャンヌダルクたち・・・・
 これは、被災地でたくましく頑張っている女性たちへの、私からの総称です。
 日本の原子力行政と原発は、重大な岐路に立っています。
 そのうちのひとつ、福島第一原発は、津波で壊滅的な被害を受けました。

  
  まだ、50数基の原発が、再稼働をめざして待機中です。
 ひとつの原発が被災しただけで、東北3県ならず東日本全体が放射能で
 重大な被害を受けました。
 飛散した放射能の被害は、数十年から半永久的に深刻な影響を残しつづけます。
 最近の大地震予測では、ここ30年以内に未曾有の規模で
 大地震がやってくると相次いで発表をしています。
 予期される大地震の危険性を前にして、無防備の原発をこのまま放置をする訳には
 すでにいかなくなりました。
 だが、現実には、原発抜きの日本の未来図がまだ描けていません。
 人の命に関わる問題なのに、いまだに日本の支配階級は、曖昧な決着を
 つけようとしているのです。
 今こそ、日本の未来が、再び問われる転換点がやってきているのです。
 原発と闘い、立ち向かう、真のジャンヌダルクが登場するといいですね・・・・」



 「原発に立ち向かう、ジャンヌダルク・・・・」


 響がその言葉に反応をして、思わず息をのみました。

(21)へ、つづく



 
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