つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(115)駐車場の真ん中で
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/38/ff07d5f5d9c6416e66b8d65969648e67.jpg)
「キーをちょうだい」覚悟を決めたのだろう、すずが白い指を伸ばす。
「大丈夫かしら、こんな大きな車。わたしのハイブリッドとだいぶ違和感があるけど」
そういいながらも、ためらいもなくキーを挿入していく。
「ルームミラーは有るが、後部がごちゃごちゃしているから使えない。
側面と後方の安全は、左右の大きなミラーで確認する。
お尻の下に前輪のタイヤが有る。
そのため、少し遅れ気味にハンドル操作をする必要がある。
この2点かな、とりあえず君が最初に注意するのは」
セルを回すと、2500ccのディーゼルターボが動き出す。
前照灯を点け、サイドブレーキを緩めると、ゆっくりと車体が動き出す。
アクセルを静かに踏み込むと、軽く反応して心地よい加速がはじまる。
ここにもキャンピングカーを改造した、椎名所長のアイデアがひそんでいる。
トヨタカムロードの最大の泣き所は、乗り心地だ。
無理もない。ダイナやトヨエースなどと同じ車体がベースになっている。
とにかく跳ねる。よく揺れるで、後ろのキャビンは大変な状態になる。
困るのは、コーナーで振られたり、高速でフラフラと車体が不安定な状態になることだ。
それらの不具合を解消するために、椎名がエアーサスペンションを取り付けた。
本格的なエアーサスペンションではないが、エアーを調整することで、
安定した走りと、クッションの度合いを調整できる。
「今回の最大の特徴がこれだ。乗用車のように運転しても、とにかく安定する。
高くつくぞ、このエアーサスペンションの追加は」と、椎名が笑っていたのを思い出す。
事実。路面の凹凸を気にせずに、キャンピングカーが滑るように走行していく。
20キロに達したところで、すずがアクセルをゆるめた。
勢いを保ったままキャンピングカーが、なめらかに駐車場を横切っていく。
「上手だ。いまのところ、特に問題はなさそうだ」
「走り始めたばかりで問題が有るようでは、この先のハンドルを握らせてもらえません。
ところで国道はどちらかしら。右、それとも左?」
「駐車場を出たらすぐ左。そのまますすめば5キロほどで国道11号へ出る。
国道へ出たら、伊予方面へハンドルを切る。
海沿いを走って、およそ100キロ。3時間余りで目的の今治に着く。
今治駅から10分ほど走ったところに、脇屋義助の墓が有る。
そこが今回の旅の、終着点になる」
「あら、あとわずかで、終着点へ着いてしまうのですか。
あっけないですねぇ旅の終りは。
ようやく2人きりになれたというのに、たった3時間で終着点かぁ・・・」
「終わらないさ。終わるものか。俺たちの旅はその先から始まるんだ」
ハンドルを操作していたすずの手が止まる。
惰性で走っていたキャンピングカーが、走力を失って駐車場の真ん中で停止する。
「もう一度言って。前を見ていたから、よく聞こえなかったわ・・・」
本気なのあなたは、とすずの澄んだ目が真正面から勇作の顔を覗き込む。
「やっと2人きりになれた。
俺たちの旅ははじまったばかりさ。
この先、君がどうなろうが、俺は君と歩きつづけるつもりだ。
もう、そう覚悟を決めた。
いいだろう、これから先、君とずっと一緒に居ても」
「構いません。でも、本当にいいの、あなたはそれでも。
いつの日かわたしはあなたのことを、忘れてしまうかもしれません。
あなたの顔を見て『あら、どちらさま』などと、言い出すかもしれません。
それでもいいの、本当に?。考え直すのなら今です。
病気の女なんか見捨てて、いくらでも代わりの女性を探すことはできます。
祇園の恵子さんなんか、いい女のひとりだと思います」
「その件なら決着した。彼女にはもう、『ごめんなさい』と振られた後だ。
すずさんを一生大事にしてくださいと、かるく逃げられた。
もういいだろう、すず。
ちゃんと俺の言うことに、耳を傾けてくれ。
俺には君が必要だ。
結婚してくれとは言わないが、死ぬまで君のとなりに居たいんだ、俺は」
(116)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(115)駐車場の真ん中で
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「キーをちょうだい」覚悟を決めたのだろう、すずが白い指を伸ばす。
「大丈夫かしら、こんな大きな車。わたしのハイブリッドとだいぶ違和感があるけど」
そういいながらも、ためらいもなくキーを挿入していく。
「ルームミラーは有るが、後部がごちゃごちゃしているから使えない。
側面と後方の安全は、左右の大きなミラーで確認する。
お尻の下に前輪のタイヤが有る。
そのため、少し遅れ気味にハンドル操作をする必要がある。
この2点かな、とりあえず君が最初に注意するのは」
セルを回すと、2500ccのディーゼルターボが動き出す。
前照灯を点け、サイドブレーキを緩めると、ゆっくりと車体が動き出す。
アクセルを静かに踏み込むと、軽く反応して心地よい加速がはじまる。
ここにもキャンピングカーを改造した、椎名所長のアイデアがひそんでいる。
トヨタカムロードの最大の泣き所は、乗り心地だ。
無理もない。ダイナやトヨエースなどと同じ車体がベースになっている。
とにかく跳ねる。よく揺れるで、後ろのキャビンは大変な状態になる。
困るのは、コーナーで振られたり、高速でフラフラと車体が不安定な状態になることだ。
それらの不具合を解消するために、椎名がエアーサスペンションを取り付けた。
本格的なエアーサスペンションではないが、エアーを調整することで、
安定した走りと、クッションの度合いを調整できる。
「今回の最大の特徴がこれだ。乗用車のように運転しても、とにかく安定する。
高くつくぞ、このエアーサスペンションの追加は」と、椎名が笑っていたのを思い出す。
事実。路面の凹凸を気にせずに、キャンピングカーが滑るように走行していく。
20キロに達したところで、すずがアクセルをゆるめた。
勢いを保ったままキャンピングカーが、なめらかに駐車場を横切っていく。
「上手だ。いまのところ、特に問題はなさそうだ」
「走り始めたばかりで問題が有るようでは、この先のハンドルを握らせてもらえません。
ところで国道はどちらかしら。右、それとも左?」
「駐車場を出たらすぐ左。そのまますすめば5キロほどで国道11号へ出る。
国道へ出たら、伊予方面へハンドルを切る。
海沿いを走って、およそ100キロ。3時間余りで目的の今治に着く。
今治駅から10分ほど走ったところに、脇屋義助の墓が有る。
そこが今回の旅の、終着点になる」
「あら、あとわずかで、終着点へ着いてしまうのですか。
あっけないですねぇ旅の終りは。
ようやく2人きりになれたというのに、たった3時間で終着点かぁ・・・」
「終わらないさ。終わるものか。俺たちの旅はその先から始まるんだ」
ハンドルを操作していたすずの手が止まる。
惰性で走っていたキャンピングカーが、走力を失って駐車場の真ん中で停止する。
「もう一度言って。前を見ていたから、よく聞こえなかったわ・・・」
本気なのあなたは、とすずの澄んだ目が真正面から勇作の顔を覗き込む。
「やっと2人きりになれた。
俺たちの旅ははじまったばかりさ。
この先、君がどうなろうが、俺は君と歩きつづけるつもりだ。
もう、そう覚悟を決めた。
いいだろう、これから先、君とずっと一緒に居ても」
「構いません。でも、本当にいいの、あなたはそれでも。
いつの日かわたしはあなたのことを、忘れてしまうかもしれません。
あなたの顔を見て『あら、どちらさま』などと、言い出すかもしれません。
それでもいいの、本当に?。考え直すのなら今です。
病気の女なんか見捨てて、いくらでも代わりの女性を探すことはできます。
祇園の恵子さんなんか、いい女のひとりだと思います」
「その件なら決着した。彼女にはもう、『ごめんなさい』と振られた後だ。
すずさんを一生大事にしてくださいと、かるく逃げられた。
もういいだろう、すず。
ちゃんと俺の言うことに、耳を傾けてくれ。
俺には君が必要だ。
結婚してくれとは言わないが、死ぬまで君のとなりに居たいんだ、俺は」
(116)へつづく
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